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正しいワールドカップの姿とは?『love.futbol』が示す未来

清水英斗サッカーライター

ワールドカップの正しい姿とは?

ブラジル各地で、2014年ワールドカップの開催反対を表明するデモが相次いでいる。

スタジアム建設などワールドカップの運営ばかりにお金が回り、交通、教育、医療といった公共サービスに関しては、逆に料金の値上げが発表されたブラジル。生活環境が改悪されていくことに端を発したデモは全国的に拡大し、政府は対応に追われている。コンフェデレーションズカップ準決勝、ブラジル対ウルグアイが行われた26日現在も、人々の怒りは収まっていない。

サッカー王国によるワールドカップへの抗議デモ。まさしく異常事態と言ってもいいだろう。このようなデモが発生する背景とは何か? 

ブラジルは貧富の差が大きい国だ。ワールドカップの観戦チケットどころか、毎日の食べ物を手に入れることに苦心する人が少なくない。お金がないとわかったら、病院をたらい回しにされ、満足な医療も受けられなくなる現実が目の前にある。それなのに、自分たちが関わることができないワールドカップのスタジアム建設のために、公共機関の料金が上がるとなれば、いかに熱狂的なサッカーファンといっても反発するのも無理はない。

いったい、ワールドカップは何のためにあるのだろうか?

同じような傾向は、南アフリカで行われた2010年ワールドカップにも存在した。決勝戦が行われたヨハネスブルクの『サッカーシティ』は、美しい装飾が施された近代的なスタジアムだ。しかし、そのスタジアムから数百メートル離れた場所にある貧しい村落では、スタジアムに入るためのチケットを入手できる人など誰もいない。自宅にテレビがある家庭すら少なかった。

手を伸ばせば届くような位置に、何やらまばゆい光を放つスタジアムがある。そこに世界中から観光客が集まり、熱狂しているさまを、現地の人々は蚊帳の外で見つめていたのだ。

ブラジルでもあの様子が繰り返されるのだろうか。本当にこれがワールドカップの正しい姿なのだろうか?

グラウンド作りを通してコミュニティー確立を目指す『love.futbol』

このようなサッカーを取り巻く状況に関して、希望の光を見せてくれるのがアメリカ発のNPO『love.futbol』だ。当記事は、サッカーの新たな可能性を示してくれる一つの取り組みを紹介させて頂きたい。

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『love.futbol』は現地のコミュニティーと手を組み、サッカーをプレーしたいと望む子どもたちのために、グラウンド建設をサポートするNPO団体だ。

すでにグアテマラで9つ、ブラジルで3つ、合計12個のグラウンドを作り上げた実績を持つ。なぜ、彼らはサッカーのグラウンド作りに特化して活動するのか?

世界中の貧しい子どもたちの間で行われているストリートサッカーには、常に危険がつきまとう。元ブラジル代表のマイコン、ミシェル・バストスの弟たちは、ストリートサッカーの最中に車にはねられて亡くなった。ひどく汚染した川にボールを落としてしまい、それを拾うために汚水に浸かり、感染症を引き起こした子どももいる。あるいは……。同様の悲しい事例は、世界中に星の数ほどある。子どもたちが安全に、サッカーを楽しむ環境を作るために、『love.futbol』はグラウンド作りの活動に取り組む。

ただし、『love.futbol』は彼らにグラウンドを『与える』団体ではない。NPOとして提供するのは、あくまでもグラウンド作りに関わる法律の手続き、技術的なツールなど、ノウハウに関わる部分や投資に限られる。グラウンドを作る実際のプロジェクトに関しては、現地のコミュニティーに一任しているのが最大の特徴だ。

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コミュニティーはリーダーが中心となり、企画案をまとめ、現地からたくさんのボランティアが参加してグラウンドを作る。みんなで土地をならし、土砂を運び、レンガを積み、そして最終的にグラウンドが完成する。

そうして出来上がるのはグラウンドだけではない。それを成し遂げたコミュニティーも、地域の財産となる。何かを協力してやり遂げた人々は、『love.futbol』の手から離れた後も、「次はこんなものを作ってみないか?」と街の発展のために自発的に動くようになる。コミュニティーのその後の活動として、公園やお店、観光センターなどを立ち上げた事例が実際にあるそうだ。

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子どもたちが自らの情熱をぶつけるグラウンドを得たことで、学校での勉強にもメリハリが付くようになり、学力が以前よりも上がったという報告もある。さらに社会的な活動を経験する場が増えたことで、子どもが麻薬に手を染めるケース、あるいは未就学児も減ったそうだ。サッカーが生み出したコミュニティーという社会生活があることで、子どもを孤独にさせていない。ここが大切なところだ。

さらに『love.futbol』は、男女の区別をしない。女の子も自由にサッカーを楽しめるようにすることで、「私たちも出来るんだ」と感じさせ、女性の社会進出を促す。

また、それぞれのコミュニティーはグラウンドの使用法にローカルルールを設ける。子どもが使うときは無料、大人が使うときは有料。イベントを開催するときも有料。メンテナンスファンドを作って溜めたお金で、修繕やグラウンドの新設を行う。フィールドにゴミを放置したら、1週間の使用禁止。このようにして、子どもたちは社会で生きるためのルールをサッカーを通して学んでいく。

サッカーグラウンドは一つのきっかけに過ぎないが、ここからあらゆる可能性が広がっていくのだ。

ある子どもは次のように語ったという。

「汚水に飛び込んでボールをキャッチする必要がなくなったし、深夜までプレーできるようになったのが嬉しい! コミュニティーの社会活動にも参加するようになった」

また、ある父親は次のように語る。

「グラウンド作りは、フレンドシップのリフォームでもある。我々の町に秘められた能力”スリーピングジャイアント”(眠れる巨人)を呼び覚ましたんだ」

サッカーの”ソーシャルサイド”が秘める可能性

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ブラジルで『love.futbol』のディレクターを務めるマノ・シウバ氏は、アメリカの大学でサッカー選手としてプレーした経験があり、そのときに感じたことが彼の人生を大きく左右しているそうだ。

「アメリカにいるとき、サッカーの競技サイドとは違う部分、”ソーシャルサイド”を見たんだ。ホンジュラス、グアテマラ、ハイチ……。アフリカではチュニジアにも行った。すべての旅の目的は、サッカーをツールとして社会に希望を持ってくること。サッカーのソーシャルサイドの可能性を高めること。サッカーが人々をつなげる、サッカーが人間性を高める。それを常に意識するようになったんだ」

マノ・シウバ氏は、コンフェデレーションズカップ第2戦の日本対イタリアが行われたレシフェで生まれ育った。

「レシフェのスタジアム周辺で、いくつかの村を見なかったかい?」

スタジアムへ向かうバスの車中からは、レンガや壁がボロボロになった貧しい家が連なる村落がいくつか見られた。お世辞にも衛生的な場所とは言えない。そこには、コンフェデレーションズカップとは何ら関係のない日常が流れている。『love.futbol』がブラジルに作った3つのグラウンドのうち、1つは、レシフェのスタジアムから車で5分の距離にある村落に建設されたそうだ。

「これは彼らのワールドカップ・スタジアムだ。サッカーをプレーする場所がなかった彼らと一緒に、僕らはフィールドを作った。FIFAのスタジアムには行けなくても、ここで出来たグラウンド、コミュニティーは、長い期間にわたって村に利益をもたらすはずだ」

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ボランティアによる3000時間の労働の末に作られたピッチでは、2000人の子どもたちがサッカーを楽しんでいるそうだ。その中には、ネイマールを目指すような逸材がいるのかもしれない。彼らは、彼らのワールドカップ・スタジアムに夢を託している。

マノ・シウバ氏は次のように語る。

「ブラジルの普通の人たちは、自国で行われるワールドカップに参加することができない。彼らは蚊帳の外に置かれ、孤独を感じているんだよ」

僕は思う。都市圏のデモに参加している人は、まだ幸せなほうではないかと。一部には過激な行動に出る人もいるが、大半の若者は、お祭りのような雰囲気でデモ行動を楽しんでいる様子が見て取れる。サッカーが果たすべき社会貢献を本当に必要としている人は、デモにすら参加できないところにいる。

『love.futbol』プロジェクトによって作られたフィールドは、現在12個。これを2015年までに30個に増やすそうだ。その資金についてはコカ・コーラ社のような民間スポンサーのほか、自治体やFIFAからも少しのお金を得ているらしい。しかし、それは決して充分な額ではないようだ。

このようなプロジェクトの数を、30、300、3000、30000個と増やしたとき、はじめて僕らは、「ワールドカップはみんなのためにある。みんなが参加できるんだ」と胸を張って言えるのではないだろうか。

『love.futbol』という団体名は、英語のloveとスペイン後のfutbolを組み合わせた造語で、サッカーを通じて世界中の人々が心を通じ合わせられることを意味している。

もし、日本の個人や法人で興味がある方、あるいはブラジルへの進出を考えている方がいれば、このような機会を利用するのもいいかもしれない。サッカー以上に彼らの生活に入り込むものはないだろう。

【love.futbolのSNSページ】

https://www.facebook.com/lovefutbol

https://twitter.com/lovefutbol

最後に、この取材はサッカーを活用した社会開発に取り組む『streetfootballworld』のボランティアメンバー、加藤遼也氏の仲介により実現することができた。この場を借りて、御礼を申し上げたい。

サッカーライター

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合を切り取るサッカーライター。新著『サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点』『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』。既刊は「サッカーDF&GK練習メニュー100」「居酒屋サッカー論」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材に出かけた際には現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが最大の楽しみとなっている。

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