イプシロン6号機 姿勢異常の原因は第2段の姿勢制御装置RCSと判明
2022年10月12日9時50分、JAXAが内之浦宇宙空間観測所から打ち上げた固体ロケット「イプシロン6号機」は、打ち上げから6分28秒後に機体の姿勢異常が判明し、地上からのコマンドによって飛行を強制的に中断して海上に落下した。打ち上げ失敗の原因について、10月18日に文部科学省宇宙開発利用部会の調査・安全小委員会が開催され、JAXAの井元隆行プロジェクトマネージャは、ロケット第2段に搭載された2系統の姿勢制御機器「RCS」の一方で推進薬が正常に流れず、機体が目標の姿勢から大きく傾いたことから飛行中断に至ったと説明した。
飛行中断時の状況(井元プロマネの説明)
飛行状況につきましては、打ち上げた後、1段モーターの燃焼、分離、2段モーターの燃焼は全て正常でありまして、飛行経路はノミナル経路に対して正常範囲にありました。 2、3段分離可否判断で目標姿勢からずれ、地球を周回する軌道に投入できないと判断し、リフトオフから388秒後に飛行中断に至っております。
10月12日の説明では、イプシロンロケットに搭載された各種の姿勢制御関連の機器を調査するとされていた。イプシロンロケットは第1段から第3段までは固体ロケットモータで構成され、第1段と第2段モーターの可動式ノズル(TVC)が燃焼中にピッチ/ヨー軸※方向の姿勢制御を行い、さらに第1段では「SMSJ(Solid Motor Side Jet)」、第2段ではガスジェット装置「RCS」がロール軸の制御を行っている。第3段では「スピンモータ」によって機体を回転させ姿勢を安定させている。
※ロール・ピッチ・ヨー軸
ロケットを鉛筆に見立てた場合、芯の方向がロール軸、前後がピッチ軸、左右がヨー軸
18日の報告で、飛行データを元に解析したところ打ち上げ失敗の原因となったのは第2段の2系統のRCS(左右に4基ずつのスラスタの組み合わせ)のうち、機体を後方から見たときに右側にある一方のRCSというところまで絞り込まれた。
井元プロマネの説明によれば、1段、2段のTVCによる姿勢制御は正常に行われたことが確認された。その後、推力を使い切った後はTVCからRCSでの3軸の制御に移行する。その際に生じた3軸全ての姿勢角の誤差がRCSの制御が終了するまで拡大し、最終的に2段燃焼終了後の姿勢異常となって現れたという。打ち上げから370秒(6分10秒後)に第3段のスピンモータが点火した時点で、ロケットは目標の姿勢から21度傾いていた。これまでの正常な飛行の場合は0.1~0.5度程度であり大幅なずれが生じていること、姿勢を立て直す見込みがないことから飛行中断となった。
イプシロンロケット第2段のRCSは後部に取り付けられ、2系統それぞれのタンクに入った推進薬(ヒドラジン)を窒素ガスで押し出して各4基のスラスタに供給するようになっている。タンクからスラスタまでの経路の途中に「パイロ弁(火工品で動作する遮断弁)」取り付けられており、OBC(搭載コンピュータ)からの信号で弁を開けてヒドラジンを燃焼させ、推進力を得る仕組みになっている。
本来ならば、2回送られたパイロ弁点火信号のどちらかによってパイロ弁が開き、タンクからパイロ弁の先の配管にヒドラジンが流入して配管の圧力が上昇するはずだった。イプシロン6号機では、2つのRCSのうち片方の-Y軸側のRCSは計画通り圧力が上がったデータが得られているものの、もう片方の+Y軸側はパイロ弁点火信号が送られた後も配管の圧力はタンク圧力まで上昇していないというデータが残っている。
ただし、記録されたデータは「パイロ弁下流の配管の圧力がタンク圧力まで上昇していない」というもの。そのためより詳細な不具合の原因として
- OBCから信号を中継するスイッチの先に異常があり、信号がパイロ弁まで届かなかった
- パイロ弁が開かなかった
- 推進薬をスラスタに送る配管が詰まっていた
の3つが考えられるという。今後は飛行データに加えて製造・検査データの確認も行っていくという。
イプシロンロケットの2段RCS
RCSは宇宙機の姿勢制御装置として、ロケットだけでなく人工衛星でも使用されている、比較的普及している装置だ。イプシロンロケット2段に搭載されたRCSは、前身である固体ロケット「M-V」の第3段に搭載された姿勢制御用ガスジェット装置を改良したもの。イプシロン初号機の開発の際に、推進薬タンクや推薬弁などを新規開発して搭載された。初号機では左右3基ずつだったスラスタは現在では4基に増えている。また射場での作業を簡略化するため、推進薬と加圧ガスを工場で充填する工程になっている。
今回、姿勢異常トラブルの原因として浮上している「パイロ弁」は、過去にも日本の衛星打ち上げで不具合を起こしたことがある。1998年2月21日、H-IIロケット5号機で打ち上げられた通信放送技術衛星「かけはし」(COMETS)は、第2段エンジンの燃焼時間が予定よりも短かったため、当初投入が予定されていた軌道よりも低い軌道に投入されたことがあった。このときパイロ弁そのものは開動作したものの、動作の影響で推進薬のタンクが加圧膨張し、タンクの上に取り付けられた温度センサー(またはその取付器具)に衝撃が加わって断線してしまい、センサーの異常を起こしたというものだ。
今後の対応とH3への影響
ロケットでは比較的使用例も多いRCSだが、JAXAは今後、過去の例も含めて関連する事象が起きていないかどうか調査する予定だという。すでに59人体制で調査を進めているといい、イプシロンロケットを開発するIHIエアロスペースだけでなく、イプシロン初号機時にRCSを開発した三菱重工とも情報を共有するという。
11月には開発中の大型ロケット「H3」の地上での燃焼試験が行われる。試験ではRCSなどの姿勢制御機器は関係しないため、計画通りに実施される予定だ。