学校図書館現場はもう限界…非正規・最低賃金レベルが約9割 学校司書「やりがい搾取」の実態
2024年春に教員の働き方改革や処遇改善の一環として、給与水準が約半世紀ぶりに引き上げられることが決まった(一方で、勤務時間に応じた残業代が支払われず、給料の月額の4%に相当する額を「教職調整額」として支給する“定額働かせ放題”の給特法=「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」は存続した)と報道されたことは記憶に新しい。
学校教育を支えているのは教員だけではない。学校司書も同様である。
いまの中高年にとっては小中高校の図書館(図書室)と言えば、鍵がかかっていて開館期間・時間も短く、司書がいないことも珍しくなく、司書がいたとしてもカウンターで貸し出し作業をしてくれたくらいの記憶しかない人もいることだろう。
ところが学校教育の変化にともない、いまや学校図書館活用の重要度は大幅に高まっている。
■学校図書館は今や調べ学習やICT教育の基幹にもなっている
たとえば現在の「探究学習」につながる調べ学習、総合的学習が1990年代に本格的に始まり、12学級以上ある学校では学校図書館に司書教諭(司書教諭講習を終了した教員)を原則配置とするよう、学校図書館法改正が1997年になされた。
その後もPISA(OECD加盟国の15歳を対象とした学力到達度調査)の読解リテラシーでトップクラスの成績を誇るフィンランド等をモデルにした図書館活用教育が2000年代以降重視されるようになり、2014年には学校司書(学校図書館の職務に従事する事務職員)について初めて「専ら学校図書館の職務に従事する職員(次項において「学校司書」という。)を置くよう努めなければならない」とする学校図書館法の改正がなされた。
2020年からの、児童・生徒にひとり一台端末を配布してICTを用いた教育を推進するGIGAスクール構想でも「情報センター」の一角として学校図書館が果たす役割が期待されている。
ようするに、教育がアウトプット重視に変化し、また、児童・生徒ひとりひとりの個別の興味・関心を掘り下げることが推奨され、ICTも使って多様な資料を調べ、まとめることが求められるようになった。
それに合わせて学校図書館、学校司書が果たす役割も著しく増しているのである。
ところが雇用環境が厳しいことに関しても、教員のみならず司書も大きな課題がある。
2024年12月に日本図書館協会 非正規雇用職員に関する委員会「学校図書館職員に関する実態調査(個人向け) 報告書」「学校図書館職員に関する実態調査(個人向け)、最後の設問に寄せられた声」が公表された(https://www.jla.or.jp/committees/tabid/805/Default.aspx)。
同報告書では、文科省が推進する学校図書館を活用した教育の実現を十全にするためにはあまりにもリソース(予算)が足りておらず、現場の司書の「やりがい搾取」によってなんとか成立している現状が浮き彫りにされている。
■最低賃金すれすれの非正規雇用が約9割
まず雇用形態の特徴を見ると、学校司書は非正規雇用が約9割、しかも1年契約が最多である。2校以上の兼務も約2割いる。
総務省統計局の労働力調査によれば全産業の非正規雇用率は36.8%(2024年10月分)であり、学校司書は非正規率がきわめて高い。契約を更新できる自治体も一定程度あるものの、長くて更新4回5年程度のことが多い。これは専門職としては異常に不安定な雇用形態である。
次に給与水準を見てみよう。
時給換算での支払の「PT(パートタイム)会計年度任用職員」での雇用が最多である点に注目してもらいたいが、学校司書の時給はPT会計年度任用職員で1,146円、FT(フルタイム)会計年度任用職員で1,159円である。
一般的な時給と比較すると、全国最低賃金(2024年)は約1,000円だが、マイナビが発表した2024年10月の全国平均時給は1,272円、求人サイトを覗くと専門職の場合はパートでも時給約1,400円~2,000円くらいはざらである。
学校司書は最低賃金をわずかに上回る程度であり、実質的な平均時給を下回っている。専門職としてはきわめて低水準で、資格保有が給与に十分反映されていない。
月給制の場合でもPT(パートタイム)会計年度任用職員は149,151円、FT(フルタイム)会計年度任用職員は173,243円、正規職員は318,977円である。
これを2024年時点の一般的な給与水準と比較すると最低賃金(全国加重平均)から算出した月収は約16万円、一般正社員の平均月収は約33万円――正規職員でも一般的な正社員平均を下回り、PT会計年度任用職員は生活維持が困難なレベルといえる。
■現状は「器作って魂入れず」の法制度
同報告書の調査・作成に携わった高橋恵美子氏によれば、1980年時点では学校司書の配置率は10.0%(小)、13.5%(中)、73.4%(高)と小中の配置率は低かったが、しかし、雇用形態は正規職員が多かった(全国学校図書館協議会編「学校図書館白書」1983年版)。
2023年には配置率が小学校72.0%、中学校71.4%と大幅に向上したが、非正規職員の増加を伴うものだった。
前述したように2014年の学校図書館法改正を境に小中学校を中心に学校司書の配置が進んだが、非正規での配置が広がった。
なぜかといえば、学校司書を配置せよと法律上は記されたものの雇用形態の規定はなく、そのための予算措置を前提にした制度設計になっていなかったからだ。
くわえて2020年4月から地方公務員の任用形態として「会計年度任用職員制度」が導入されたことより、非正規雇用の学校司書の多くが会計年度任用職員に移行した。
それまでは各自治体で異なる取り扱いがなされていた臨時・非常勤職員について、地方公務員法の改正により全国統一的な制度として整理した会計年度任用職員制度だが、職員を「フルタイム」と「パートタイム」の2種類に分類し、任用期間は1会計年度(4月1日から翌年3月31日まで)以内とした。これによって、より雇用が不安定化した職員も(司書に限らず)少なくない。
多くの司書が毎年の更新に不安を感じており、正規職員への転換機会はほとんどない。
法的、制度的な課題以外にも、職場環境に関する声として、一人職場による孤立感・相談相手の不在や、職員室に机がなく、教員から情報共有もなされず疎外感を抱いていること、子どもたちにはICT機器の使い方の指導を求められるのに司書に対してはタブレットやPCなど必要な機器が支給されないこと、そもそも教職員が司書の仕事に対する理解が欠如していることなども挙げられている。
そのような心身ともにハードな仕事であるにもかかわらず、仕事を続けている学校司書の心の支えは、子どもたちとの関わりにやりがいを感じること、読書支援を通じて子どもの成長を見られる喜びである。
働く上で「やりがい」は重要だが、それだけに寄りかかって成り立っている現状は働く当事者にとって望ましいことではない。また、教育制度の設計・運用方法としてもきわめて危ういものである。
■国として国語力、言語能力を維持・向上するために
全国学校図書館協議会「学校読書調査」によれば、現在、小中学生の書籍の読書量は過去最高水準にある。「本離れ」どころか冊数ベースでは史上最高に書籍を読んでいる。
これは決して、何もせずに「自然とそうなった」わけではない。2000年代から本格化した、官民挙げての読書推進政策・運動の成果であり、その中核を担ってきた学校図書館現場の尽力あってこそである。
しかし、現状のように学校司書が不安定かつ劣悪な労働を強いられるままでは、このような良い傾向を維持していくのは難しいと思われる。
教員が慢性的に不足するようになってしまったように、学校司書も心身が疲弊する労働環境が改善されず、職務と報酬が不釣り合いな状態が続けば、今後やりたがる人が激減して現場が回らなくなる可能性もある(学校司書は2校兼務が1割強、3校兼務が5%程度おり、複数校兼務ゆえにすでに「回っていない」場所もあると言わざるをえない)。
学校司書が機能しなくなれば、おそらくあっという間に書籍の読書冊数・読書率は史上最悪となった90年代後半の水準に逆戻りし、授業の進行にも、探究学習やICT教育の推進にも支障が生じるだろう。
たとえば、児童・生徒や教員が必要とする本を、時に公共図書館と連携して調達するのも学校司書の重要な仕事だが、それが不可能になる。子どもたちは図書館の検索端末の使い方も知らなければ、何かを知りたいと思ったときに司書がレファレンスサービスを提供してくれることも知らないまま社会に出ていくことになる。調べ物の基本ができない人間だらけになる未来を、いったい誰が望んでいるだろうか。
政府は法改正によって学校司書の雇用改善に動くべきだし、地方自治体の首長や議員は教育予算増額を考えてもらいたい。学校の教職員も多忙な上に待遇改善にまだまだ課題があるという共通点があるのだから、司書とは連帯し、お互いに気持ちよく仕事ができる環境づくりを意識してほしい。
もちろん、子どもの教育に関心のある保護者や教育関係者、あるいは出版業界人や本好きも、本を使った教育環境、読書環境の維持・充実に学校司書の存在は不可欠だと認識し、政治・行政に対して多少なりとも働きかけをしてもらえたらと思う。