Yahoo!ニュース

時を経てつながった2つのジャパンCで、やっと十字架をおろせた思いをした男の逸話

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
2008年のジャパンCを制したスクリーンヒーロー

欧州遠征したJC馬に付き添った男

 今週末、東京競馬場でジャパンC(GⅠ)が行われる。

 2004年、このレースを勝利したのがゼンノロブロイ。同馬はその直前に天皇賞・秋(GⅠ)を勝ち、直後には有馬記念(GⅠ)を優勝。それから20年近くが経った今でも、秋のこの3つのGⅠをコンプリートしたのは同馬とテイエムオペラオーの2頭しかいない。

2004年のジャパンCを勝利したゼンノロブロイ
2004年のジャパンCを勝利したゼンノロブロイ

 そんな活躍で同年の年度代表馬に選定されたゼンノロブロイは、翌05年、イギリスへ遠征。ヨーク競馬場で行われるイボア開催のメインとなるインターナショナルS(GⅠ)に挑戦した。

 「馬に対する基礎を教えてもらったのがイギリスのニューマーケットでした」

ゼンノロブロイを管理していた調教師の藤沢和雄(引退)は、当時、そう口を開くと、更に続けた。

 「そのイギリスのレースを勝ちたいという気持ちは開業した時から持っていました。それが自分に競馬を教えてくれたイギリスの競馬界に対する恩返しになると思いますから……」

 そう意気込んで臨んだが、結果は勝ったエレクトロキューショニストからクビ差だけ遅れての2着。残念ながら最高の形での恩返しこそ果たせなかったが、善戦はしてみせた。

 この遠征を、現地で支えたのが当時、ジョッキーだった鹿戸雄一現調教師。騎手時代、伯楽・藤沢が管理馬を仕上げるにあたって頼りにしていた男の1人だった。

 「勝てなかった事には少なからず責任を感じました。ただ、個人的には現地の厩舎のやり方も見ながら、日本とは全く違う環境で仕上げていく過程が、凄く良い勉強になりました」

ゼンノロブロイがインターナショナルSに挑んだ際の、イギリスでの同馬と鹿戸雄一当時騎手
ゼンノロブロイがインターナショナルSに挑んだ際の、イギリスでの同馬と鹿戸雄一当時騎手

強敵を撃破してJC制覇

 そんな経験を基に、2年後の07年には調教師試験に合格。翌08年に開業すると、1頭の期待の良血馬が厩舎にやって来た。

 「前任者の矢野進調教師が引退されて、私が引き継いで預かる事になりました」

父は有馬記念連覇(1998、99年)等、GⅠを4勝したグラスワンダー。母はサンデーサイレンス産駒のランニングヒロイン。そして、その母は86年のオークス(GⅠ)3着、87年のジャパンC3着等があるダイナアクトレス。

 スクリーンヒーローだった。

 「これだけの血統ですからね。預かる事になった時から期待はしていました」

鹿戸が管理して以降は4戦2勝、2着2回。直前にはアルゼンチン共和国杯(GⅡ)で重賞初制覇を飾ってから、ジャパンCに挑んだ。

 「状態はとにかく良かったです。ただ、相手も揃っていたので、どこまでやれるかな?という気持ちでした」

 実際、ディープスカイやウオッカ、更にメイショウサムソンと3世代にわたるダービー馬が出走。上り調子のスクリーンヒーローをしても単勝41・0倍の9番人気の支持でしかなかった。

 ところが、競馬は流れ一つで何が起こるか分からない。鹿戸が述懐する。

 「ネヴァブションに乗っていたノリ(横山典弘騎手)が上手にスローに落として逃げたんだけど、好位でこの流れに乗れたスクリーンヒーローにとっては絶好の展開になりました。(スクリーンヒーロー騎乗の)ミルコ(デムーロ騎手)もうまく乗ってくれて、何もかもが噛み合いました」

08年のジャパンCを優勝したスクリーンヒーロー
08年のジャパンCを優勝したスクリーンヒーロー

本当に嬉しかった事とは……

 その結果、スクリーンヒーローは誰よりも早くゴールイン。2着のディープスカイに半馬身の差をつけて、自身初のGⅠ勝利をジャパンCという大舞台で飾ってみせた。そして、それは同年3月に開業したばかりの鹿戸にとっても初めてのGⅠ勝利であった。

 「騎手時代もGⅠには縁がありませんでしたからね。当然ですけど、すごく嬉しかったです」

 そんな嬉しさに、更に拍車をかける出来事が、レース後にあった。

「自分の調教師としての礎を築いてくれた藤沢先生から『おめでとう』と言っていただけた時は『本当に良かった』と感無量の思いでした。また、ロブロイで負けたイギリス遠征も少しは報われる結果になったかと思うと、本当に嬉しかったです」

ゼンノロブロイが挑戦したインターナショナルSのパドックでの一コマ。左から鹿戸、藤沢和雄当時調教師、武豊騎手、吉田照哉氏
ゼンノロブロイが挑戦したインターナショナルSのパドックでの一コマ。左から鹿戸、藤沢和雄当時調教師、武豊騎手、吉田照哉氏

 鹿戸としては人知れず背負ってきた十字架をやっと下ろせた、そんなジャパンCだったのだろう。

 早いもので、それから15年が過ぎた。藤沢も現場を去ってしまったが、果たして今年のジャパンCでは、どんなドラマが待っているだろうか。良いエピソードが掘り起こされる結果となる事を、期待したい。

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

平松さとしの最近の記事