キングコング西野さんの絵本『えんとつ町のプペル』無料公開の驚くべき新しくなさについて
おもしろ絵本作家のキングコング西野さんが2000円(税抜き)で売っている絵本『えんとつ町のプペル』が「高くて買えない!」という子どもの声に応えてウェブ版を無料公開したところ、紙の本がますます売れた! と話題になり、賛否両論を巻き起こしています。
「その心意気やよし!」と思ったAmazonでポチった人や、「新しい!」と絶賛している人、「そんなことしたらクリエイターが食えなくなる」と批判している人が(私の周囲でも)散見されます。
しかし、「紙の本は有料で売られている作品が、ウェブでは無料で見られる」ことは昨今とくに珍しくなく、この手の議論は既に結論が出ていると言っていいくらい今更すぎるのに沸騰しているので、どのくらい新しくないのかを整理しておきたいと思います。
たとえば古くは翻訳家・評論家の山形浩生氏が2000年代から自分のサイトで公開した原稿を書籍化しても売れることを実践してみせたりしていました(そういえばそのむかしブログ書籍化ブームというものもありましたが……)。
最近でも、小説であれば「小説家になろう」や「エブリスタ」といった小説投稿・閲覧プラットフォームでは無料でいくらでも作品を読むことができ、人気作品の多くは書籍化されて書店の売上ランキングの上位に食い込んでいますし、なんなら初出のウェブ版が無料で読めるのに(加筆修正されたものとはいえ)有料の電子書籍版も販売されてそれなりのセールスをあげていたりします。「発売3か月後に無料に!」どころか出る前も出た後も無料公開されている作品は少なくありません(書籍刊行後は無料のウェブ版を削除する版元もありますが)。
マンガであればLINEマンガをはじめ多くのマンガアプリや電子書籍ストアではコミックスの1巻無料や3巻無料キャンペーンや連載形式での無料配信が常に行われています。全編無料とまではいかず、部分的ではあるものの、紙では有料のものがウェブやアプリでは無料で読め、電子書籍で無料公開部分の続きが売れるだけでなく、「LINEマンガで連載形式で配信すると、紙のコミックスが動く」ことは取次のえらい人たちも最近よく言っているファクトです。
(もちろん、「課金=クソ」という価値観の若年層がたくさんいることも事実であり、完全無料から部分的に有料のチケット制を導入した某マンガアプリが大炎上したのも記憶に新しい出来事ですが、本題ではないのでさておきます)
著名な作家が代表作を無料公開した例としては、西野さんのブログでも触れられているとおり佐藤秀峰氏の『ブラックジャックによろしく』があり、『ブラよろ』も無料公開後にさまざまなかたちで収益を佐藤氏にもたらしたことは有名な話です。
絵本ジャンルのことは詳しくないので先人がいたのか知らないのですが、絵本アプリでは無料試し読みができたりしますし(それで売上が落ちたという話は聞きません。むしろ周知のように、近年、絵本市場は伸びています)、『アンパンマン』のやなせたかし先生が自治体からのノーギャラでのキャラデザ仕事などをたくさん受けていたが名声は増すばかりだったという例もあるので、やはり広い意味では珍しくないのではないかと思います。
そんなわけで作品のウェブでの無料公開も、それによって紙の本が売れることも何ひとつ目新しくない事態です。
みなさん何を騒いでいらっしゃるのでしょうか。
『おやすみ、ロジャー』でも読んで寝ぼけているのかと。それは私。
「献身」とか「お金にならなくても人のために何かする」とか「ピュアさ」を教育したいというニーズを持った人たちがたくさんいる絵本市場にまさにそういう球を有名人が投げてみせたので、意識の高い親御さんたちが「わかった! お前にカネを出そう」と感化されて西野さんを支持し始めたものの、そういうきれいごとが好きではない方々は反発しているというこの図式自体、人生のうちに何度も見てきた光景な気がします。
2000円払えない子どもでもわかりますが、
「一生懸命つくったものをタダであげたらそれ以上の見返りがあった」
というのは昔話の「かさじぞう」と同じです。
そういう意味でも、私たちはこういうことを昔からよく知っていたんじゃないかと思います。
(ちなみに私はもちろんクリエイターは経済的に潤った方がいいと思っています。念のため)