経団連が「残業100時間」を譲れないホントの理由ーー“現場一流、経営三流”の国ニッポン
残業時間の上限規制などを巡り、経団連の榊原会長と連合の神津会長が昨日会談した。
経団連が忙しい時期は100時間程度も認めるよう求めているのに対し、連合が激しく反発しているが、来週か再来週に再び会談を開き、合意を目指すことを確認した。
「まずは罰則規定を設けることが大事」とはいえ、過労死認定基準である80時間を超え、100時間を認めるとは正気の沙汰とは思えない。
「形のうえで制度を作っても、人間の“心”が変わらなければ改革は実行できません」ーー。
これは高橋まつりさんの母親が、まつりさんの命日に公開した手記の文言である。
「なぜ、長時間労働になるのか?」という根本的な理由を、経営者が理解し抜本的な対策を講じない限り、「残業100時間働かせてもいい」という非人道的な経営がまかりとおり、日本の経営者の“心”が三流である限り、長時間労働はなくならない。
「心が三流」とは挑発的なものいいかもしれない。
でも、長時間労働がもたらす悲劇を考えれば、至極当然のこと。いったい何人の犠牲者を出せば、経営者は変わるのだろうか。
長時間労働の原因が「業務量の多さ」であることを否定する労働者はいないはずだ。
ところが、これがひとたび「人手不足」という言葉に置き換わった途端、少子高齢化などの「人口構造」の問題のようなイメージになる。
でも、実際にはこの「人手不足」を作っているのは明らかに経営者。そう。経営者の問題である。
順を追って説明しよう。
所定外労働の経験がある労働者に「残業が発生する理由」を聞いたところ、次のような結果が出た。
(「労働時間管理と効率的な働き方に関する調査」結果および「労働時間や働き方のニーズに関する調査」結果)
'''トップは「業務の繁閑が激しいから、突発的な業務が生じやすい」(58.5%)で、次いで「人手不足だから(一人当たり業務量が多いから)」(38.2%)となった。
'''
で、この回答を「労働時間の長さ」との関連で分析すると、残業の多い人ほど「人手不足」や「仕事の性格や顧客の都合上、所定外でないとできない仕事があるから」と回答する比率が高まり、週実労働時間が60時間以上の労働者では、57.4%が「人手不足」を、55.2%が「業務の繁閑」 を、さらには35.4%が「仕事の性格」を挙げたのである。
また、「強い疲労感やストレスを感じたことがありますか?」と質問したところ、「ほとんど毎日・しばしばあった」人の割合が3割を超え、週実労働時間が60時間以上の人を対象に分析すると、その割合は半数を超えた。
さらに、「(自分の)現在の働き方で健康に不安を感じる(健康不安)」とした人は実に7割に達し、 4人に1人が自らの「能力を充分、発揮できていない」としたのである。
なんとなくサラリと読めてしまう結果だが、ここにこそ長時間労働の真の問題が潜んでいる。
「健康不安」は一般的にはなじみのない概念かもしれない。だが、健康社会学では数値としての「長時間労働」以上に危険とされている。
健康不安は“overwork”。すなわち「自分の能力的、精神的許容量を超えた業務がある自覚」と言い換えられる。
過労自殺には、
「長時間労働」⇒「overwork」⇒「精神障害」⇒「過労自殺」
という流れが存在し、“凶器”を凶器たらしめる危険かつ重大な役目を、健康不安(overwork)は担っている。
健康不安の重大さを知らずとも、これだけ長時間労働が社会問題になっているので、企業だって指をくわえて見ているわけではない。先の調査では、92.6%の企業が「残業削減に向けで取り組んでいる」と回答。結構な割合である。
ところが、である。
取り組みの結果、所定外労働時間の長さが実際に「短縮された」割合は、その半数。たったの52.8%しかなかったのである。
「半数も効果あったんならいいじゃん」と反論する人もいるだろうけど、これは「半数しか」と捉えるべき。
なぜなら、取り組みの結果が出ていないのは有給休暇も同じだから。
労働者にとって唯一の「休む権利」といえる年次有給休暇の取得促進に向けて取り組んでいる企業は72.0%もあるのに対し、実際の取得日数が「増えた」割合は、わずか35.1%しかないのある。
先のデータで「所定外労働の原因」に「業務の繁閑」「仕事の性格や顧客の都合上、所定外でないとできない仕事があるから」とした人にとっては、有給休暇は心身の回復を促す大きな「権利」だ。なのに、その権利さえ十分に行使できないなんて、やはり「半数“しか”」でしかない(ややこしくてすいません)。
さらに呆れるのが、所定外労働の削減に取り組みながらも「効果が実感できない理由」だ。
半数以上(50.9%)の企業が、長時間労働が発生している原因に「人手不足」を挙げながら、実際に「適正な人員確保」に取り組んでいる割合はわずか19.9%(全企業ベース)。人員不足を理由に挙げた企業に限ってみても、たった39.0%しか取り組んでいない。
これって……「ウケる~~」。女子高生のこの言葉がいちばんしっくりくるくらい、「ええ~~~っ!!???????」って事実が存在しているのだ。
つまり、上記をまとめると次のようになる。
【労働者視点】
人手不足→長時間労働→パフォーマンスの低下→メンタル低下→離職(あるいは休職)→さらなる人手不足
【企業視点】
人手不足→長時間労働→パフォーマンスの低下→プレゼンティズムによる損失→生産性の低下→コスト増につながる雇用の抑制→さらなる人手不足
といった「魔の長時間労働スパイラル」に、今の日本ははまっているのである。
ちなみに「プレゼンティズム(Presenteeism)」とは、出勤しているものの心身の不調などによりパフォーマンスが低下する状態を指す。
プレゼンティズムは、欠席や休職を指す「アブセンティズム(Absenteeism)」より深刻な状況で、企業側の損失も大きい。
大企業が負担する従業員の健康関連コストのうち、7割超がプレゼンティズムによるもので、15%が医療費、残りがアブセンティズムと労災と分析するデータもある。また、同僚などへのマイナスの影響も、アブセンティズムより高いと考えられている。
以上のことからわかるとおり、人手不足を解消する以外、長時間労働はなくならないのである。
そして、人手不足を解消するには、それを「絶対に解消するという」という“心”を、経営者が持てるか、どうか。これですべてが決まるといっても過言ではない。
ところが、である。
実はここでも気になる数字が明らかになっている。
なんと長時間労働した人ほど、出世が早い。限りなく黒に近いグレーが「はい、黒でしたよ~」という結果が先の調査で示された。
課長代理クラス以上の昇進のスピードと「残業」との関連を調べてみたところ、
・同時期入社等と比較して昇進が「早い」人は、「普通」ないし「遅い」人より1週間の実際の労働時間がやや長い。
・「1ケ月の所定外労働時間」が 45 時間を超えた人で分析すると、昇進が「早い」人は 51.4% と、「普通」(42.2%)あるいは「遅い」(39.2%)人を上回る
といったことが明らかになったのである。
これでは「何?長時間労働?そんなの当たり前でしょ。さすがに月100時間超えたときは、心臓がバクバクしてビビったけど、人手不足なんだから仕方ないよ」なんてことを、彼らがトップになったときに言いかねない。
まさしく三流の心。人の「心」に大きな影響を及ぼす「経験」がこれでは、悲観的にならざるをえない。
実に恐ろしいことだ。
最後に、「現場一流、経営者三流」の理由を述べておきたい。
これは経済協力開発機構(OECD)の「国際成人力調査(Programme for the International Assessment of Adult Competencies : PIAAC)」の結果で、ご覧のとおり日本の「労働者の質」は世界トップレベルであることがわかる。
PIAACは「経済のグローバル化や知識基盤社会への移行」に伴い、雇用を確保し経済成長を促すために、国民のスキルを高める必要があるとの認識から行われている。読解力、数的思考力、ITを活用した問題解決能力の3分野のスキルの調査と、年齢や性別、学歴、職業などに関する背景調査を併せて実施したものだ。
この数値は「労働者の質の高さ」と、個人的には理解している。
「生産性を上げて人材不足を解消する」という仕事をしない経営者が、世界に誇る質を持つ労働者を「高齢化だし~、女性たちもやめちゃうし~、人材不足だから仕方がないよね~」と、長時間労働させ、挙げ句の果て「100時間は認めてもらわなきゃ!企業が困る」と訴える。
100時間の攻防に力を費やす前に、「なぜ、100時間も必要なのか?」を、お願いだから考えていただきたい。