佐野SAで新たなスト通告、NEXCO東日本の「社会的責任」が焦点に
昨日、佐野サービスエリア(SA)の従業員が組織する労働組合が、新たに使用者である株式会社ケイセイ・フーズにストライキを通告した。
すでに報じられているとおり、佐野SAでは8月14日から従業員たちによるストライキが行われていた。その後1ヶ月以上、従業員たちが職場に戻れない状況が続いていたが、9月22日には経営陣が退くことを条件に従業員約60人が職場に復帰していたはずだった。
しかし、労働組合がストライキを解除した後も、新しい経営陣は、組合の執行委員長である加藤氏への退職勧告やストライキに対する損害賠償請求の予告を取り下げていない。さらに、10月31日には加藤氏以外の組合員複数名に対しても損害賠償請求を予告したため、紛争が再燃するに至ったのだという。
参考:「スト破り」に対抗する方法 佐野SAのストライキから考える
今回の組合のストライキではこれまでと違い、新しい取り組みも行われるようだ。佐野SAの事業を委託されているケイセイ・フーズと交渉しても埒が明かないと見た組合側が、委託元であるNEXCOグループ(東日本高速道路株式会社(NEXCO東日本)及びネクセリア東日本(NEXCO東日本の子会社))にも働きかけをはじめたのだ。
実際に、運営会社に紛争を解決する能力や意志が無いことが明らかになったいま、鍵握るのは東北自動車道を管理するNEXCOグループの関わりである。そのことに社会的な関心も集まりつつあり、インターネット上でも、NEXCOグループに対応を求めるコメントが増えてきている。
実は、中小企業における労働事件において、元請会社や親会社といった関係企業の責任が問題になることは珍しいことではない。大手企業が下請会社や子会社を強く支配しているケースでは、事実上、親会社や元請会社が解決内容を決める権限を有しているからだ。
そこで、ここでは、今回の事件においてNEXCOグループに求められる役割について考えていきたい。
ケイセイ・フーズの自浄能力はもう期待できない
まず、改めて一連の経緯を振り返ってみよう。
ストライキの直接的なきっかけになったのは、総務部長である加藤氏に対する解雇通告であった。会社の資金難をめぐる対立が原因となり、当時の社長が加藤氏に一方的に解雇を言い渡したのだ。
従業員たちはこれに反発し、翌日ストライキとなった。ストライキがかかげた要求は、取引業者への代金の支払いと、従業員への賃金支払いの確約に加え、加藤氏に対する解雇の撤回と経営陣の退陣だった(ストライキに至った経緯の詳細については次の記事を参照)。
参考:「スト破り」に対抗する方法 佐野SAのストライキから考える
従業員たちはストライキに踏み切れば、会社が対応を改め、すぐに営業を再開できると考えていたようだ。しかし、会社は対応を変えないどころか、ストライキは違法だと主張し、組合に対して損害賠償請求を示唆した。解決は困難に思われた。
ところが事態は急展開。9月17日の深夜、従業員たちが強く求めてきた経営陣の退陣を会社側が受け入れ、新たな社長を就任させるという話が舞い込んできたのだ。同時に従業員たちには職場復帰の打診がなされた。
こうして、9月22日、約60人の従業員たちの職場復帰が39日ぶりに実現した。従業員たちが強く求めてきた経営陣の退陣がなされ、職場復帰することができた、組合の要求が実ったといえる。
ところが、そう簡単にはいかなかった。
しばらくすると、新社長が加藤氏に退職を強く迫り、ストライキへの損害賠償請求も再び持ち出されたのだ。
解決は世論を意識した見せかけに過ぎず、会社はあくまで「組合潰し」をやめるつもりはなかったようだ。結局、従業員たちの期待は裏切られ、再びストライキの通告が出される事態に至ってしまった。
スト通告とNEXCOグループへの申入れの内容
では、今回通告されたストライキにおいて、労働組合は何を求めているのだろうか。
まず、8月14日から9月21日まで行なわれたストライキを正当な争議であることを認め、損害賠償請求を行わないことだ。そして、加藤氏に退職を迫ることを止め、職務権限と業務内容をストライキが行われる前の状況に戻すことである。
11月7日までに使用者側が、これらの要求に応じなければ、ストライキに突入するという。11月8日から毎日、午前7時から8時までの1時間の間ストライキを行われる見通しだ。
一方で、組合は、NEXCOグループに対して、「できることならば、ストライキを回避したい」「従業員が今後も安心して働けるよう対応していただけるのであれば、ストライキを回避し、いつも通り佐野SAを利用するお客様にサービスを提供したい」と伝えている。
その上で、ケイセイ・フーズを指導して改善させるか、それができないのであれば、新たに委託先を探して佐野SAで現在働く従業員全員の雇用を守るようNEXCOグループに申し入れたという。
長年働いてきた慣れ親しんだ職場で働き続けたいという従業員たちの願いがある。また、従業員のなかには高齢者も多く、再就職先が容易に見つかるような状況にはない。簡単には諦められない。
従業員たちは、決して労働条件等で高望みをしているわけではなく、ただ安心して働き続けられる職場をつくりたいと願っているのだ。
NEXCOグループにどのような責任があるのか
ネクセリア東日本は、NEXCO東日本が100%出資する子会社だ。ネクセリア東日本とケイセイ・フーズとの契約は形式上はテナント契約であるが、実質的には「委託契約」に近い内容となっている。
それゆえ、ネクセリア東日本は、実質的な委託先であるケイセイ・フーズの業務を監督し、指導する責任を負っているといえるだろう。
しかし、この間、NEXCOグループはケイセイ・フーズに対して十分な指導を行ってきたとは言い難い。
実は、はじめにストが実施される前の6月の段階で、加藤氏はNEXCO側に何度も、ケイセイ・フーズの経営難の問題と取引先への支払いの遅延について対応するよう申し入れていたのだ。
しかし、ネクセリア東日本・宇都宮支部の担当者はまともに取り合わず、「あー、聞きたくない。そんなことを話すなら帰りますよ」「片柳建設は政治家やヤクザと繋がってるんでしょ。大丈夫ですよ」などと返答していたというのだ(9月19日付FRIDAYデジタルの報道より)。
ケイセイ・フーズが取引先への支払いを滞納しているという情報を得ていたにもかかわらず、NEXCOグループが適切な対応をとらなかったことが今回の紛争の一因でもあるといえよう。
また、8月30日には加藤氏がSNS上にNEXCO東日本への公開質問を投稿し、介入を求めたが、これに対してNEXCOグループが何からの措置を講じた形跡は見られない。
さらに、本質的には、NEXCOグループは、これまで佐野SAとの契約から利益を得てきており、取引先の会社が引き起こした諸問題について対処する社会的責任があると考えることができる。
2011年に国連人権理事会で採択された「ビジネスと人権指導原則」によれば、企業は、供給業者等の取引先が雇用する労働者の人権侵害についても、「負の影響を引き起こしたり、助長することを回避」し、「人権への負の影響を防止または軽減するように努める」ことが求められている(同原則13参照)。
これに照らして考えれば、NEXCOグループには「企業としての社会的責任」があり、そうした責任を踏まえて対応することが求められているといってよいだろう。
頻発する委託元の「責任回避」
労働者の権利や生活を守るためには、直接の使用者だけでなく、その背景にある元請会社の責任を問題化せざるを得ないことが少なくない。元請会社が注文主として委託先の労働条件の決定に強い影響力を握っているケースが多いからだ。
なかには、戦略的に分社化を推し進め、責任を回避しようとする企業もある。典型的なのが大手冠婚葬祭業のベルコだ。
株式会社ベルコは、実質的に約7,000人の従業員を抱える全国規模の大企業でありながら、その正社員はわずか35人と圧倒的に少なく、全体の0.5%に過ぎない。ベルコは、ほとんどの労働者と直接的な雇用関係を結んでいないのだ。
従業員のほとんどはベルコと業務委託契約を結んだ「支部(代理店)」と雇用契約を結んでいる。ところが、代理店の労働者に対する指示は、ベルコが直接行っているといういびつな雇用関係になっている。
こうしたいびつな関係が、法律上の責任を回避するために意図的に導入されていると考えられる。何千人もの労働者が、ベルコとは直接的な法律上の関係がないように装われているのだ(ベルコの労務管理については次のリンク先の記事もお読みいただきたい。)。
参考:葬祭大手ベルコの「異様」な組織 副業時代のブラック企業戦略とは?
このような脱法的手法に対し、現行の法律では対処することはできないのだろうか。この点について、過去の裁判例などでは、一定の場合に元請けの会社を労働組合法上の「使用者」であると判断した例がある(朝日放送事件・最三小判平成7.2.28)。
また、労働者派遣についても、派遣先は労働契約上の使用者ではないものの、職場の安全や派遣先のパワハラ・セクハラなど、いくつかの事項については労働組合法上の使用者として団交応諾義務を負うと解されている。
このように、直接の契約関係にない場合でも、実質的に他企業の労働者の労働条件の決定権を握っている場合には、社会的責任だけではなく、法的にも一定の責任を負うケースが増えている。
フリーランサーなど、いわゆる「雇用関係によらない働き方」が広がる中で、ますますグレーな関係が広がりつつある現状に合わせ、今後はさらなる法整備が求められるだろう。
いずれにせよ、今回のケースではNEXCOグループが問題のカギを握っており、誠実に対処するのかは社会的・法的に重要な焦点となってくる。同社が、社会的責任にどのように応えるのか、注目していきたい。