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五輪初挑戦の奈良岡、変幻自在のバックハンドに注目だ=バドミントン

平野貴也スポーツライター
世界屈指の技術力を誇る奈良岡。バック前からの打ち分けは、必見だ【筆者撮影】

 競技を初めて見る人でも、あっと驚く技がある。パリ五輪に初出場するバドミントン男子シングルスの奈良岡功大(NTT東日本、24年6月30日で23歳)は、幼少期から父である奈良岡浩コーチとの父子鷹で磨き上げた技術を武器に、大舞台へ挑む。

「(メダルは)意識していないわけではないけど、(目標を)金メダルと言ってしまうと、自分のプレッシャーにもなるし、素直に五輪を楽しめない。まずは、自分のプレーを出しながら、五輪を楽しみたい」とメダル宣言は控えているが、23年の世界選手権は、銀メダル。頂点を争う実力を有している。

桃田とは異なる、技術の使い方

日本A代表で男子シングルスを指導する中西洋介コーチ(右)。奈良岡は、桃田とは異なる技術の特長を持つと説明した【筆者撮影】
日本A代表で男子シングルスを指導する中西洋介コーチ(右)。奈良岡は、桃田とは異なる技術の特長を持つと説明した【筆者撮影】

 男子シングルスは、5月に日本代表を引退した桃田賢斗(NTT東日本)が長らくけん引してきた。桃田は、ネット際の技術と、世界最高のレシーブ力を武器に世界ランク1位に3年2カ月も君臨。世界選手権2連覇を成し遂げた。奈良岡も技術を駆使するタイプではあるが、日本A代表で男子シングルスを指導する中西洋介コーチは、2人の技術の特長は違うと言う。

「奈良岡選手は、シャトルが(落下の際にシャトルコックが動いて)変化していても、きれいに合わせて打てる。相手に(打つタイミングが)分からないように、シャトルに合わせて打つ技術が長けている。(球が低い位置まで落下して制御が難しくなる)リスクを冒してでも、より厳しい球を打つ。桃田選手は、シャトルを思った(狙った)ところに打つ技術が長けていて、リスクを冒さず、より確実な方法で相手を苦しめる」(中西コーチ)

最大の特長は、バックハンドショット

 相手に予測をさせない奈良岡のショットの代表格は、バックハンドだ。特に、右利きである奈良岡にとって左前方の「バック前」からは多彩なフェイントショットを放つ。ストレートを相手のネット前、あるいはコート後方へ打ち分けるだけでなく、トップ選手は逆サイドのネット前、つまり対角(クロス)へシャトルを落とす技術を持つが、奈良岡の場合は、そのショット自体も打ち分ける。

 最もオーソドックスなショットは、高い位置でシャトルを捉えて、ネットの上を横に走るような軌道で打つものだ。シャトルを通すコースが狭い上、ラケットがネットに触れてはならず、繊細なショットになるが「スキルには自信がある」と言ってのける奈良岡は、迷わずにラケットを運ぶ。中西コーチは「バックハンドのクロスネット。あれほどのタッチの早さ、シャトル(打球)のスピードで打つのは、ほかに見たことがない。初見であれをやられたら、たまらない」と絶賛する。

必殺のフェイントショット3種を披露

正面に返球する構えから腕、手首を旋回。逆サイドのネット前へシャトルを飛ばす「奈良岡クロス」【筆者撮影】
正面に返球する構えから腕、手首を旋回。逆サイドのネット前へシャトルを飛ばす「奈良岡クロス」【筆者撮影】

 また、あえて低い位置までシャトルを落とし、大きく打ち上げるしかなくなったように見せかけるフェイントからも多彩なクロスショットを放つ。6月25日、4月から所属するNTT東日本の拠点で練習を公開した奈良岡は、3種類のショットを披露した。低い位置までシャトルを落とし、真っ直ぐ大きく返すと見せかけて、腕、手首を急旋回させてネット越しに短く、対角へ落とすショットは「奈良岡クロス」。シャトルに合わせようとした面ではなく、裏面で急にクロスへ飛ばしてタイミングを外すショットは「奈良岡スペシャル」。

正面に返球する構えで見せていた面ではなく、裏面で逆サイドのネット前へシャトルを飛ばす「奈良岡スペシャル」。「奈良岡クロス」とは、ひじ、手首の使い方がまったく異なる【筆者撮影】
正面に返球する構えで見せていた面ではなく、裏面で逆サイドのネット前へシャトルを飛ばす「奈良岡スペシャル」。「奈良岡クロス」とは、ひじ、手首の使い方がまったく異なる【筆者撮影】

 さらに、シャトルに飛びついて奈良岡スペシャルを打つショットを「ドラゴンクロス」と紹介。奈良岡は「バック前は、奈良岡クロスもある。ドラゴンクロスも見てもらいたい」と、バック前からのフェイントショットへの注目を促した。

「ドラゴンクロス」を披露する奈良岡(奈良岡功大 公式Instagram)

指導者である父を驚かせた、地道な練習への取り組み

23年の世界選手権では、獲得した銀メダルをコーチである父・浩さんの首にかける場面も【筆者撮影】
23年の世界選手権では、獲得した銀メダルをコーチである父・浩さんの首にかける場面も【筆者撮影】

 奈良岡が高い技術を有しているのは、指導者である父の浩さんの影響が大きい。厳しく接しなければならなくなるため、同じ競技を選んでほしくないとの思いから、競技を始めた5歳の頃は羽根を打たせず、素振りを課した。オーバーハンド、サイドハンド、バックハンドを各100本の300本で1セット。奈良岡は「300本やって終わったと言いに行くと、もう1回と言われた。これ、何回やるのかなと思っていたけど、それが終われば羽根を打てた。羽根を打ちたくて練習に行っていた」とケロっとした顔で答えるが、10セット繰り返す、素振り3000本のメニューだった。

 父の浩さんは「強くなる選手は、たくさんいる。でも、辛い、きつい、つまらない練習を続けられる選手は少ない。それが、彼にはある」と認めるようになった。それどころか「スーパーマーケットやコンビニエンスストアに連れて行っても、フットワークの動きをやり始めたりして、ちょっと恥ずかしかった」と振り返るほど、息子はバドミントンにのめり込んでいった。しゃもじをラケットに見立てて手首の使い方を習得したり、自室で同じ場所だけ狙って打ち続ける壁打ちで穴を開けたり。父が指導する青森県の浪岡ジュニアで練習し、自宅でも様々なショットをイメージして技術力向上につながるトレーニングを続けた。

 幼少期から頭角を現し、小学校を卒業するときには強豪中学校から声がかかったが、地元・青森県で浪岡中、浪岡高と進み、父子鷹のペアを解消することはなかった。今春に日本大学を卒業した現在も父の指導を受けている。

変わらぬ探求心、自信を持つスキルで五輪に初挑戦

五輪は初挑戦となる奈良岡だが、磨き抜いた技術には絶対的な自信を持つ【筆者撮影】
五輪は初挑戦となる奈良岡だが、磨き抜いた技術には絶対的な自信を持つ【筆者撮影】

 飽くなき探求心で歩み続けて来た奈良岡の細かい技術への探求心は、日本代表になった今も変わっていない。大人になれば、より実戦的なメニューを選手は好む。しかし、奈良岡は立ち止まって同じ場所に来る球を打ち続ける地味な練習を好む。

「同じクリア(シャトルを打ち上げて敵陣の奥に飛ばすショット)でも、高いクリア、速いクリア、スライスをかけたクリア……と、いろいろある。ほかの選手は、流れの中で(ほかの球を交えながら)やるけど、オレは1個のショットを極めたい。この選手には、この高さの球。あの選手はヘアピン(ネット前からネット前に落とし返すショット)が得意だから、揺れ動いて来るシャトルをスピンさせずに打とうとか。縦にくるくる回りながら落ちて来る球を(シャトルコックが)横に揺れ動くように返すとか、相手や試合をイメージしてやるのが好き」(奈良岡)

 初挑戦となる五輪は、磨き抜いたスキルを、今まで以上に多くの人に見せる機会となる。5月に体調を崩してポイントを稼ぐことができず、狙っていた第4シードを逃す可能性が高くなったが「世界ランク1位も変わりましたし(※2021年12月から世界ランク1位を保持していたビクター・アクセルセン=デンマークが6月11日の更新で2位に後退した)誰が勝ってもおかしくないと思う。正直、どこに入っても変わらない。自分のパフォーマンスをどこまで見せるか」と強気な姿勢は崩さない。磨き抜いたスキルに対する自信は、絶大。バック前からのショットで世界の強豪を手玉に取れば、初挑戦での五輪メダル獲得が見えて来る。

スポーツライター

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。サッカーを中心にバドミントン、バスケットボールなどスポーツ全般を取材。育成年代やマイナー大会の取材も多い。

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