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「忖度」で隠蔽された「正義」と「真実」が明かされる瞬間が爽快!「イチケイのカラス」

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
(提供:Paylessimages/イメージマート)

「司法が犯した間違いを正せるのは司法によってのみです」

「この国の司法を裁く覚悟です」

「冤罪事件の9割は裁判官のせいだと思っています」

リーガルドラマ・月9「イチケイのカラス」(フジテレビ系 月曜よる9時〜)は魅力は司法の闇を暴いて糺すこと。第7話では前述のような鋭いセリフが飛び交った。

警察の闇を内部の人間が追求するドラマは多く、人気も高い。その視点を司法に移したのが「イチケイのカラス」である。有罪無罪を判断する司法が絶対ではなく間違うことがあるからこそ、事実を詳らかにして、正しい判断をする。当たり前で簡単なように思えることは実は難しい。主人公の入間みちお(竹野内豊)はわざわざ弁護士から裁判官になって、その難問に挑んでいく。

第7話は早くもクライマックス感高まるものだった。入間が弁護士から裁判官になったきっかけとなった12年前の殺人事件の再審が行われる。当時の事件の裁判官を勤めた日高(草刈民代)と入間が対峙し、「忖度」によって「隠蔽」された「正義」と「真実」がついに明らかになる。その瞬間が爽快だった。

12年前の東丸電機殺人事件。弁護士だった入間は、被告人・仁科壮介(窪塚俊介)の無実を晴らすため証人喚問を要請した。それを裁判官の日高は退けた。結果、仁科は無期懲役に処せられて自殺してしまう。入間はそのことをずっと悔やんでいた。

当時、入間が気になって調べようとしていたのが、誰あろう、第6話にて法人税法違反で逮捕された元・国税庁の官僚で、現在は会計事務所所長・志摩総一郎(羽場裕一)であった。辞めてからも国税庁とつながりのある志摩を上部がかばっているのではないか。偶然、別の事件で志摩の問題が浮上してきたことを幸いに、入間は再び12年前の事件を検証する。

12年眠っていた事件が急激に動き出す。たまたま別の事件が起こったこと。被告の妹・仁科由貴(臼田あさ美)が再審請求することを決めたこと。それには、入間の元同僚・で犬みちこの飼い主でもある青山瑞希(板谷由夏)が役立ったこと……といいふうに事が転がっていく。青山が審理の過程が正しいか「公開審理」を求めると、次長検事・中森(矢部健一)はそれを拒否する(即時抗告)と決めるが、検事の城島怜治(升毅)が「もうひとりの俺が逃げるなって」と正義感を発揮し、申立書を出すのを忘れる作戦に出て、滅多に開かない「開かずの扉」が開いた。

ここで注目すべき点は、即時抗告したら最初は国民がバッシングするだろうけれど「いつだって国民が怒っているのは最初だけ」「忘れるのが得意なのがこの国の人間だ」と中森が国民を見下していることである。上の者が国民を見下して好き勝手、自分たちに都合のいいようにやっていることが描かれた末、化けの皮が剥がれる流れは、今、視聴者が最も好むものであろう。庶民の多くは今、上の人たちが好き勝手やっているせいで損を被っていると思っているからである。だから、井出(山崎育三郎)が「正しいことをやるために私は検察官になった」と捨て身の行動に出るところにも胸が熱くなる。

入間はこの再審に当たり、以前、この事件の弁護人をやっていたため中立性が問われるが、だからこそ「正しい裁判をやるべき」と信頼する裁判官に言われたと語る。

「正しい裁判」――裁判とは正しいものと思いがちだが、正しくない裁判もあるようで。

だからこそ本当の「正しさ」を追求していく。正しさはひとつのようで、そうではなく、人の数だけ正しさがあって、日高にとって「正義は複雑」なものであり、忖度が必要なものだった。だが、それによって、二人もの命が失われた。ひとりは12年前の被告人。もうひとりは12年後、志摩の事件を調べていた記者。複雑な正義のために、罪のない人の命が奪われていいはずがない。正しさはひとつであるべきではないか。

それでも日高は入間に「裁判官失格」と言い放ち、裁判官から強制的に外されることになり……。結局、入間が権威に敗北したかに見えてーーその後(あと)にみんな大好き「逆転劇」が待っている。

『イチケイのカラス』の世帯視聴率が安定しているーーつまり好感度が高いのはこの構成によるものであろう。まるで裁判の女神が持つ天秤のように社会的なテーマとエンターテインメントのバランスをうまいこととっている。劇中、入間の「あらかじめ用意していたストーリーだよ」と言うセリフがあるが、このドラマ自体が、仕掛けをたくさん準備してそれがすべて逆転劇に至るストーリーになっている。

この回は、一回、負けたと思わせて、話を有利に進ませる作戦が何度も繰り返される。「一石を投じる」とか「踏み絵」と呼ばれるそれが、ストーリーを運び、最後の逆転にもっていく。井出の捨て身の行動はその瞬間は役立たなくても効果を呼ぶ。日高が入間を「失格」と追い込んだことも、真実を明らかにする作戦だった。さすが、坂間(黒木華)が尊敬する裁判官だけはある。

真実が明らかになった後、日高は記者会見を行う。長ゼリフで、上に行きたいがため(女性初の最高裁長官に最も近かった)に「真実から目を背けた」と打ち明ける。その潔くに喝采すると同時に、真実から目を背けて出世を選ぶ裁判官が現実にもいるのではないかと暗澹たる気持ちになる。

劇中でも裁判官はサラリーマンと揶揄されていたが、巨大な問題を裁く日本の代表が、自分の出世と真実を天秤にかけて前者をとってしまうことなく、ドラマのように正しさが貫かれてほしいと願う人の数だけ「イチケイのカラス」は支持される。

最終回の内容でもおかしくない重いテーマだったが、まだ7回。最終回ではどれだけの巨悪と入間が対峙するのか今から待ち遠しい。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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