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北朝鮮の一人当たりGDPは世界177位――伏せてきた“国の数字”を金正恩氏が明かしたわけ

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
党会議で発言する金正恩総書記(提供:KRT/ロイター/アフロ)

 北朝鮮が最近、国連に提出した報告書で国内総生産(GDP)などのデータを明らかにし、専門家の注目を集めている。北朝鮮は過去、自国の窮状があぶり出されるような数字の公開を避けてきた。だが今回の報告書には「農村のほとんどが薪に依存」などの表現もみられ、これまでとは異なり“現状の告白”に力点を置いているようにもみえる。

◇GDPは世界99位か

 国連総会で2015年9月、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択され、貧困や飢餓の撲滅、格差の解消、気候変動への緊急対策を含む17分野で169項目の目標が盛り込まれた。アジェンダは、加盟国が定期的に「持続可能な開発目標」(SDGs)の進捗状況を点検するよう促し、報告書(VNR)を提出するよう求めている。加盟国である北朝鮮もこれに沿って初めてのVNRを作成。SDGsの取り組みを総括する朴正根(パク・ジョングン)副首相(国家計画委員長)の署名を添えて今年6月、提出した。

 そこには北朝鮮の住民生活、農業、保健などの状況に加え、経済に関わる数字が記されている。

 この中で注目されるのは、GDPの数値だ。2019年は335億400万ドル(3兆6763億円程度)。名目GDPなのか実質なのかは記されていない。国際通貨基金(IMF)の統計(2021年4月)によると、2020年の名目GDPでは世界98位バーレーン(339億ドル)、99位ラトビア(334億ドル)であり、北朝鮮はこの間に入ることになる。ちなみに97位はスーダン(343億ドル)、100位はエストニア(310億ドル)。

 また北朝鮮のVNRは人口を「2544万8350人」と記しているため、一人当たりに換算すると1316ドル程度。177位のキルギス(1318ドル)と178位のザンビア(1292ドル)の間となる。

 北朝鮮のGDPに関しては、シンクタンク・社会科学院経済研究所の李基成(リ・ギソン)教授が2018年、共同通信に対し、「2016年は295億9500万ドル、2017年は307億400万ドル」と主張したことがある。ただ、この数字の根拠となる統計や物価上昇率が公表されず、検証は困難とされた。

◇深刻なエネルギーと気候変動

 またVNRは2018年の食糧生産量を「495万トン」とし「過去10年間で最低だった」と書いている。その理由として▽自然災害と回復力の弱さ▽農業資材の不足▽機械化の低さ――を挙げている。だがその後の取り組みによって2019年には665万トンに上昇。だが2020年は相次ぐ台風や洪水などの自然災害により、再び552万トンに減ったとしている。

 深刻な状況が続くエネルギー問題にも厳しい記述がある。「電気やガスなどクリーン燃料・技術を利用する人口の割合は依然として低い」としたうえ、その利用人口は2017年に全国平均で10.3%にとどまる。都市部で15.8%だが、農村部では1.5%と激減する。都市部の世帯の大半が調理や暖房に石炭を使用しているが、農村部ではほとんどが薪や農業副産物に依存しているという。

 医療の脆弱さも認め、「医療従事者の能力不足、医薬品・医療機器工場の技術基盤の低さ、必要な医薬品の不足が課題として残っている」と明らかにしている。

 さらに気候変動について、VNRは「(北朝鮮は)極端な気候変動の頻度が高くなっている国の一つ」と指摘し、「過去10年間、毎年1回以上の自然災害が発生」「大雨は通常、洪水や土砂崩れを伴う」「農業生産量減少、農業インフラ破壊、土壌や水資源の劣化などの悪影響にさらされている」などと訴えている。

◇「SDGs達成には制裁解除を」

 北朝鮮では、金正恩(キム・ジョンウン)総書記の祖父・金日成(キム・イルソン)氏や父・金正日(キム・ジョンイル)氏の時代、自国の立ち遅れた状況が露呈するような経済指標の公開は避け、抽象的な「成果」ばかりが強調される傾向があった。このため北朝鮮は統計の数字の流出に敏感になっていたように思われる。

 筆者が北京駐在時代に北朝鮮側関係者から「中央統計局が各省庁から受け取る数字はだいたい膨らまされている」と聞いたことがある。実際の数字は「ゼロ」だったりするが、そればかりが並ぶと組織が問責されるためだ。同時に「たとえ『ゼロ』や『マイナス』であっても、国際的に認められるためには、信頼される統計を公開すべきだ」という意見も聞いたことがある。

 そして、金総書記の時代に入ると、現実直視の立場から、これまでの方針の転換がはかられ、国の窮状が明らかにされる場面も増えた。統計に関しても、金総書記は今年1月の朝鮮労働党大会で「国家的に一元化された統計システムの強化」に言及し、信頼性確保に力を入れるよう強調している。

 今回のVNRには、一方で次のような記述がある。

「(国連決議に基づく)制裁・封鎖の継続、毎年発生する深刻な自然災害、昨年発生した(新型コロナウイルスという)世界保健危機の長期化などは、経済発展の深刻な妨げとなり、結果としてSDGs達成に悪影響を及ぼす」

 北朝鮮はSDGs達成には制裁解除が不可欠である点を強調し、米国を含む国際社会に措置を促している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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