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有名人のコロナ感染後の謝罪、必要か お詫びの「テンプレ化」への懸念と提案

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
画像はイメージ:謝罪は無難かもしれないけれど(提供:kagehito.mujirushi/イメージマート)

国内の新型コロナ累計感染者が、8月に100万人を超えた。ざっと100人に一人。国民の1パーセントが感染したことになる。自分の身近に、感染したことのある人がいてもおかしくはない。

しかし、新型コロナの感染は、まだ「恥ずべきこと」とされ、私たちの身近にも、感染したことを気軽に話せないでいる人もいるかもしれない。

ところが、著名人有名人は別だ。一般人とは正反対に、感染は公表され、多くの場合に「謝罪」が行われる。まるで決まり文句のテンプレートのように、「深くお詫び申し上げます。」といった謝罪の言葉が述べられる。謝罪とは、国語辞典的には「自分の非を認め、罪や過ちをわびて、相手に赦しを請う行為」である。自分の非? 自分の罪? 新型コロナに感染することは、相手に赦してもらわなければならないような罪なのだろうか。

■相手に迷惑をかけた時の「日本的謝罪」

いや、そんなに大きな問題ではないと感じる人もいるだろう。日本での謝罪は、本来の意味の「謝罪」ではないからだ。日本語文化と英語文化の比較研究によれば、英語の場合は話し手であるこちら側に責任や後悔がなければ、謝罪の言葉は出ない。だが日本語の場合は、話し手であるこちら側には責任など一切ない時にも、聞き手であるあちら側に迷惑をかけた時には、謝罪の言葉が出る。

日本からアメリカ大リーグに渡った松井秀喜選手は、プレイ中のケガで戦線離脱したときに、ファンに向けて謝罪を行った。この謝罪に、アメリカ人は驚いたという。何も悪いことをしていないのに、なぜ謝るのかと。

だが、日本人の感覚としては、よくわかるだろう。試合に出られず、ファンの皆さんの期待に応えられなかったことに対する謝罪だ。インフルエンザで仕事を休んだ時も、多くの人は、「ご迷惑をおかけしてすみませんでした」と謝罪をする。そのような日本的謝罪は、悪いことではない。一種の日本文化とも言えるだろうし、アメリカ人も松井選手の謝罪には非常に好意的だった。

ただし、このような日本文化における謝罪は、先方からの「いえいえ、どうぞお気になさらずに」という返事が前提だろう。高価なプレゼントでも「つまらないものですが」と言い、お茶をいただくときも「どうぞお構いなく」と語る日本的表現だ。

■コロナ感染「日本的謝罪」の枠超えるニュアンス

新型コロナに感染した有名人の謝罪も、ご迷惑ご心配をおかけしたことへの日本的謝罪なら、大した問題はないだろう。有名人は、結婚や出産などプライベートなことを公に報告することも多い。病気をファンや視聴者に自発的に話すこともある。そうした時、日本的謝罪に対して、周囲からは慰めと励ましの言葉が返ってくるだろう。

だが、新型コロナの場合はどうだろうか。周囲からは、必ずしも慰めや励ましが返ってくるわけではない。時には、激しく責められることもある。新型コロナ感染の謝罪は、日本的謝罪の枠を超えて、本来の謝罪、罪を犯した非を認め赦しを請うているようにも見える。

新型コロナに感染することは、罪だろうか。中には、ルールを破って感染した人もいる。そんな人はことさら責められる。その行為には反省点もあるだろう。しかし感染自体が罪だろうか。

インフルエンザでも、不注意な行動で感染することはある。また日頃の不摂生がたたって病気になることもあるだろう。そのような人の病気を、私たちは罪として責め、謝罪を求めてきただろうか。そもそも、病気の原因は複合的で、本当に不注意や不摂生のためなのかはわからない。私たちは、病気の人に本来の意味の謝罪など求めず、慰めと励ましを与えてきたのではないだろうか。

そのような日頃の穏やかな態度と優しい人間関係が、新型コロナによって崩れ始めている。

■有名人の「謝罪」でコロナが「恥ずべき罪」に?

大阪大学の三浦先生らの調査によれば、日本人は他国よりも新型コロナ感染を本人のせいだと感じやすいという(「コロナ感染は自業自得」日本は11%、米英の10倍...阪大教授など調査:読売新聞)。

感染拡大の初期から現在に至るまで、私たちは新型コロナを恐れると同時に、第一号感染者になることを恐れてきた。都道府県で、市町村で、会社や学校で、最初の感染者になることを恐れてきた。

それは、みんなに迷惑をかけるからだけではない。自分が責められること、「あの人のせいで」と陰口を言われ、後ろ指をさされ、偏見と差別の対象になることを恐れてきたのだ。

一般人がこのように感じるなら、有名人はなおさらだ。有名人は、しばしば「感染に気をつけましょう」と語ってきた人たちだ。その有名人が感染したならば、それは特に「恥ずべき罪」と感じる人々もいるだろう。だから、新型コロナに感染した有名人は謝罪をするのだ。病気は罪かなど小難しいことを考えず、謝罪をした方が無難なのだ。

では、新型コロナに感染した有名人の謝罪は、やはり賢明なことだろうか。本人のことだけを考えれば、そうかもしれない。しかし、有名人の行動は広く報道され私たちに影響を与える。

有名人が罪の赦しを請い謝罪するならば、やはり新型コロナは「恥ずべき罪」であり、一般人ならどこまでも隠すべきか、あるいは平身低頭謝罪すべきことになってしまわないだろうか。それは、病気自体にも勝るストレスになり、感染を隠す態度は、感染予防にもマイナスだろう。

■「お詫び」から「皆さんも気を付けて」へ

あるNHKのスタッフが新型コロナに感染した時、番組内ではあえて謝罪を行わず、貴重な体験談の共有がなされていた。感染が拡大した欧米では、少なくとも友人関係なら感染したことを話しても、「大変でしたね」とねぎらいの言葉が出る方が普通だという。

真面目で周囲に気配りをする日本文化は、素敵なものだ。だがその文化は、一歩間違えると、感染者に不要な謝罪を求めることにもつながってしまう。有名人も私たちも、そろそろ感染に伴う謝罪の常識、テンプレート化した謝罪の言葉から解放されても良いだろう。いっそ「深くお詫び申し上げます」を「皆さんもぜひ気を付けてください」などに変えてしまえば、新型コロナは「恥ずべき罪」ではなくなっていくかもしれない。

日本的な挨拶がわりの謝罪の言葉はあっても、そこをことさら追及し、報道することも、やめても良い時機が来たのではないだろうか。人口の1パーセントを超える感染。それはもう、特別な人だけの問題ではない。明日、私や私の家族にも起きうる問題なのだから。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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