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免疫チェックポイント阻害とアンチエイジング〜PD-1/PD-L1経路の役割

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:イメージマート)

【免疫チェックポイント経路PD-1/PD-L1とは?】

私たち人間の体内では、日々、免疫システムが働き、ウイルスや細菌、がん細胞など、体に害を及ぼす異物から身を守っています。その免疫の働きを調整する重要な仕組みの一つに、「PD-1/PD-L1経路」と呼ばれる免疫チェックポイントがあります。

PD-1は免疫細胞の表面にあるタンパク質で、PD-L1はがん細胞などに発現しているタンパク質です。PD-1とPD-L1が結合すると、免疫細胞の働きが抑制されます。つまり、PD-1/PD-L1経路は免疫の抑制に関わっているのです。

このPD-1/PD-L1経路の活性化は、がんの免疫回避に関与していることが知られています。実際、PD-1/PD-L1を標的とした免疫チェックポイント阻害薬は、がん治療で大きな成果を上げつつあります。

しかし近年、PD-1/PD-L1経路が老化プロセスにも深く関わっていることが明らかになってきました。老化に伴い体内で増えていく老化細胞には、PD-L1の発現が亢進していることが分かったのです。

【老化とPD-1/PD-L1経路の関係】

加齢に伴い、私たちの体内では老化細胞が蓄積していきます。そして、その老化細胞ではPD-L1の発現が増加していることが分かってきました。PD-L1の発現増加は、PD-1を発現する免疫細胞の働きを抑制し、老化細胞を免疫監視から逃れさせていると考えられています。

実際、マウスを使った研究では、抗PD-1抗体の投与によって老化細胞が減少し、老化関連の表現型が改善したという報告もあります。つまり、PD-1/PD-L1経路の阻害が、老化細胞の除去を促進し、抗老化作用につながる可能性が示唆されているのです。

PD-1/PD-L1経路の活性化が老化を加速している可能性は非常に興味深いです。今後、PD-1/PD-L1を標的とした抗老化療法の開発が進むかもしれません。ただし、PD-1/PD-L1経路は本来、過剰な免疫応答を抑える重要な働きも担っているため、安全性の確保は欠かせません。

【PD-1/PD-L1と皮膚の老化】

PD-1/PD-L1経路と老化の関係は、皮膚においても注目されています。加齢に伴い皮膚の免疫機能が低下することは知られていましたが、その機序についてはよく分かっていませんでした。しかし最近、皮膚の老化細胞ではPD-L1の発現が増加しており、それが皮膚免疫の低下に関与している可能性が報告されました。

実際、老化に伴う皮膚の変化、例えばシワやたるみ、シミなどは、単なる皮膚細胞の老化だけでなく、皮膚の免疫機能の低下とも関係があるのかもしれません。PD-1/PD-L1経路の阻害が、皮膚の老化予防につながる可能性は十分にあると思われます。

ただし、PD-1/PD-L1経路は本来、皮膚の過剰な炎症を抑える役割も担っているため、その阻害は皮膚疾患の悪化につながる恐れもあります。例えば、乾癬や皮膚エリテマトーデスなどの自己免疫性皮膚疾患では、PD-1/PD-L1経路の異常が病態に関与していることが知られています。したがって、PD-1/PD-L1を標的とした皮膚老化対策を行う際は、皮膚疾患への影響にも十分な注意が必要です。

PD-1/PD-L1経路は、がんのみならず、老化や皮膚疾患とも密接に関わっている重要な免疫チェックポイントであることが分かってきました。その機能の全容解明と、安全で効果的な制御法の開発が望まれます。

参考文献:

- Wang TW, et al. Blocking PD-L1-PD-1 improves senescence surveillance and ageing phenotypes. Nature. 2022;611(7936):358-364. doi:10.1038/s41586-022-05388-4

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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