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注目の“2つの市長選” 藤井前美濃加茂市長、渡具知現名護市長が問われる「究極の信任」

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

新型コロナ感染に明け暮れた2021年が終わり、新たな年を迎えた。

その年明け早々、1月16日告示、23日投開票の同じ日程で、沖縄県名護市と岐阜県美濃加茂市で市長選挙が行われる。性格は全く異なるが、いずれも極めて重要な争点について市民の審判が行われる注目の選挙だ。

日本の地方自治体では、首長と議会の議員をともに住民が直接選挙で選ぶという「二元代表制」がとられているが、予算の提出権が首長側にしかなく、議会はそれを議決する権限しかないことなど、首長に権限が集中しているところに特色がある。市長は、市の運営全般について強大な権限が与えられるため、市民にとって、4年の任期の間、市政を全面的に委ねるに相応しい人物を選択する重要な機会が市長選挙だ。

冤罪と戦う藤井前美濃加茂市長が市民に問う「究極の信任」

美濃加茂市では、全国最年少で市長に就任した藤井浩人氏が、就任1年後の2014年6月、市議時代の30万円の収賄の容疑で突然、逮捕された。起訴され、一審では無罪判決を得たものの、控訴審でまさかの逆転有罪判決、そして上告。一貫して無実を訴える藤井氏は、潔白を信じる市民の圧倒的支持に支えられて市長職を続けたが、最終的に有罪判決が確定し、3年間の執行猶予期間は公民権停止となるため、2017年12月に失職した(拙著【青年市長は司法の闇と闘った】)。

公民権停止期間が明けた藤井氏は、有力な新証拠を得て、2021年11月に再審請求を行った。そして、市長職への復帰をめざし、2022年1月の市長選への立候補を表明した。

一方で、その藤井市長の潔白を誰よりも信じ支えてきた副市長が、藤井氏の後任の市長となり、4年間市政を担ってきたが、今回の市長選で再選をめざし立候補を表明、前市長と現市長が選挙で激突することとなった。

冤罪と戦いつつ美濃加茂市政奪還を目指す藤井浩人氏と、再選出馬表明伊藤市長の「刑事再審」への誤解】で述べたように、執行猶予期間満了で、刑の言渡しは効力が失われており、藤井氏が公職の候補者として、市長として活動する上で何の制約もない。とはいえ、今回の市長選で美濃加茂市民が藤井氏に再び市政を委ねる選択をするかどうかは、藤井氏“冤罪”を信じるかどうかが大きく左右することは間違いない。

藤井氏が、これまでの冤罪との闘いを綴った新著(【冤罪と闘う】)を上梓した直後、12月29日に放映されたTBSの人気ドラマ《「99.9刑事専門弁護士」完全新作SP新たな出会い篇》でも、地方政治家の収賄冤罪事件が描かれた。そのストーリーは、「多額の融資詐欺を犯した業者と検察官とのヤミ取引で『贈賄の虚偽供述』」、「贈賄供述者の有罪確定で収賄側の無罪判決を阻む」、「対質尋問」など、藤井浩人氏の事件と多くの点で酷似していた。藤井氏の冤罪事件は、今や国民の間に広く認識されつつあるということだろう。

こうした中で、冤罪と闘う前市長を美濃加茂市民が再び市長として選ぶかどうか、まさに司法判断を超えた“究極の信任”が問われるのが、今回の美濃加茂市長選挙だ。

「辺野古移設争点外し」の渡具知名護市長が市民に問われる「究極の信任」

一方の名護市長選挙では、米軍基地の移設に伴う名護市辺野古海域の埋立て工事の続行の是非が問われる。埋立て海域に広範囲に広がる軟弱地盤の改良工事を含む工事の変更申請を沖縄県が不承認としたことで、辺野古移設問題は新たな局面を迎えているが、再選に向けての立候補を表明している現職の渡具知武豊(とぐち・たけとよ)市長は、前回市長選と同様、辺野古移設問題を争点から外して選挙に臨もうとしている。

市民にとって極めて重要な問題について、敢えて「民意」を問わずに市長選に臨むことは、地方自治体のコンプライアンスの観点からも重大な問題がある。私がコンプライアンス顧問を務めていた横浜市のIR誘致問題では、それが極端な形で表れ、昨年夏の横浜市長選挙で誘致断念に追い込まれた(【名護市長選での辺野古移設問題への「民意」、横浜市IR誘致問題と共通する構図】)。

そのような「争点外し」を、今回の市長選挙で敢えて繰り返そうとしているのが現市長の渡具知氏である。名護市民が渡具知氏を信任するとすれば、辺野古移設問題を超越する「絶対的信頼」があるということであり、渡具知市長は、「究極の信任」が問われることになる。

しかし、「4年の任期の間、市政を全面的に委ねるに相応しい人物であるかどうか」、市民の審判を仰ぐ渡具知氏には、「旧消防庁舎跡地等売却事業」をめぐって重大な疑惑が表面化している。

市有地売却先の選定において、渡具知市長の親族が常務執行役員となっている企業の利益を図ったのではないかという疑惑が表面化し、市議会に地方自治法100条に基づく調査委員会が設置されるなど追及を受けている。市有財産の処分において、市長が市民の利益を最大限に追求したのか、私的利益を図ろうとした可能性はないのか、という点に疑念が生じている。再選をめざす市長選挙では、この問題について説明責任を果たすかどうかが、渡具知市長が問われる「究極の信任」に関して重要な判断材料となることは間違いない。

旧消防庁舎跡地売却の経緯

100条委員会が、市長派議員の意見により「非公開」という異例の措置がとられているため、そこでの議事や資料は明らかになっておらず、報道がほとんど行われていないため、名護市民は、この疑惑について具体的に知ることができなかった。

これまで、名護市が公表した資料や、市議会での答弁等から明らかになっている市有地売却の経緯は、以下のようなものだ。

渡具知市長が2018年1月の市長選挙で当選し、その年の11月、旧消防庁舎跡地を公募型プロポーザルで売却・事業化することが正式に決定され、実施要項が公表された。

今後のまちづくりの推進や中心市街地の活性化において重要な役割を担う空間であることから、新たなにぎわい・活力・魅力の創出に有効な利活用を行うための事業者の提案を募集し、選定に当たっては、「消防跡地の公募売却に係る評価委員会」(以下、「評価委員会」)が「事業の提案内容」と「買受希望価格」から総合的に判断し、最も優れた提案を行った事業者に売却するというものだった。

事業計画の評価項目として「コンセプト及びまちづくりとの関係性」等の提案趣旨、施設計画、事業執行体制、資金計画等の事業計画などに80点が配点され、買受希望価格は20点の合計100点満点で評価された。

2019年1月の期限までにプロポーザルに応募したのは、東京の大手住宅メーカー大和ハウス工業(以下、「大和ハウス」)と神戸のホテル不動産業者アベストコーポレーションからなる共同企業体(以下、「大和ハウスJV」)と、沖縄県内でホテル事業を営む単独企業(X社)、沖縄県内の建築会社を中心とするJV(Y社JV)の3者だった。

同年4月にプレゼンテーションと質疑が行われ、審査結果が通知された。土地の買受価格が最も高かったのはX社だった。しかし、事業計画評価との総合評価で、X社より1億3000万円低い買受価格を提示した大和ハウスJVが最高得点を獲得し、優先交渉権者となった。

優先交渉権を得た大和ハウスJVと名護市の間で土地売買仮契約書が締結され、2019年7月26日に、地方自治法96条1項8号に基づく承認を得るため、名護市議会に、「土地の処分について(旧消防庁舎跡地)」の議案が提出された。

その際、売却の相手方は「大和ハウスJV」とされ、議案の説明資料では、土地・建物の所有主体は「名護市を所在とする新設法人」とされていた。

議会承認の後、大和ハウスJVから、「有限会社サーバント」(以下、「サーバント」)という会社を「名護市を所在とする新設法人」としたい旨の提案があった。

9月24日に、サーバント、大和ハウス、アベスト、名護市の4社で、サーバントに土地売買契約の権利を継承することを承認する協議書が締結され、2019年11月、サーバントが名護市に売買代金を納入し、土地の所有権が名護市から同社に移転した。

しかし、その後の新型コロナ感染の影響を理由に、建物建築が遅れており、同土地は「ぺんぺん草状態」のままとなっている。

また、有限会社サーバントの名護市内の本店は、民家に看板だけがかかった状態であり、現時点では、事業の実態があるようには見えない。

2020年12月に至り、上記のような経緯で市有地の所有権を取得した「サーバント」が、市長の親族が常務執行役員を務める金武町所在の建設会社「丸政工務店」と役員構成が同一であり、同社の子会社だと判明したことから、市議会での追及が始まり、2021年5月に、100条委員会が設置された。

最大の疑問点

上記の経緯の中の最大の疑問点は、大和ハウスJVの買受希望価格が、X社より1億3000万円も低かったにもかかわらず(20点満点の価格点で5点の差)、それを提案趣旨、施設計画、事業執行体制、資金計画等の評価(80点満点)で、沖縄県内で相当数のホテルの建設・経営の実績があるX社に逆転するためには、相応に高い評価を獲得する必要があり、土地買受主体について、単に「名護市を所在とする新設法人」という説明だけだったとは思えないことだ。

「新設法人」について、出資者、事業運営体制が具体的に明らかにされ、資金計画等についても説明されなければ、その点に問題がないと思えるX社との間で相当な差がつくことになり、「提案趣旨」などがいくら評価されたとしても、逆転は不可能だと考えられる。大和ハウスJVがこの点についてどのような説明を行ったのか、プレゼンや質疑応答の中身が非公表なので、その点は不明だ。

この点の解明の一つの手掛かりとなるのが、現地で取材に入っているジャーナリスト横田一氏が、YouTube番組「横田一現場突撃」#142で、関連企業として、「丸政工務店」、「サーバント」とともに、「ホクセイ」という社名を出していることだ。この「ホクセイ」というのは、どういう会社なのか、消防庁舎跡地売却にどのように関わっているのか。横田氏に聞いてみたところ、「株式会社ホクセイ(以下、「ホクセイ」)は、金武町所在で不動産賃貸、建設業を営む会社。有限会社サーバントと同様に、丸政工務店と全く同じ役員構成で、いずれも丸政工務店の子会社と考えられる。プロポーザルでの大和ハウスJVのプレゼンの配布資料では、株式会社ホクセイが名護市と契約して土地買受主体になるというスキーム図が示されていた。」と説明してくれた。

私が、現地の知人に聞いたところでは、「ホクセイ」は、過去に名護市内で土地を取得して量販店ドン・キホーテの誘致を行った実績がある会社とのことである。ホクセイが、プロポーザルの時点で土地買受主体になる会社として特定されていたのだとすれば、大和ハウスJVが事業執行体制等で相応の評点を得たことも、理解できないではない。

つまり、「ホクセイ」が、名護市との土地売買契約の当事者となり、土地・建物を所有し、大和ハウスJVが企画・テナント誘致や建物の設計・建設を担い事業全体をサポートする、というのがプロポーザルの際の大和ハウスJVの説明だったと考えられるのである。

しかし、そうなると、プロポーザルの際のスキームと、その後、議会承認の際に、「名護市を所在とする新設法人」を土地の買受主体にするというスキームとの間には、大きな相違があるということになる。

問題の整理

上記のような事実関係を前提にして、名護市旧消防庁舎跡地売却をめぐる問題を整理してみたい。

第1の問題は、土地買受主体を「ホクセイ」と説明していたのに実際には「サーバント」だったことから、公募型プロポーザルによる大和ハウスJVの選定が有効と言えるのか、である。もし、それが否定されれば、同JVが取得した土地売買契約の権利のサーバントへの継承も否定されることになる。

第2は、「名護市を所在とする新設法人」を土地買受主体として行われた旧消防庁舎跡地の処分について、名護市議会における承認手続が適法だったといえるのか、という問題である。

第3に、本件公募型プロポーザルに応募し、売買契約を締結し、その後、その権利を「有限会社サーバント」に継承させたことについての大和ハウスJVを構成する企業のコンプライアンスの問題である。

そして、第4に、一連の手続における、名護市の地方自治体としてのコンプライアンス問題である。この点は、仮に、上記の第1及び第2の問題について、名護市の対応に法的な問題点があるとまでは言えないとしても、地方自治体としての市有地売却に関する公正さ、説明や情報開示の不足などのコンプライアンス上の問題が生じるかどうかは別個の問題である。その点に問題があるとすると、市の行政のトップである市長の信頼性にも関わることになる。 

公募型プロポーザルによる大和ハウスJVの選定の有効性

上記のとおり、横田氏の取材結果のとおりであれば、プロポーザルのプレゼンの際、「ホクセイ」を土地買受主体とすると説明していたが、実際には、事業計画で土地・建物の所有主体になったのは、「ホクセイ」ではなく、「有限会社サーバント」という、プロポーザルの手続では全く出てこなかった会社だった。

プロポーザルでは、X社が大和ハウスJVより1億3000万円も高い買受希望価格を提示し、その価格の点数では大きく差を付けていた。それが、提案趣旨・施設計画・事業計画の評価点で逆転し、総合点では大和ハウスJVが1位となった。ホクセイが土地を買い受ける話が、サーバント単独で土地買受主体になったことで、少なくとも、事業計画の「事業執行体制」が、土地建物の所有主体に関して大きな変更があったことになる。それに加え、「事業スケジュール」「資金計画」の評価点(合計20点満点)も影響を受けた可能性がある。

会社登記簿を調査したところ、ホクセイの資本金は4900万円であるのに対して、サーバントは、公募型プロポーザルの時点では300万円、2019年6月に4500万円に変更している。また、同年9月24日に大和ハウスJVが取得した土地売買契約の権利をサーバントが継承した直後に、実施計画書の提出時期と代金の支払時期を9月末日から12月末日に変更するよう申入れている。このことからも、土地建物の所有主体がホクセイからサーバントに変更になったことは、スケジュール面、資金調達面で相応の影響があったと考えられる。

サーバントが土地建物の所有主体になるとの前提で、プロポーザルの手続が行われていた場合には、大和ハウスJVではなく2番手のX社が優先交渉権を得ていた可能性がある。

土地売却についての名護市議会の承認の適法性

議会承認を経ずに自治体発注工事を分割して請負契約を締結した事例について、

「公共事業に係る工事の実施方法等の決定が当該工事に係る請負契約の締結につき地方自治法96条1項5号を潜脱する目的でされたものと認められる場合には当該長の決定は違法」

とする判例がある(最判平成16.6.1)。この趣旨に照らせば、本件のような96条1項8号に基づく財産の処分についても、市議会の議決を要するとする法の趣旨を「潜脱する」目的で行われた場合には議会承認が違法となる可能性がある。

本件では、土地売買の議会承認議案では「名護市を所在とする新設法人」とされていたので、市議会議員の多くは、大和ハウスJVの構成2社が出資して「名護市に所在する新設法人」を設立して土地・建物の所有主体になるものと思い、その点が特に問題となることもなく、土地売買の承認議案が可決された。ところが、大和ハウスJVは、市議会での承認後に、土地買受主体を、名護市に隣接する金武町に本店が所在する「既設法人」で、本店を名護市に移転した「有限会社サーバント」にしたいと提案し、名護市がそれを認めた。

プロポーザルのプレゼンでは、名護市から市有地の売却を受け、建物の所有主体にもなる会社は、「ホクセイ」だった。そのように土地の買受主体がほぼ特定されていたのであれば、議会承認の資料の元になる大和ハウスJVの実施計画書に、なぜ、そのように記載しなかったのか、なぜ、単に「名護市を所在とする新設法人」とだけ記載してホクセイの社名を除外したのか。

ホクセイは、名護市内で不動産賃貸業・建設業などを営む会社であり、市長の親族が常務執行役員を務める丸政工務店の子会社であることも知られていた。もし、ホクセイを土地売却先にすることが明らかになっていれば、市議会での承認議案の審議で、問題が指摘されていた可能性が高い。そのため、議会承認の際には、「名護市を所在とする新設法人」としか記載しなかったのではないか。議会承認の直後から、土地を買い受ける「新設法人」はホクセイではなくサーバントとされたが、それは、同じ丸政工務店の子会社でも、サーバントなら無名であり、市議会でただちに問題にされる可能性が低いと考えたからではないか。

それらが、市議会での承認の際に土地取得の主体を秘匿する意図で行われたのだとすれば、土地売却の常務相手方を明示して議会の承認を求める手続を「潜脱する目的」があったことになり、議会承認なく財産処分を行ったものとして違法となる可能性がある。

この議会承認については、市議会で、「大和ハウスJVからサーバントに権利が継承されることについて、再度議会承認が必要だったのではないか」と問われたのに対して、市当局は、

「共同企業体を相手方として有効な土地売買契約を締結しており、本件契約の権利の継承の承認はこの有効に成立した契約に基づいて行ったものであること。土地等の所有主体が現地法人となる旨は当初より予定されており、議員にも説明がなされていることに鑑みると、権利の継承の承認は売却の相手方を変更するものではなく、また、別の新たな売買契約を本市が締結したものでもないため、再度の議決は必要なかったものと考えております」

と答弁している(2021年12月9日市議会、企画部長答弁)。

しかし、この議会承認は、旧消防庁舎跡地という市有財産の「財産処分」に関して行われたものであり、そこで承認を受ける対象となるのは、「土地の売却先」と「売却価格」である。

大和ハウスJVは、売却後の事業において、運営や建物の設計・建築・テナント誘致を行う立場であり、土地所有の主体は別の法人だというのであるから、大和ハウスJVは、本来、「財産処分」の対象ではない。「共同企業体を相手方として有効な土地売買契約を締結し」と答弁しているが、大和ハウスJVとの「売買契約」の形だけのものであり、実態とは必ずしも一致しない。「名護市を所在とする新設法人」を土地所有主体として、4億2000万円の価格で市有地を売却するというのが、本来、議会承認の対象とされるべき事項である。

ところが、「名護市を所在とする新設法人」は、実際には、「名護市の隣接町を所在とする既設法人が、名護市に本店を移転した法人」にすり替えられ、最終的な売却先になったのである。「新設」であれば、承認の時点で会社名を示せないのも致し方ないが、既設法人が、本店移転で「名護市所在の法人」になるのであれば、その社名を特定することが可能なはずだ。サーバントが、「名護市を所在とする新設法人」だというのには、明らかに無理がある。

企画部長答弁では、「土地等の所有主体が現地法人となる旨は当初より予定されており」と説明しているが、「言葉のすり替え」によるゴマカシである。議会承認時の資料では「新設法人」とされていたのであり、「現地法人」とされていたのではない。企画部長の答弁は全く合理性がなく、議会承認が適法であることの説明にはなっていない。

これらからすると、「潜脱目的」は否定できず、議会承認手続の違法性は否定できないように思える。

大和ハウスJV側のコンプライアンス上の問題

本件における大和ハウスJVの対応には、不可解な点が多々ある。そこには、企業としてのコンプライアンス上の問題が生じる可能性がある。

そもそも、市有地を売却して事業化する公募型プロポーザルに応募するJVにとって、そのJVの構成に関して、土地を買受ける企業がどの企業なのかは極めて重要な要素のはずだ。それが不確定のままプロポーザルに応募すること自体が不可解な対応だ。

しかも、その土地買受主体が、プロポーザルのプレゼンの際、「ホクセイ」が名護市と契約を行うようなスキーム図を用いて説明された。それが、優先交渉権を得た後の実施計画書では「名護市に所在する新設法人」となり、議会承認の直後からは、「有限会社サーバント」とされて、同社が所有権を取得することになった。

大和ハウスJV側が、意図的に、土地建物の買受主体についての説明を変遷させ、市議会の承認の際にも、土地所有主体がわからないような工作を行ったのだとすると、企業としてのコンプライアンス上の問題が生じることになる。

しかし、大和ハウス工業は東証1部上場の日本でも有数の住宅メーカーである。その会社が、独断で、上記のようなコンプライアンス上問題がある露骨な対応を自ら主導して行ったとは考えにくい。名護市側からの何らかの働きかけがあったからこそ、上記のような対応を行った可能性がある。そうだとすると、後述する、名護市側の自治体としてのコンプライアンス問題が生じることになる。この点については、大和ハウスの側が、コンプライアンス問題として、事実解明を行う必要があると言えよう。

名護市の地方自治体としてのコンプライアンス問題

旧消防庁舎跡地は、商業施設・宿泊施設などが集積し、中心市街地の観光施設にも近い立地で、極めて価値の高い市有地であり、その売却・事業化によって市民の利益、地域経済の活性化を図ることは地域社会の要請に応えるものであるが、そのような市有地売却・事業化が適切に行われていることについて、市民の理解・納得が重要となる。

かかる観点から言えば、既に判明している同市有地売却・事業化をめぐる問題は、公募型プロポーザルで大和ハウスJVを事業者として選定したことや、サーバントを土地売却先としたことが、仮に、契約に関する市の裁量の範囲内であり、議会承認の手続も違法とまではいえないとしても、自治体のコンプライアンスの観点から問題があることは否定できない。

しかも、プロポーザルのプレゼンの際に、土地買受の新設法人の中心となると説明されたホクセイも、その後、土地買受主体とされたサーバントも、いずれも金武町に本店が所在し、その親会社は市長の親族が常務執行役員を務める「丸政工務店」である。つまり、ホクセイも、サーバントも、市長の親族が経営に関わる「丸政工務店」グループの企業なのである。

この旧消防庁舎跡地の土地を買受け、ホテル等の事業で建物の所有者つまりオーナーになることで、相当な利益が見込めるだろう。そのような利益を誰が享受するのか、その対価がどのように設定されるか、市議会にも十分に情報開示した上、公正・公平に決定されることが求められる。

ところが、名護市の重要な財産を処分し、市長の親族が経営に関与する企業の子会社に売却後の事業による利益を享受させることについて、その情報を市議会に、そして市民に開示することなく、その手続が進められた。それ自体が、名護市にとって重大なコンプライアンス問題であることは否定できない。

旧消防庁舎跡地売却問題についての渡具知市長の説明責任と今後の展開

これまで指摘してきた問題のうち、公募型プロポーザルによる大和ハウスJVの選定の有効性の問題、土地売却についての名護市議会の承認の適法性の問題は、法的瑕疵に関するものであり、最終的には司法判断に委ねられる。

しかし、大和ハウスJV側の「企業コンプライアンス問題」、名護市の「自治体コンプライアンス問題」は、司法判断の問題ではなく、企業として、自治体として、社会に対する説明責任が問われる問題であり、名護市の重要な財産処分によって市長の親族が経営に関与する企業の子会社の利益が図られる可能性があることについて、市民や議会への情報開示・説明責任が問われる「自治体コンプライアンス問題」は、最終的には、市長自身の政治責任の問題である。それを問う場は、その市長を信任するか否かが問われる市長選挙以外にはあり得ないのである。

旧消防庁舎跡地の利活用は、2018年の市長選挙で渡具知氏が当選して市長に就任した直後から、市有地の売却・事業化について公募型プロポーザルを実施する方向で話が進められた。市政にとって重要な事業だった旧消防庁舎跡地の売却の経緯や事業者の選定等の手続について、市長が認識していなかったとは思えない。

渡具知氏が市長選挙に立候補し、再選をめざすのであれば、この問題について十分な説明責任を果たし、市民の疑念を払拭することが不可欠だ。それを果たさない、或いは果たせないとすれば、「辺野古移設」という名護市にとって最重要の問題を争点から外して市長選に臨もうとしている渡具知市長に対する名護市民の「究極の信任」はあり得ないということになる。

では、渡具知市長が落選した場合、旧消防庁舎跡地問題は、どうなるのか。

渡具知市政を批判する対立候補が当選すれば、公募型プロポーザルでの大和ハウスJVの選定及びサーバントへの売却の違法性の検討など、契約は全面的に見直されることになるだろう。

その結果、名護市は、契約の違法性を主張し、契約を破棄してサーバントに所有権返還を求めることになるだろう。サーバントが応じなければ訴訟を提起することになる。事業者側は、提案どおりの事業計画を進めるとすれば、市との良好な関係が不可欠なはずであり、名護市と対立したまま、無理やり跡地での事業を行うことは相当なリスクを抱えることになる。

市長が交代したことで、市が、それまでの方針を覆した場合に、大和ハウスJV側から、損害賠償請求を行うことがあり得るか。既に述べたように、今回の公募型プロポーザルでの大和ハウスJVの対応にはコンプライアンス上も多くの疑問があり、それが訴訟手続きで問題にされることを覚悟の上で損害賠償請求訴訟を起こすとは考えにくい。また、まだ、事業化に向けての工事には着手していないのであるから、損害があるとしても、僅少だ。

今回の名護市長選は、渡具知市政の4年間に具体化し、土地売却先が決定された旧消防庁舎跡地等売却事業の問題に決着をつける選挙ともいえるのである。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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