【フィギュアスケート】世界選手権V奪還 羽生結弦が声を震わせた瞬間
フィンランドの首都ヘルシンキで行なわれているフィギュアスケート世界選手権で、ショートプログラム(SP)5位と出遅れた羽生結弦が、フリーで10・66点差をひっくり返し、3年ぶり2度目の金メダルに輝いた。
フリーの得点は2015年12月のGPファイナルで出した219・48点を上回る歴代最高の223・20点で、合計は321・59点。これは同じく15年12月のGPファイナルで羽生が記録した330・43点、同年11月のNHK杯で記録した322・40点に続く、歴代第3位のハイスコアだった。つまり、歴代の上位3位までは羽生が独占している。演技終了後は、満足感を示すように右手人差し指を立てながら右手を真上に突き上げた。
今季はGPファイナルこそ4連覇を果たしたものの、2月の四大陸選手権で17歳のネイサン・チェン(米国)に敗れる波乱となった。平昌五輪のプレシーズン。14年ソチ五輪を制し、得点でも歴代最高を刻んできた「絶対王者」として、SP5位に沈んだままでシーズンを終えるわけにはいかなかった。
■計り知れなかった重圧
「ホープ&レガシー」の音楽に乗って緩やかに滑り出して迎えた冒頭の4回転ループ。丁寧な踏み切りから軸をブレさせることなくきっちりと4度回り、確実に着氷すると、続く4回転サルコウも軽やかに降りた。さらには後半の4回転サルコウ-3回転トーループを今季初めて成功。4回転トーループも決めた。「223・20点」が出ると、両手の拳を強く握りしめ、目をギュッと瞑った。
試合後のミックスゾーン。キス&クライで採点結果を待つ間の心境を聞かれた羽生は、まずは間髪を入れずに「緊張しました」と切り出した。会心の滑りについて朗らかな口調で振り返ってきた流れのままの、張りのある声。ところが、その直後、にわかにトーンが変わった。
「本当に…、ファンの方も何人かおっしゃっていましたけど、自分が一番とらわれているものは、過去の自分で…。やはりあの『220』、『330』、『110』という、あの数字にすごくとらわれて、すごく怖くてここまでやってきていたので…」
その声は明らかに震えていた。胸中に秘めていた感情と瞬間的に向き合ったようだった。だがそれは一瞬。すぐに口調を元通りに整えて言った。
「何とか、1点でも、0・5でも、0・1でも超えてくれと思っていました」
その結果のフリー世界最高得点であり、5位から大逆転の金メダル奪回だった。およそ他の者にはわかり得ない重圧の中で、羽生はたくましいメンタルを育んでいたのだ。そして、「殻を少し、破った」と控えめに自らを褒めた。
4回転サルコウ―3回転トーループを失敗し、5位に終わったSPでは「立ち直れないくらい落ち込んだ」という。それから中1日。陣営のチームワークはもちろんのこと、ファンの声援にも背中を押され、顔を上げた。
「フリーの曲は『ワァー』と盛り上がるものではないけれど、『頑張れ』という声が混ざった歓声を送ってもらえた。すべてのジャンプを跳び終えた後のステップ、スピン、最後まで拍手が聞こえていた。(『レッツ・ゴー・クレイジー』の曲に乗る)SPも写真で見て驚いたのですが、海外の方も一緒になって盛り上がってくれていた。本当にここで滑ることができて幸せだった」
今回の最終滑走の6人の内、3人は10代の選手だった。19歳の宇野昌磨、同じく19歳のボーヤン・ジン(中国)、17歳のチェン。22歳の羽生でもすでに若手に追われる立場となっている。
だが、羽生は謙虚だ。「SPで分かったように、パトリック(・チャン)、ハビエル(・フェルナンデス)と、まだまだ追いかける背中がたくさんある。若い選手にもたくさん強い選手がいて、それぞれが僕にないもの、長所を持っている。すべてが僕にとって、追いかける背中です」
自分を超えるというプレッシャーに打ち勝った王者は、さらに自分を強くしていく方法をも手にしながら、前進を続けていく。