【南房総市】農家を継いだ15代目が守る、茅葺き屋根。自ら葺き替えを手伝ってはじめて知る技術と経験
田舎でも、茅葺き屋根の古民家を目にする機会はなかなかありませんが、そんななかでも茅葺き屋根を維持し続けている人たちがいます。今回紹介するのは、有機農業先駆けの地として知られている、三芳地区にある「百姓屋敷じろえむ」です。
26歳で農家を継いだ15代目
稲葉陽(あきら)さんは、4人兄姉の次男です。長屋門の2階にある部屋で生まれ、長屋門を自宅として育ちました。兄や姉たちが農家を継がないと言っていたなか、嫌じゃなかったから「自分がやろうか」と、子どものころから言っていたそうです。その気持ちは変わることなく、地元にある元農業高校で園芸を学び、大学は農業大学へと進みました。
いろいろ経験したいという気持ちから就職活動を行い、ニワトリを扱う会社や食品系の会社から内定を得ます。教員免許も取得していたので、会社員や教員という選択肢を残していましたが、最終的に稲葉さんが選んだのは消防職員でした。その理由を「地元に戻ってこれるし、身体を動かすのが好きだったから」と言います。
大学卒業後は、安房郡市広域市町村圏事務組合消防本部に2年半勤めたあと、ワーキング・ホリデー制度を利用して、フィリピンとオーストラリアへ。その後、コロナ禍で帰国することになり、26歳で「百姓屋敷じろえむ」を継ぎました。
茅葺き屋根の葺き替え
明治17年に建てられた茅葺き屋根の長屋門は、今年で築140年。20年前に全面を葺き替え、茅の厚さは1メートルほどあります。その後は、南面と北面の屋根をそれぞれ3分割にし、そこに左右の面を足して8面に分け、今年はこの面、次の年はこっちという風に少しづつ補修を続けています。
葺き替えのあとは、「差し茅(さしがや)」という方法でメンテナンスを続けています。差し茅は、劣化や腐食した茅を取り除き、そこに新しい茅を差し込んで補修を行いますが、今回は20年ぶりに葺き替え作業を行いました。傷んだ手前の茅を取り除いていくと奥の茅はまだ傷んでいなかったので、傷んでいない元の茅を残したまま、その先に延長するように新しい茅を葺いていきます。
茅の葺き替えを自らやろうと思ったわけ
去年の茅葺き作業は、5月に行いました。今年も梅雨前に行う予定だったのですが、11月にずれ込んでしまいました。5月は田んぼや畑の作業が忙しい時期ですが、11月は比較的農作業が少ない、農閑期に当たります。
なぜ葺き替え作業を自分もやろうと思ったのか、という質問に対して稲葉さんは、「シーズン的にできる時期だったから」と答えました。もちろんそれだけではなく、茅の葺き替えにはお金がかかるので、少しでも費用を安くするためでもあります。そして人手が足りないこと、自分の家の屋根だからなど、理由はいくつもありました。
昔から葺き替え作業を見てはいたものの、作業をやるのははじめて。実際やってみての感想を聞いてみました。
稲葉さん「構造は単純で、茅を積んでいくだけ。それをうまく綺麗に葺いていくには、茅の角度や残っている茅の量をみて調整しますが、それが難しくて。経験と技術が必要だと感じました」
私(筆者)は個人的に茅葺き屋根に興味があり、何ヵ所か葺き替え現場を訪れて、足場の上から見学や作業体験をさせてもらったことがあります。今回の作業場所はほぼ頂上辺りで、足場からは遠すぎたため、何をやっているのかよく見えませんでした。なので、安全に注意しつつ屋根に登らせてもらうことに。振り返ったら絶対に怖くなって動けなくなるのが分かっていたので、目線は常に前。一歩一歩、横に渡してある竹を確認しながら、足と手の3点を屋根に付けてゆっくりと進みます。
そんななか、稲葉さんはタッタッタッと、私からみたらすごい速さで屋根の上を歩いていくのです。怖くないのかと尋ねると、「怖さはないです」とのこと。はじめてのときから、全く怖くなかったそうです。これは、天性の才能があるのではと思いました。
昔会った職人さんが、「(屋根の)傾斜の角度がすごいから、足の力が半端なくて疲れる」と言っていた通り、ほんの少しの時間しか屋根の上にいなかった私の足はもう、ガクガクと震えていました。
今後も、自分で茅の葺き替え作業をやりたいと思っているか聞いてみると、次のような返事が。
稲葉さん「時間が許すなら、茅作業をやりたいと思う。まださわりしか知らないし、言われたことをやっているだけですが、最悪やる人がいなかったら自分ができる状態がいいと思っています」
茅葺き屋根を保存し続けるために必要なもの
茅葺き屋根の維持には、時間もお金も必要になります。30歳になった15代目は、今後も茅葺き屋根を維持するのか否か、どのように考えているのか聞いてみると、「できれば維持したい」との返答が。ただ、茅があって、職人さんがいるからできることなので、「自分ではコントロールできないけれど」と付け加えました。
稲葉さん「個人の所有物として残すことに、意味はないと思っています。みなさんに興味を持ってもらわないと、維持する意味がない。観光資源として、茅葺き屋根を見てすごいと思ってくれる人たちに見てもらってなんぼ。何が何でも茅葺き屋根の長屋門に住みたいという想いはありません。虫がいて、ネズミも出るし」
長屋門は従来、牛を飼ったり俵を一時保存したりする場所と、住み込みで働く人の部屋がありました。この部屋は、若い世代の寝室として使われるようになり、その後改修をしてキッチンやお風呂をつくり、長屋門で生活できるようにしたそうです。
百姓屋敷じろえむの長屋門をくぐった先には、江戸時代に建てられた母屋があります。丹精込めて育てた米や野菜、平飼いの有精卵などを使った料理を提供する、自給率9割を達成したレストランです。
三芳地区の美しい里山、田園風景の向こう側に見える茅葺き屋根の長屋門、その先にある古民家、そこで提供される手作り料理。全てにつながりを感じられる場所なので、道中の景色も楽しみながら、訪れてみてください。
取材協力:百姓屋敷じろえむ