樋口尚文の千夜千本 第58夜「仮面ライダー1号」(金田治監督)
本郷猛ならぬ藤岡弘、の映画ゆえの感動
せっかく元祖・藤岡弘、の単独主演になる映画『仮面ライダー1号』が公開されるので、ほとんど書いたことのない『仮面ライダー』について少しばかりふれてみたい。1971年4月3日の『仮面ライダー』第一話を観た時のことをよくよく覚えているのだが、『仮面ライダー』人気は回を追ってじわじわと盛り上がっていったものだから、特に大きな話題になっていなかったこの番組を律儀にスタート時から観ていたのは、ちょっとフシギである。
が、少し考えてわかったのは、このNET(後のテレビ朝日)土曜ヨル7時30分枠というのは、『奥さまは魔女』『かわいい魔女ジニー』といった米国製テレビ映画の”魔女もの”をやっていて、『仮面ライダー』の前番組は新藤恵美主演の『魔女はホットなお年頃』であった。軽妙でオシャレな米国製テレビ映画を範として松竹が自前で”魔女もの”に打って出た番組だった。お子様というのは案外お色気に敏感なので、私はセクシーな新藤恵美目当てに『魔女はホットなお年頃』を観ていたから、その習慣で静かにスタートした『仮面ライダー』初回にもありついたというわけだ。ちなみに『魔女はホットなお年頃』は舶来の”魔女もの”の洒脱さを志向しながら、実はおキツネ様が人を化かしている話という、何だか和洋折衷な感じであったのだが、当時のこういう感性的な限界は『仮面ライダー』にもつながるものである。
というのも、『仮面ライダー』という新番組を始めるにあたって、東映の平山亨プロデューサーからヒーローのデザインが石森章太郎に委嘱され、石森が多数描いた原案のなかからバッタ姿のサイボーグがバイクにまたがっている、というイメージが選ばれたという。このライダーのイメージは石森章太郎による原作マンガのなかでストーリーを伴って展開されてゆくのだが、言わばこの連載マンガは『仮面ライダー』のコンセプトボードとでも言うべき世界観を示してくれていた。それは明らかに従来の円谷プロの『ウルトラ』シリーズで見てきた巨大ヒーローのそれとは違う等身大ヒーローならではのリアルさ、クールさ、ダークさ、悲しさを感じさせてくれて、画期的であるとともにひじょうにカッコよかった。
だが、映像として見せられた『仮面ライダー』はかなりこの石森ワールドとは隔たった雰囲気のものだった。石森版マンガでは、低温のハードSF的設定や大胆な映画的カット割りなどが満載だが、これを受けて立つことができるのは、それこそヌーヴェルヴァーグ的作法をもってヒーロー物の世界観を根本から塗り替えた実相寺昭雄のような意識の持ち主だけであったはずだ。しかし実際の『仮面ライダー』第一話をもって初期シリーズの祖型を創った竹本弘一監督は『キイハンター』『プレイガール』などの洒脱でキレのいいアクション物の職人監督であり、さらに大事なアクション=疑斗を担当したのが時代劇の殺陣をつける大野剣友会であったというのはある意味決定的であったと思う。
石森章太郎の思い描いたクールなダークヒーロー世界は、実にヌーヴェルヴァーグ的感性ではなく、東映テレビ映画の両輪であったアメリカン・タッチのストーリーテリングと時代劇の殺陣に発するアクションのアマルガムとして具現化されたというわけである。実際、『仮面ライダー』第一話の「怪奇蜘蛛男」は本郷猛のサイボーグとしての哀しみや仮面ライダーへの変身プロセス、ショッカーとの対決シーンなど、いったいどういうふうに石森の発想のトーン・アンド・マナーを映像化していいのやら、という作り手側の悩み具合が手にとるようにわかる。このいささかモゴモゴした感じに比べると、同じ71年の暮れに『仮面ライダー』のヒットに触発されて企画されたTBSの等身大ヒーロー物『シルバー仮面』第一話では、まさに実相寺昭雄が監督に起用され、このヒーロー描写と物語設定のクールさ、ダークさには本当に痺れまくった。石森マンガで描かれていた『仮面ライダー』の世界観にも肉薄した映像がここにある!と子どもごころにかなり興奮した。
が!問題はごく一部の成熟したお子様以外、こんな意識の高いものを誰も求めていなかったということである。だから、『シルバー仮面』は一気に普通の巨大化ヒーロー物に路線変更されて、もうどうでもいいような見やすいものになった。逆に『仮面ライダー』も、当初は『シルバー仮面』同様に、子ども向けの変身ポーズも妙な変身ツールもなく、ただ高速でバイクを走らせながらベルトの風車に風を受けてエネルギ―を創出、いつしか本郷猛は仮面ライダーに変身している・・・というストイックでオトナっぽい設定(石森マンガではそこがカッチョいいのだが・・)をなんとか映像化しようと腐心しているのだが、いかんせん作り手側の映像のセンスやボキャブラリーが追いついていない(実相寺の『シルバー仮面』は変身プロセスや活劇の演出も行き届いたハイセンスなものだった)。だが、そこがどうもうまく行かずにモゴモゴしているうちに、本郷猛役の藤岡弘、が怪我入院して急あつらえのライダー2号がつなぎで登板させられて、そんな急場しのぎの中から例のあまりにも有名な変身ポーズが生まれ、クールな初期設定はかなり薄まって『仮面ライダー』は正々堂々たるお子様番組に”退行”したのだが、これによってこのシリーズは圧倒的な人気を集めることとなった。
ここでモノを言ったのは、当初の石森章太郎による洗練されたコンセプトではなく、大野剣友会的な和テイストの”大見得を切る”発想で、その象徴があの変身ポーズであったというわけだ。そしてこの人気を受けて、実に大ケガから復帰して”新1号”となった本郷猛までが、シリーズ開始当初のクールさはどこへやら、2号=一文字隼人の佐々木剛以上にタメにタメた時代劇的変身ポーズをキメるので、石森ワールド原理主義者の少年の私はかなりとまどったのであった。しかし、こういう水戸黄門の印籠に繰り出される大野剣友会テイストの変身ポーズによって、この番組は不動の人気を獲得し、安定した『仮面ライダー』という番組のフォーマットを獲得したのであった。まあ子どもというのは、そんなものである。
だが、歴史は反復するというか、やはりこの未完の『仮面ライダー』初期コンセプトは平成『仮面ライダー』シリーズの白倉伸一郎チーフプロデューサーによって改めて試行されては、お子様向けの玩具仕様のキャッチーさと綱引きを繰り返す・・・ようなところがあったと思う。そんななかで、2007年の田崎竜太監督の劇場版『仮面ライダー THE NEXT』が漸くかなり初期コンセプトに接近した気がしたが、それでも今もなお『仮面ライダー』が出発点で志した世界観はまだ正確には実現されていないと思う。
そんな思いとともに、藤岡弘、による『仮面ライダー1号』を観た。が、ここにはもう見事なまでに藤岡弘、が手探りで番組スタートにかかわった頃の硬派なダークヒーローぶりは無い。藤岡弘、は、健気なうえにも健気に正義を説く竹を割ったような紋切型ヒーローであり、もう笑いを禁じ得ないくらいにえんえんたるタメとともに「ライダー変身!」と大野剣友会的ポージングを再現する。それは、実は私をがっかりさせた「新1号」の雄姿であって「1号」ではないのだが、しかし実はもう観ていてそんなことはどうでもよくなった。石森コンセプトとはかなり趣を異にしつつも、結果としてこういう和テイストで歌舞いてみせることで『仮面ライダー』は人気者になったのであり、藤岡弘、はそうやって大衆の見たいものとして育っていった『仮面ライダー』をこうして70歳になるも真摯に引き受けて再演している。ここにあるのは、そういう作品世界という財産への敬虔なる愛情であって、とにかくそれが作品のテイストやら出来を通過して胸を疼かせる。特に藤岡弘、が『仮面ライダー』人気冷めやらぬ時期に『日本沈没』や『エスパイ』といった作品で、凋落低迷する70年代の日本映画界のカンフル剤となろうとしたことも含めると、その思いはいやが上にも盛り上がる。
劇中で本郷猛が今どきのしらけた学校で「生命の真髄とは何か」(!!)を熱く問う場面がある。ここで思い出したのは、『仮面ライダー』人気たけなわの1973年に公開された映画『人間革命』で、創価学会二代目会長の戸田城聖に扮した丹波哲郎がえんえんと生命哲学を説く場面である。なにしろ創価学会のPRのために作られた特殊な映画作品なのに、これがどういうなりたちの映画であるかどうかは関係ないとばかりに熱演する丹波哲郎の姿はどこか胸を打つものがあって、その年の演技賞まで獲得した。『人間革命』が戸田城聖というより「丹波哲郎」の映画であったように、『仮面ライダー1号』も本郷猛よりも「藤岡弘、」の映画であり、その点において感動的である。
しかしまたそれはそれとして、しつこいようだがいつの日か出発点の尖鋭なコンセプトを存分に映した『仮面ライダー1号』が実現されることを祈ってやまない。それを託せる作り手は、元スーツアクターの名職人監督(本作の金田治監督が往年の『ロボット刑事』のKそのひとであったというのは、もうそれだけで目も眩むことだが)というよりは、日本のクリストファー・ノーランみたいな新世代かもしれないが。