七海ひろき 宝塚退団から一年、強く、しなやかな表現者の“現在地”が伝わる新作
宝塚退団から一年、初のフルアルバム『KINGDOM』を発売
元宝塚歌劇団の男役スター七海ひろきが、惜しまれつつ宝塚を退団してから一年が経った。退団直後から、凄まじいスピードで様々なことににチャレンジを続け、“表現者”としていい意味で貪欲にその表現の場を広げていき、多くの人に感動を与えてきた。昨年8月にはメジャーデビューを果たし、4月15日に初のフルアルバム『KINGDOM』をリリースし、思いをリスナーに伝える。アルバムに込めた思い、そして表現するということについてインタビューした。
退団記念日の3月24日には、無観客ライヴを無料配信。「みなさんに元気になってもらいたい」
3月24日は七海の退団記念日だった。この日『HIROKI NANAMI 1st ANNIVERSARY TALK&LIVE』として無観客ライヴを無料配信し、新型コロナウィルス感染拡大の影響で沈みがちな世の中を元気づけようとパフォーマンスを見せた。「宝塚時代は、ファンの方と毎日のように会えていたからこそ、できるだけ会う機会を増やしたかったのですが、こういう状況なのでみなさんに元気になってもらいたいなという思いから、企画しました。カメラの向こうで観て下さっている方を想像しながらのパフォーマンスでしたが、すごく喜んでくださったので、私自身もやってよかったと心から嬉しくなりました」。
七海は宝塚時代、宙(そら)組、星組の男役スターとして王道の二枚目から色悪、コミカルなキャラクターまで幅広い役を演じ、そのスタイリッシュな容貌と愛らしい人柄で人気を集めた。そして退団後はその稀有な才能をエンタメシーンが放っておくわけもなく、様々な話が舞い込み、すぐに“走り出し”、活動の幅を広げてきた。
「在団中はもちろんずっと宝塚一筋でやってきて、毎回千秋楽までしっかりやり遂げることしか考えていませんでしたので、退団してから巡り合わせというか、ご縁があって色々なお話しをいただいて動き始めました」。
宝塚時代と今、表現者としての向き合い方の違い
CDデビューを果たし、作詞も手掛け、ライヴも行い、在団中から経験があった声優の仕事では引っ張りだこになり、ラジオパーソナリティ、舞台の主演と、表現者として新たな舞台で輝きを見せているが、表現という部分で宝塚時代との一番の違いを感じるのはどういう部分なのだろうか。
「すごく違うかといわれると、そこまでは思わないのですが、今は無印の七海ひろきとしてそこに立っていて。宝塚時代は役としての部分、男役・七海ひろきとして表現する部分が大きかったのですが、今はありのままの七海ひろきというもので表現しているところが、違うところだと思います。でも宝塚は、お芝居では七海ひろきではなく、その役の気持ちを伝える歌が多かったのですが、今は私が伝えたいことを詞にして、曲として伝えているという意味では、大分違うのかなと思います」。
「『KINGDOM』は、よりナチュラルで、七海ひろきとして等身大の、勢いのあるものにしたかった」
昨年リリースした「宙組、星組だったので、銀河にみんなで旅に出ようというテーマで作った」デビューミニアルバム『GALAXY』に続いて、初のフルアルバム『KINGDOM』でも、七海が全作詞を手がけ、様々な想いと表情を届けてくれる。一年間の濃く、充実したアーティスト活動を経て、どんなアルバムを作りたいと思ったのだろうか。
「よりナチュラルであり、七海ひろきとして等身大であり、勢いのあるものにしたいと思いました。『GALAXY』は皆さんへの感謝が伝えたくて、ラブレターのような気持ちで作った作品なので、今回は勢いのあるものにして、今の思いを伝えたいと思いました」。
「『花に嵐』は、これ以外の言葉ははめられないぜ(笑)、と思うほど、私の中では完璧な仕上がり」
『KINGDOM』にはロック、ポップス、バラード、様々な音楽が響き、大舞台を経験し、様々ことにチャンレンジし続ける七海だからこそ書ける歌詞が、説得力をもって聴き手に伝わる。リード曲の「ミュージカル調で劇的な曲だったので、『ロミオとジュリエット』のような禁断の恋物語が浮かんできました」という「花に嵐」は、自身も特に思い入れが強いといい、凛とした歌声を聴かせてくれる。ミュージックビデオ(MV)も、華やかさと強さを感じさせてくれ、七海のイメージそのものだ。
「一番ドラマティックでミュージカルっぽいというか、ストーリー性のある曲で、この曲が1曲目にあることで、ここから始まり、色々な展開をしていくというイメージです。全曲の中でこの歌詞は、私の中ではこれ以外の歌詞ははまらないというくらい完璧な仕上がりです(笑)。意外と時間はかからなかったのですが、これ以外の言葉ははめられないぜ、と思う曲ではあります(笑)。<花に嵐 月に叢雲>というフレーズが出てきたときは、テンションが上がりました(笑)。MVは前回、『Ambition』と『片思いの君へ』という曲で制作して、宝塚を退団して間もない時だったので、どこか在団中を彷彿させるような雰囲気もあったと思うので、今回は少し違う七海ひろきをお観せしたいという気持ちがあって。衣装も今まであまり着たことがないような衣装にしたり、アルバムジャケットの雰囲気も出したいと思ったし、『花に嵐』というタイトルなので、花が舞う美しい世界観を目指しました」。
全曲の作詞を手がける。「言葉って使い方ひとつで最大の味方にもなれば、時には敵にもなる」
学生時代から、言葉を紡ぐことが好きだったという七海だが、宝塚時代に初の作詞にチャレンジし、前作では5曲作詞を手がけ、今回は11曲全てということで、苦労した部分も多々あったようだ。
「『GALAXY』のときは、ファンの方への感謝や、今までの自分についてをひたすら書いていって、想いが溢れてきて意外とすんなりと書けたのですが、今回は11曲もあって、どうしても自分が好きな言葉を使いがちになってしまって、全体のバランスを見て作っていくとう作業が難しかったです。普段から思いついた言葉はメモをしていて、でも今回は1曲1曲にテーマがあったので、そこに向かって家で曲を繰り返し聴きながら、言葉を選んで、当てはめていきました。家で繰り返し曲を聴いて、言葉数を考えて当てはめていって、という作業を繰り返しました。しかも最初は手書きで書いて、それからパソコンに清書するというやり方で、手書きの方がなんとなくできあがった時に、できた!という満足感が強いというか(笑)。言葉って同じことを言うにしても、使い方ひとつで、最大の味方にもなれば、時には敵にもなるじゃないですか。だから、今思いついてしゃべっていることと、歌詞として残るものと向き合いながら熟考して、でもその作業がすごく好きなんですよね」。
「宝塚時代は、音楽は宝塚の音楽を聴くことが多かったのですが、色々な本を読み、そこから教えられること、気づかされることが多かった」
等身大のリアルな言葉と、少しのファンタジーとが交錯する数々の歌詞は、どれも心にスッと入ってくる。その行間に聴き手が自身のこと、思いを置ける“空間”を作り出している。「君の未来日記」には花・月・雪・星・宙の文字を散りばめ、後輩たちへメッセージを贈っている。
「『君の未来日記』は宝塚時代の後輩のことや、これから何かを始める人、そして全ての人に元気になって欲しい応援ソングです。私自身も色々なことにぶつかり、答えのない道を迷いながら手探りで進んでいって、傷ついたりして強くなっていく部分がやっぱりあったので、そういう自分の経験も入れつつ、まだそういう壁に当たったことがない人が初めてそうなった時に、自分だけじゃないんだと思えることは、活力や元気になるし、力が湧くと思います。曲によってはそういう自分自身の気持ちを書いた曲もあれば、人物から想像して書いた曲、色々あるので、聴いて下さる方が想像しながら聴いて下さると嬉しいです。そしてそこに自身の思いを投影して聴いてくだされば、より曲の世界が広がるのかなと思います」。
宝塚時代、七海が音楽、歌に勇気づけられたり、元気づけられたことはあったのだろうか。
「宝塚一色で生きてきたので、宝塚の曲を聴くことが多かったです。もちろん色々なアーティストさんの曲も聴いていましたが、退団してから色々なジャンルの音楽に触れて、とても新鮮でした。あの時代は、どちらかというと本を読んで、色々気づかされたり、教えられることが多かったかもしれません」。
「『ラビリンス』は、辛い時に“もっと頑張れ”ではなく、“側にいるよ”ということを伝えたくて作った」
様々な本から得た情報や語彙力、言葉の使い方が作詞家としてベースになっているのかもしれない。<真っ黒な 朝が来る>という言葉で始まる『ラビリンス』という作品は、シンプルな言葉で、深い世界観にいざなってくれる。
「何かの理由で、悩み、落ち込んで、足掻いても上がれなくて、自問自答としても結局答えが出なくて、明るい曲を聴いてもつらいと思う時にこの曲を聴くと、逆に自分だけではなくて他にもそういう人がいるんじゃないかな、と思える曲になったらいいなと思い作りました。夜明け前の、何ともいえない暗い世界ってあるじゃないですか。悩みを抱えている人、気持ちが沈んでいる人は世界中にいて、それでも朝が来て、どんなに辛くても普段の生活をしないといけない。そういう時に「もっと頑張れ」と言うのではなく「側にいるよ」、ということを伝えたくて。背中を押すというよりは、気持ちに寄り添う曲を作りたいと思って書き始めました。あと、今回のアルバムタイトル『KINGDOM』は、王族の血を引く双子の兄弟という設定から来ており、初回限定盤が、兄のことが大好きなやんちゃで人気者な弟。通常盤が頭脳明晰で心優しい弟思いの兄をイメージしています。『ラビリンス』は、その弟にとても辛い事があった時の気持ちを想像しながら作っていたのですが、気が付くと感情移入し過ぎて、一緒に堕ちていってるんじゃないかというくらい歌詞が暗くなっていて(笑)。朝が来てまた闇に包まれ、また朝が来て、グルグル回っているけどいつか光が見えるという、君は一人じゃないんだよという曲です」。
他にも「ライヴでみんなでタオルを回しながら歌ったら楽しいと思って作った」という『Special summer』や「『Never too late』もノリのいい曲にしたいと思って」と、聴かせるところでは聴き手をグッと近くまでひきつけて歌い、ちょうどいい距離感で歌ってくれる曲もあれば、みんなで盛り上がるライヴ向きの曲もあり、自身の言葉を、抜群の温度感で聴き手に伝えることができる歌がパッケージされている。
「声のボリュームというか圧が曲によって変わっていて、すごく思いを届けたい歌は言葉重視の音になっていて、リズムを感じてもらいたいものはバランスを考えながら作っていて、そこも感じていただきたいです。これからもジャンルに囚われることなく、色々な音楽にチャレンジしていきたい」。
「演技も声優も歌も、もっと頑張っていきたい」
七海は音楽はもちろんだが、俳優として演じるということにも力を注いでいきたいという。
「歌も演じながら歌うという部分があると思います。七海ひろきとして歌う部分もあるけれど、『もう一度…』という曲では、こういう物語の主人公が失恋したら、こういう風に思うんじゃないかと考えながら歌ったので、そういうとことん演じながら歌える曲や、一方で七海ひろきとして歌えたらいいなという曲があったり。お芝居が大好きなので、芝居ももっと頑張りたいと思っているし、アニメの世界も好きで、声優としても、勉強しなければいけないことが沢山あります。舞台もそうですけど、声優というお仕事は、性別も越えられるし、人間じゃないものも、一体この生き物はどういう声を出すのだろうかと考えながらやるのも楽しいです。私自身も楽しめますし、見ているお客様にも楽しんでいただけると思います。全部が自分の中に吸収されて、引き出しがたくさんできて表現できたら、歌もまた変わっていくと思います」。
「延期になったライヴは、みなさんと一緒に『KINGDOM』=王国を作っているんだというイメージを感じて欲しい」
5月から開催予定だった『One-manLIVE773 “KINGDOM”』は、残念ながら延期になってしまったが、このライヴについて七海は、『応援してくださる皆さんと素敵な『KINGDOM』=王国を作っていこうという思いが込められています。参加型というか、ファンの方同士もつながることができるし、みなさんで一緒に王国を作っているんだというイメージのライヴにしたいです』と語ってくれた。
強く、そしてしなやかな表現者・七海ひろきは、これからも多くの人に、“素敵”を届けていく。