兵庫県知事選挙をめぐる公選法違反問題を、「法律の基本」から考える(3) ~SNS選挙に対応する法改正
11月17日投開票の兵庫県知事選挙をめぐって、斎藤知事らを被告発人とする買収罪についての告発状が、12月16日、神戸地方検察庁と兵庫県警察本部に受理され、20日には、稲村候補に関して大量のデマ投稿が行われたことについての虚偽事項公表罪等の告発状が兵庫県警に受理された。
本件選挙を機に、公職選挙においてSNSが選挙に大きな影響を与えることが認識され、その実態に即して公選法のルールを改めるべく、法改正に向けての議論が始められている。かかる意味において、本件選挙における適切な捜査と刑事処分は、本件事案の適切な法的処理のみならず、今後の公選法に関しても、重要な意味を持つものとなる。
公選法改正の議論を適切に進めていくためには、選挙で実際に何が起きていたのか、現行法の罰則ではどの範囲が処罰の対象になり、どのような行為が処罰の対象ではないのか、現行法と現状との間にどのように乖離が生じているのかを把握すること、その前提として、本件の現行の公選法の解釈を正しく理解することが不可欠である。
そこで、【兵庫県知事選挙をめぐる公選法違反問題を、「法律の基本」から考える】と題して、3部作で解説と提案を行うこととし、12月23日に1作目の【(1)~虚偽事項公表罪の成立範囲】、25日に2作目の【(2)~選挙運動の対価支払いと買収】を投稿した。
3作目の本稿では、上記【(1)】【(2)】を踏まえ、SNSが公職選挙において極めて重要な手段となった現状に即して、公職選挙法をどのように改正すべきかについて私見を述べたいと思う。
「選挙運動」を正しく理解すること
公選法は、選挙運動の自由、表現の自由の保障との関係から、選挙に関する発言や表現の内容自体に対しては基本的に寛大である一方、選挙運動に関する金銭、利益のやり取りに対しては、「選挙運動ボランティアの原則」から厳しい態度で臨んでいる。
本来、選挙運動は、候補者本人と、その候補者を支持・支援する選挙運動者によって行われるものである。選挙運動にとって不可欠なポスター、チラシの制作等が公費負担の対象とされ、選挙カーの運転、ポスターの掲示等の機械的労務や、車上運動員(ウグイス嬢、手話通訳者)に対する所定の金額の範囲内での報酬支払が認められているが、それ以外は、選挙運動はボランティアで行うのが原則である。
判例上、買収罪との関係において、「選挙運動」は、「当選を得しめるため投票を得若しくは得しめる目的を以て、直接または間接に必要かつ有利な周施、勧誘若しくは誘導その他諸般の行為をなすこと」とされている。
その定義によれば、特定の候補者の当選を目的として主体的・裁量的に行う行為はすべて「選挙運動」であり、それに対して報酬を支払えば、告示の前後を問わず、上記例外を除いて、すべて、買収罪が成立する。
もっとも、選挙運動は立候補届出前に行ってはならないという「事前運動」の規制との関係では、立候補予定者等が選挙準備として行う行為は、それを行わなければ立候補すること自体が困難なので、主体的裁量的に行う行為であっても、「事前運動」の規制の対象にはならない(逐条解説公職選挙法改訂版(中)第129条(事前運動の禁止))。
このように、選挙運動に対する対価の支払に対しては、現行法は極めて厳格であり、現行法上は、選挙コンサルタントやPR会社などが、有償で「業務として選挙に関わること」は、その実態が明らかになれば、大半が違法ということにならざるを得ない。
今回の兵庫県知事選挙での斎藤氏と折田氏の関係については、斎藤氏がmerchuを訪問した9月29日以降、同社の社長の折田氏が個人のボランティアとして選挙に関わっていたことは斎藤氏側も認めており、
とする判例の趣旨からも、同社にポスター、チラシのデザインの対価として支払われた71万5000円について買収罪が成立は否定できないように思われる。
しかも、一般的には、業者が行うポスター、チラシ等のデザインは、機械的労務であり、特定候補者の当選のための主体的裁量的行為ではないが、【(1)】で詳述したように、折田氏及びmerchuは、メイン・ビジュアルを起点とし、有権者向け訴求力を高めるための「公約スライド」作成とも相俟って、斎藤氏の選挙に向けてのデザイン戦略を担っていたのであるから、そのようなデザイン自体が、主体性・裁量性をもって行われた選挙運動と解される可能性が高い。
これまでも、選挙コンサルタントなどによる「業務としての選挙への関与」が、公選法上の問題になることはあったが、関与の実態が表面化することは少なかった。今回の選挙については、折田氏がnote投稿で選挙運動に主体的裁量的に関わっていることを自ら公言し、斎藤氏側が折田氏側への報酬支払の事実を明らかにした。そして、その後公開された斎藤氏の選挙運動費用収支報告書の内容により、「業務としての選挙への関与」と報酬の支払の実態が相当程度明らかになった。
このところ急激に高まっている「SNSの選挙に対する影響力」からすれば、公職選挙でSNS選挙戦略が有償の業務として行われることを放置すれば、今後の公職選挙において、ネット選挙戦略の付加価値が高まり、そのノウハウ・スキルを持つ業者に対する報酬が高額化し、「ネット金権選挙による腐敗」を招く危険性も否定できない。一方で、2014年にインターネット選挙が解禁されてから10年が経過し、選挙運動におけるSNS運用などのネット選挙戦略のウェイトが高まっている現状において、現行の公職選挙法のルールが、多くの面において実態に適合しなくなっていることも事実であり、今後、抜本的な見直しが必要になっていることは否定できない。
SNS選挙の実態に即した公選法改正の論点
そこで、今回の兵庫県知事選挙に関連して公選法改正の論点になると考えられるのが、「SNS上のデマ投稿の拡散」と「業務として行われるSNS運用に対する報酬の支払い」である。
まず、2014年のネット選挙解禁の公選法改正において、SNSがどのように位置づけられていたのかを確認しておきたい。
同改正では、ウェブサイト等における誹謗中傷等について一義的にはプロバイダ責任制限法に基づくプロバイダの対応に委ね、他方で密室性が高いので誹謗中傷やなりすましに悪用されやすい電子メールについては第三者による送信を禁止し、誹謗中傷等の発生を防止することにした。改正の議論の時点ではまだ現在程影響力が大きくはなかったSNSは、「ウェブサイト等」に含むものとし、規制の強い電子メールには含まれない、という整理でスタートした。しかし、電子メール同様に多数人に情報の送信も可能で、誹謗中傷やなりすましのリスクが高いSNSは、改正後すぐにコミュニケーションツールの主役となり、電子メールだけ規制を強くした意味はなくなり、現状のようなSNSによるデマ拡散等の弊害が生じている。
このようなSNS上のデマ投稿に対して、現行法では、公選法142条の5で、Webサイト及びメールによる「当選を得させないための活動」、つまり「落選運動」について、責任ある情報発信を促す趣旨でメールアドレス等の表示が義務づけられ、一部の違反には罰則も定められている。ところが、「当選を得させる目的によるSNSを使用した選挙運動」には同義務について罰則がまったくないし、SNSは投稿時点で自動的に投稿者が表示され、返信も可能性となるので、投稿者は何もせずに表示義務を果たすことになると解されており、表示義務の規定は形骸化している。
もっとも、現行法上の特例として、選挙運動の期間中に頒布された「特定文書図画」が上記表示義務に違反している場合に、自己の名誉を侵害された候補者等の申出を受けてプロバイダ等が当該情報を削除しても民事上の賠償責任は負わないとされていることや、ネット掲示板やSNSにより自己の名誉を侵害された候補者・政党等からプロバイダ等に情報削除の申し出があった場合、情報発信者に削除同意照会をし、2日リアクションがなければ削除が可能となるなど、選挙における表示義務を果たさない掲示板の書き込みや、表示義務は果たしているが候補者の名誉を棄損するSNSの投稿は、通常よりは削除が容易にできるようになっている(「プロバイダ責任制限法」第4条)。
しかし、この特例により削除の申し出ができるのは候補者・政党等に限られ、期間も選挙運動の期間中に限られる。選挙の最中の大事な時期に表示義務違反がないかを漏れなくチェックしたり、名誉棄損の投稿者に連絡して2日間待つ、といったことはなかなかできることではなく、しかも、削除の申し出先は、現在は、立法当時想定していた国内の大手プロバイダが中心ではなく、SNSの運営会社や、ネット掲示板運営会社であり、これらは海外事業者も多く、通信の秘密などを盾にすぐには応じない事業者も多いものと思われる。
諸外国でも、選挙におけるSNSの規制は問題になっており、欧州各国では、インターネットにおける虚偽情報・情報操作への対策として、虚偽情報やヘイトスピーチなどの削除、ネット配信停止や放送停止が可能な仕組みを導入する動きもあるようだが、そこには表現の自由との兼ね合いがあり、東南アジアなどでは、「虚偽」の恣意的な解釈などにより野党排除に悪用されている事例も少なくない。一方で、イギリス・アメリカは表現の自由を尊重し、基本的に対策はとられていないようである。
SNS上での虚偽情報・デマ投稿への対策
上記のとおり、SNS上での虚偽情報・デマの拡散に対して、現行法によるメールアドレス表示義務と投稿削除要請では有効な対策を行うことが困難だと考えられる。
では、デマ投稿を罰則の適用の方向で抑止することはできないか。
【(1)】で述べたように、当選目的の虚偽事項公表罪の対象の「虚偽」が限定されているため、SNSにデマを投稿する行為自体を公選法の虚偽事項公表罪によって処罰することは容易ではない。兵庫県知事選挙での齊藤健一郎参議院議員の街頭演説のように、「斎藤元彦候補の当選を得させる目的」を明示した上で、稲村候補が県庁舎建設に1000億円をかけようとしていると「政策に関する虚偽」を述べても、「虚偽事項公表罪」が成立すると解することは困難である。
齊藤参議院議員のような発言を禁止しようと思えば、「当選目的による虚偽事項公表罪」の「虚偽事項」に「政策」を含めることも考えられるが、この場合の「政策」というのが、いつどの時点で候補者が掲げた政策とするのかを明確にする必要がある。少なくとも、候補者が選挙公約に記載している「政策」についての虚偽事項公表は、当選目的であっても処罰の対象とすべきであろう。
デマ投稿の「拡散」への対策
結局のところ、デマ投稿そのものを速やかに削除することが容易ではなく、立法上の措置にも限界がある。そこで、検討する必要があるのが、デマ投稿の「拡散」を防止ないし抑制する方向での対策である。
SNSのデマ投稿の問題は、それが大量に拡散され、多くの有権者の目に触れることにある。その大量拡散の原動力になっていると言われるのが、SNSを運営するプラットフォーム事業者の動画投稿等による収益の支払いだ。YouTube動画やその切り取り動画が拡散されて多く視聴されればされる程、広告料収入が増えるので、収益獲得を目的として、内容の真偽を問わず有権者の目を引く刺激的な投稿が拡散されやすい。
そもそも、公職選挙は民主主義の基盤であり、選挙権・被選挙権を有する国民が無償で権利を行使する場である。選挙に関わることで利益を得ようとすること自体が、公選法の目的に反するものである。選挙に関する発言・演説の動画を配信して利益を得ようとする行為の規制を躊躇する必要はないと考えられる。
「業務としてSNS選挙に関わること」への対策
次に、選挙運動ボランティアの原則、すなわち報酬支払の禁止と、SNS選挙との関係である。
もとより、選挙コンサルタントなどが、高額の報酬を得て、「当選請負人」のような業務を行うことが公選法の目的に照らし許されないのは当然だが、一方で、SNS運用が選挙で不可欠のツールになりつつある現実の下で、業務としてのサポートを厳格に禁止すれば、候補者自身或いは陣営のSNS活用のノウハウ・スキルの程度で選挙の当落が決まることにもなりかねない。それも公職選挙の在り方として望ましいとは言い難い。
これまで公職選挙法上、選挙運動に対する報酬支払が、車上運動員に対してしか認められていなかったこと、ポスター、チラシ制作等が公費で賄われていたことなど、現行の公選法の枠組みを、SNS運用が重要な手段となったネット選挙に適合するように見直していく必要があるのではなかろうか。
第一に、ポスター掲示板に紙の選挙ポスターを貼る、という従来の手法は、まさに「紙の時代」のやり方の典型である。しかも、選挙区が広く、有権者が多ければ多いほど、貼付のために膨大な労力を要し、そこに多額の「機械的労務費」も発生する。それが、選挙に金がかかる大きな要因になっていた。さらに、最近では、「表現の自由」を逆手にとって、ポスター掲示板に、公序良俗に反するような画像のポスターを掲示するという問題も発生している。
それを、可能な限りネットによる方法に改めていくことで、「金のかからない選挙」にしていくことを考えるべきではなかろうか。
具体的には、公費によるネット上での立候補者の紹介及び情報提供のための場を大幅に拡充し、動画なども含めて提供できるようにする。ポスターの掲示板も、デジタルサイネージによる電子掲示板を街頭への設置に変更することを検討すべきである。それによって、ポスター制作についての公費負担の費用を削減することができる。
このようにして選挙に関する開示情報のネット公開が中心になれば、各候補者は、そのような基本情報に関連づけてSNS等による広報戦略を立案し、実行していくことになるが、候補者間の公平が図れるよう、具体的なルールを定める必要がある。
そして、ルールに従ったSNS運用を行っていくことについて、「業務として選挙に関わること」に公的な位置付けを与え、候補者間の公平を図りつつ活用していくことが考えられる。
「公職選挙SNS運用管理者」制度を導入し、SNSを含む選挙戦略の企画立案・運用の方法や公選法の規定、ルール等について数日間の研修を義務づけ、それらを十分に理解していることが確認できた者にその資格を付与する。そして、候補者には、立候補の届出に当たって、同管理者の選任を義務づける。この「管理者」には、候補者側が主体的に行うSNS運用全体を把握し、それがルールに則ったものであるかをチェックするとともに、候補者の周辺でのルール違反行為を認知した場合の当局への通報を義務づける。そのように、法令遵守のための公的役割を担うだけに、車上運動員より高額の報酬の支払を認め、その一部を、公費負担の対象とする。その費用は、ポスター掲示板をデジタルサイネージに変更し、印刷代の公費負担を廃止することによる節減によって賄うことが可能である。
法改正のためにも真相解明と適正な刑事処分が不可欠
このようなネット時代に即した公選法の抜本改正を検討していくためにも、まずは、今回の選挙をめぐって、何が起きていたのか、それらが現行の公選法に照らして違反と認定し得るのかについて、捜査による真相解明と刑事処分が適正に行われることが必要である。
とりわけ、今回の兵庫県知事選挙においては、各候補者の動きについてネット上にも様々な情報が存在し、それによって、従来ではあり得ないほど選挙運動の実態が具体的に明らかになっている。そして、そのような選挙運動のやり方の評価についてもネット上での議論が行われている。捜査機関は、そういった情報を幅広く活用し、慎重かつ冷静に捜査を遂げ、その結果に基づく適正な刑事処分が行われることが望まれる。
今年は、7月には東京都議会議員選挙、参議院議員選挙が予定されているほか、少数与党となった石破政権の下ではいつ衆院選が行われるかも不明だ。
「紙から電子データ」「SNSによる情報拡散」が一層顕著になった時代における公職選挙を考えていく上で、今回の兵庫県知事選挙における公選法違反に関する捜査・刑事処分は、極めて重要な意味を持つものと言える。