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4億円を寄付した男の“危機感”

湯浅誠社会活動家・東京大学特任教授
河野経夫・第一住宅株式会社代表取締役会長(写真はすべて筆者)

7月14日の朝刊各紙の首相面会人一覧に、見慣れぬ名前が載った。

「河野経夫」。

第一住宅という会社の代表取締役会長。

この人が首相官邸を訪れたのは、政府が主導する「子供の未来応援基金」に対する巨額寄付が理由だった。

その額、4億円。

「あるところにはあるもんだなあ」と思った人もいるもしれない。

しかし、河野さんの寄付行為は強い危機感に裏付けられた、より切迫したものだった。

その危機感とは何か。

埼玉県川越市にある第一住宅本社にて、お話をうかがった。

寄付は1分で決めた

――4億円もの寄付を即決されたと聞きましたが、本当ですか?

本当にあっさり決めたんです。

家内が「おとうさん寄付したら?」というから、私が「いいね」と。

1分で決めました(笑)。

実は、私の会社は同族会社でしてね。会社の純資産は90億円なんですが、息子も継ぎませんので、そのうち20億円で持ち株会をつくって、みんなの会社にしようと。

そういう趣旨で株を処分したので、それで寄付しようと決めたんです。

税金を払いながらコツコツ貯めたお金を寄付したわけじゃないんです。

そこまでのお金はない。臨時収入ですよ(笑)。

私たちの会社がここまで来られたのは社会のおかげです。

社会のおせわになったわけだから、社会のお役に立ちたい、と。

笑顔がチャーミングな河野会長
笑顔がチャーミングな河野会長

「子供の未来応援基金」に決めたワケ

――にわかには信じられませんね(笑)

本当ですよ(笑)。

ただ、どこに寄付するかは、かなり慎重に調べました。

名前を出すのは控えますが、よく知られているところでも、ダメなところはいっぱいあります。寄付を集めるべき団体が政治家に寄付したりとかね。

調べているうちに出会ったのが「子供の未来応援基金」です。

これは、基金すべてを子どもの福祉のために使います、と。

事務費は、すべて事務局が負担します、と。

これならいいかな、と思ったんですね。

ところが、政府が提唱して始めたものだけど、半年で2億円しか集まっていない、と。

個人・団体から寄付を募って、経団連にも一生懸命営業しているらしいんですけどね。

寄付すると、自社広告に子供の未来応援基金のステッカーが貼れる。それでもそれしか集まっていない。

内閣府の方が来られたので、聞いたんですよ。そしたら「目標は2億5000万円です」と。

でも、トヨタの利益は2兆3000億円ですよ(笑)。

いや、他人のことはどうでもいいんですが、それで私、少しでも起爆剤になればと思いましてね。

それでも心配ですからね。

お金の分配を決める委員の方たちの顔ぶれが決まるまで待った。

審議委員には、企業の人が5人、行政から2人、学識経験者が2人。これなら大丈夫かな、と思いましてね。

それで決めました。

自分なりに精査したつもりです。

私だって中小企業のオヤジですからね。個人で4億円出すのは容易なことじゃないんですよ(笑)。

河野さんが確認した審査委員会名簿
河野さんが確認した審査委員会名簿

不労所得が増えてもロクなことはない

――臨時収入とおっしゃいましたけど、それでも会社を育て、積み上げてきた末の4億円ですよね。

それはそうですけどね。

でも、私も今年で75歳。もうそんなに先も長くないですからね(笑)。

永遠に生きるなら、寄付もしなかったかもしれませんけど(笑)。

使う分だけあればいいんで、使えないほど持っていてもしょうがない。

死に仕舞いをしなきゃいけません(笑)。

河野さんが一代で築いた第一住宅本社ビル(川越駅より撮影)
河野さんが一代で築いた第一住宅本社ビル(川越駅より撮影)

――お子さん、お孫さんに譲ろうとは思わなかったんですか。

息子が1人、娘が2人、孫が1人おりますけどね。子どもたちも賛成してくれましたよ。

子どもたちにまったく残してないわけじゃないんです。それなりに計画的に株を譲ってきました。

でも、必要以上に譲ってもね。いかに我が子とはいえ、不労所得が増えすぎたらロクなことはありませんよ(笑)。

おなかくらい満たしてあげたい

――「子供の未来応援基金」に決めたのは、やはり子どもですか。

子どもは未来の宝です。

じいさんばあさんばかりになっては、地球は崩壊するでしょ(笑)。

子どもを増やすべきです。

でも今は6人に1人の子どもがプア(貧困)だと言うんでしょ。

勉強のできる子どもばかりが宝じゃないが、それでも高校とか大学とか、行けるなら行かせてあげたいですよね。

ひもじい子どももいるんでしょ。そういう子どもたちにご飯を食べさせる「こども食堂」もあるとか。300円とかで食べさせるらしいですね。

私にはできないが、そうやって社会貢献している人たちがいっぱいいる。

その人たちの力になれればいいな、と。

ひもじい思いをしているなら、おなかくらい満たしてあげたいじゃないですか。

「ひもじい思いをしているなら、おなかくらい満たしてあげたい」
「ひもじい思いをしているなら、おなかくらい満たしてあげたい」

4億円を寄付した男の危機感

――でもそれは、国が税金でやるべき仕事だという人もいますよね。

これは安倍総理にお会いしたときにも申し上げたんですけどね。

厚労省の外郭団体によれば、日本の人口は2110年に4286万人まで減ると言っていますね(国立社会保障・人口問題研究所中位推計)。

このままいったら、この国は大変ですよ。終わりますよ。

人口減少で未来がないとなれば、円の信認も下がるかもしれない。

国債が暴落するかもしれない。

このままいったら、デフォルトになるとか、預金封鎖があるとか、そういうことがありえると私は危惧しているんです。

そういう危機的状況なのに、57兆円の収入で97兆円の生活をしている。持続可能性がないですよ。

学者さんの中には、大丈夫だって言う人もいますけどね。私は心配です。

それなのに、消費増税を2年半延期してしまった。

選挙に勝つためでしょうが、どうしてこういうことをやるのか。

安倍総理には力があるんだから、任期を伸ばしてでもやってほしい、と申し上げました。

そもそも日本の総理は短命にすぎます。

サミット(主要国首脳会議)は1975年以来これまで42回開かれていますが、フランス大統領は5人、ドイツ首相は4人、アメリカ大統領は7人です。それに対して日本の首相は20人です。

これではいい仕事はできません。

アメリカの自動車会社GMが経営破綻したのは、経営者が一期ごとの利益に汲々としすぎたからですよ。

日本の自動車会社は、より長期的にものづくりを磨き、力を蓄えていった。

アメリカはそれを恐れています。

でも、政治はその反対です。すぐに変わってしまう。

安倍さんだって、借金を減らしたわけじゃない。国債の増発を減らしただけです。

政治は、もっと長期的な見通しをもって、もっとまっすぐに進むべきものだと思うんです。

でも、政治の力だけでは、それはできません。

その意味では、安倍さんも悪いが、国民も悪い。

「政治には、もっと長期的な視点が必要」
「政治には、もっと長期的な視点が必要」

子どもは放っておけば育つんだと言う人もいます。

でも、誰がプア(貧困)にしたのか。政府の責任です。

中流層がものすごい勢いで減っています。

これってまさに、小泉構造改革がまずかったと思うんです。

でも、小泉構造改革をやったから、日本のモノづくりががんばれた。

悪いことも、良いこともあった。

でも、悪い面の手当てが十分なされていません。

だから政府の責任でフォローすべきです。

でも1100兆円の借金があります。政府だけではできません。

それには、私たち国民にも責任があったと思うんです。

国民による運動が必要だと思います。でも、私にそんな力はありません。

私にできることは、せめて寄付をすることぐらいです。

「私にできることは、せめて寄付ぐらい」
「私にできることは、せめて寄付ぐらい」

寄付の連鎖に期待

――河野会長の周りには、そのような思いを抱いている方が多いんですか。

多くはないですね。

私はどこでも、このままいったら大ごとだ、と言っています。

みんな「そうだな」と言ってくれるんですが、なかなか行動は起こしてくれません。

このままでは大変だ、そのためには子育てだ、と言っているんですが、広がらない。

私に説得力がないんでしょう。

でも、こんな話もありました。

ウチの社員が行っている病院の医師が「おたくの会長は立派なことをやられた。私もやろうかと思っている」と言ったというんです。

そういう人もいます。

だから、広がっていくことに対する期待を捨ててはいません。

アメリカに行ったとき、テキサスである家族に会いました。

親子で3Dプリンターを作る小さい会社をやっている。子どもの教材やおもちゃに使いたいと言っていました。

3Dプリンターなんて、もう世界中で普及してしまっている。それでもその家族には1億円の資金が集まったというんですね。

アメリカにはそういう文化があります。

日本にはそういう文化がありません。それを変えていく必要があると思います。

できたら、私の寄付が呼び水になって、連鎖が広がってくれるといいですね。

また言っちゃいますが、トヨタの利益は2兆3000億円ですからね。

4億円なんて、トヨタから見れば私の1円くらいでしょう(笑)。

経団連がその気になれば、すぐに数十億円くらい集まると思うんですよね。

だいたい企業がやれば経費ですから。私みたいな個人はそうはいかない(笑)。

「経団連がその気になれば、数十億円くらい集まるはず」
「経団連がその気になれば、数十億円くらい集まるはず」

立派なことなど言えないが

――最後に、今の子どもたちに一声かけるとしたら。

立派なことなんて、言えませんねえ。

でもやっぱり、がんばったら未来は開けるよ、と言いたいですね。

できたら、横道にそれず、前向きに努力してほしい。

素朴にそう思いますね。

そのために、私のお金が少しでも生きてくれれば、ありがたいです。

画像

(8月3日18:41誤字修正:「子供未来応援基金」→「子供の未来応援基金」)

社会活動家・東京大学特任教授

1969年東京都生まれ。日本の貧困問題に携わる。1990年代よりホームレス支援等に従事し、2009年から足掛け3年間内閣府参与に就任。政策決定の現場に携わったことで、官民協働とともに、日本社会を前に進めるために民主主義の成熟が重要と痛感する。現在、東京大学先端科学技術研究センター特任教授の他、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長など。著書に『つながり続ける こども食堂』(中央公論新社)、『子どもが増えた! 人口増・税収増の自治体経営』(泉房穂氏との共著、光文社新書)、『反貧困』(岩波新書、第8回大佛次郎論壇賞、第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞)など多数。

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