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320億円支払い判決が問う「世界一人気の除草剤」の安全性

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:ロイター/アフロ)

 バイオ化学大手の米モンサント社に対し、米カリフォルニア州の裁判所が、同社の除草剤でがんになったと訴えた男性に320億円を支払うよう命じた評決が、世界中に波紋を広げている。除草剤が、日本を含む世界各国で売られ、その安全性をめぐり論争が起きている「グリホサート」だったためだ。米国では、同様の訴訟が5000件前後起こされているとされ、評決後、親会社の独バイエル社の株価が急落。英国では、関連商品の店頭からの撤去が検討される事態になっており、グリホサートの安全性を問う議論が一段と過熱しそうだ。

庭作業で末期がんに

 裁判では、学校の校庭を管理する仕事をしていた46歳の男性が、グリホサートを有効成分とする除草剤を年に20~30回ほど使用し続けた結果、2014年に非ホジキンリンパ腫を発症し、末期がんを患ったと主張。カリフォルニア州上位裁判所(一審)の陪審は今月10日、男性の訴えを認めた上、モンサントは警告表示を怠ったとして、同社に懲罰的損害賠償金2億5000万ドル(約280億円)を含む総額約2億8900万ドル(約320億円)の支払いを命じる評決を出した。モンサントは、直ちに上訴する意向を示した。

 評決後、最初の取引となった13日の独フランクフルトの株式市場では、モンサントの親会社で世界的な製薬会社バイエルの株価が前週末比10%安と急落。バイエルは急きょ声明を出し、「評決は、グリホサートが安全であることを示す科学的な証拠や何十年間もの経験、規制当局の結論の重みと相容れない」と評決を批判した。しかし、バイエルの株価はその後も下がり続け、週半ばには5年ぶりの安値を記録。バイエルは今年6月、モンサントを630億ドルで買収したばかりだった。

 今後、モンサントを相手に次々と始まる同様の裁判で同社の敗訴が続けば、賠償額がさらに巨額になるのは必至で、バイエルの経営にも影響を与えかねない。

仏環境相「危険性を裏付け」

 ロイター通信によると、オーストラリアでも13日、グリホサートを原料とした製品を製造している農薬大手ニューファームの株価が一時、前週末比17%安と暴落、約2年ぶりの安値を付けた。

 英国のホームセンター大手ホームベースは、評決を受け、関連商品を店頭から撤去するかどうか検討を始めると発表。地元紙の報道によると、他の小売店でも同様の検討を始めるとみられている。

 フランスのユロ環境相は地元メディアの取材に対し、「評決は、多くの内部告発者がグリホサートの危険性について長年訴え続けてきたことを裏付けるものだ」と述べ、フランス政府の政策の正しさを強調した。フランスのマクロン首相は昨年11月、グリホサートを主原料とした除草剤の販売を3年以内に禁止する意向を表明した。欧州ではフランス以外の国でも、規制強化の動きが出ている。

 グリホサートを有効成分とする除草剤は、「世界で最も人気の除草剤」(米CNNテレビ)として世界各国で販売され、農作業で使う農薬としてのほか、一般家庭や学校など公共施設向けの製品も多い。モンサントの「ラウンドアップ」ブランドが有名だが、ジェネリック製品も様々な名前で出回っている。

 グリホサートは、グリホサートに耐性を持つ遺伝子組み換え作物の除草剤としても使われるため、1990年代以降、遺伝子組み換え作物の作付面積が急拡大しているのに伴い、使用量が大幅に増えている。

分かれる判断

 一方、多くの研究者や研究機関がグリホサートの発がん性を指摘しており、使用の是非をめぐって世界的な論争が巻き起こっている。

 世界保健機関(WHO)傘下の「国際がん研究機関」(IARC)は2015年、グリホサートは「ヒトに対しておそらく発がん性がある」と結論付け、危険度を示す5段階評価で2番目に高い「グループ2A」に分類した。

 米カリフォルニア大学の研究チームは2017年、食べ物を通じたグリホサートの体内への摂取量が過去20年で急増しているとの調査結果を「米国医師会雑誌」(JAMA)に発表し、「少ない摂取量でも、継続的に摂取すれば個体に悪影響を及ぼすことが動物実験で判明しており、人への影響に関する徹底した研究を早急に始める必要がある」と強調した。

 同年、カリフォルニア州政府は、グリホサートを州の定める「発がん性物質リスト」に加え、規制を強化した。

 これに対し、欧州食品安全機関(EFSA)や米環境庁(EPA)は、グリホサートに関し、「がんを発症させる可能性は低い」あるいは「発がん性との証拠はない」との見方をとっており、専門家の間でも意見が割れている。

 ただ、グリホサートと発がんの関係を初めて法的に認めた今回の評決で、「グリホサートは危険」とのイメージが消費者の間で広がることは避けられず、グリホサートの安全性をめぐる議論はさらに過熱しそうだ。

日本は残留基準値を緩和

 日本でも、グリホサートを有効成分とした除草剤は、稲作や野菜・果物類の栽培に広く使われているほか、家庭向けの製品がホームセンターや100円ショップで販売されている。

 日本では今のところ、グリホサートの安全性をめぐる議論はほとんど見られない。そうした中、厚生労働省は昨年12月、小麦やそば、とうもろこし、小豆類、オイルシードなど一部の農産物に適用されるグリホサートの残留基準値を大幅に緩和。欧州や米国内で起きている規制強化の動きとは、一線を画している。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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