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「救いの手」は「罠」だった―母か夢か、苦悩する在日クルド人少年

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
サッカー部で活躍するアルペルくん(写真中央) 本人提供

 差し伸べられた「救いの手」は、少年の心を引き裂く「罠」だった―法務省/出入国在留管理庁(入管)は、日本で生まれ育ちながら在留資格を与えられなかった外国人の子ども達に在留特別許可を与える方針を昨年に決定した。就職もできず、健康保険証もない等、様々な困難に直面してきた子ども達にとっては、「救済措置」とも言える方針だが、そもそも、日本の難民認定率の異常な低さが根本的な問題であり、一部の子ども達にのみ在留特別許可を与えることは、当事者達の分断や葛藤も招いている。

〇家族を引き裂く法務省/入管

 埼玉県某市に暮らす在日クルド人の少年アルペルくんは、現在、中学3年生だ。クルド人への迫害が深刻なトルコから両親と共に幼少の頃に、日本に避難してきた。小学校の頃から日本で教育を受け、日本語に不自由はない。サッカーが大好きで、部活ではゴールキーパーとして活躍している。当面の目標はサッカー強豪校の高校へ進学することだ。そのアルペルくんが入管に呼び出されたのは、昨年の冬のこと。幼少期に日本に連れてこられたアルペルくんは、日本で生まれた在日外国人の子ども約200人に特例的に在留特別許可を与えるという法務省/入管の方針の対象外ではあったが、小さな弟と妹が日本で生まれたため、アルペルくんにも在留特別許可が与えられるかもしれないとのことだった。

 アルペルくんにとっては大きなチャンスであったが、入管職員の説明は彼を天国から地獄へと突き落とすことになる。「僕は、在留特別許可が認められるかもしれないけど、お母さんは認められないというのです。お母さんを見捨てて、僕が日本に残るなんて、あり得ない」(アルペルくん)。

 アルペルくんの両親は日本に逃げてきた後、難民認定申請を行ったが、トルコ籍クルド人が日本で難民として認められる確率はほぼゼロ。クルド人が迫害されており、難民性があることは、他の先進国では「常識」で、とりわけ、カナダではトルコ出身者の申請者の9割が難民として認められた(2019年統計)。これらの国々と比較して、日本の難民認定審査は、明らかにいびつだと言える。

 アルペルくんの父親は来日後、事業で成功し、在留ビザも獲得した。だが、母親は最悪の場合、強制送還の恐れもある。今月10日に施行される入管法の改定では、本来、難民条約によって保護される難民認定申請者であっても、申請2回目以上であれば、強制送還できるとしているからだ。日本において難民認定審査が異常に狭き門であり、難民認定申請者の大半が一度「不認定」とされても、迫害の待つ母国に戻れず、申請を複数回繰り返すという構図の中で、この入管法の改定は国連の人権関連の機関からも、重大な人権侵害だと指摘されているのだ。

 勿論、アルペルくんは日本で生活し続けることを強く望んでいるが、「お母さんだけトルコに送り返されるくらいなら、僕もそうしてもらった方がいい」とまで思い詰めている。これは、法務省/入管側とすれば、まさに思惑通りということなのかもしれない。昨年の入管法改定の国会審議の中で齋藤健前法務大臣が決定した、一部の子ども達の在留特別許可を認める方針は、法務省/入管の姿勢とは相反するからである。「日本に来る難民なんてほとんどいない」と放言する難民参与員を異常なまでに重用するなど、難民認定審査において、露骨に難民を排斥する姿勢が顕著だ。「前法務大臣が決めたことなので、あからさまには反対できないが、子ども達の在留特別許可もなるべく認めたくない」というものが法務省/入管の本音だとしても、これまでの振る舞いから考えれば、全く不思議ではないのである。

〇「ルール」守らない法務省/入管

 いずれにせよ、アルペルくんのケースように、親子を引き裂くような法務省/入管側の対応は、国際法違反だと言える。

 子どもの権利条約第3条は、児童に関するすべての措置をとるにあたって行政当局・立法機関等が「子どもの最善の利益」を主として考慮すべきことを規定している。 

 また、市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)は、「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有する。」(第23条1項)と規定しており、同規約は家族結合権を保障している。

 法の原則として、上位法である国際条約は下位法である入管法に優先する。法務省/入管はその入管行政スローガンとして「ルールを守って国際化」を掲げているが、ルールを守っていないのは、法務省/入管なのである。

〇入管法改定の施行に抗議

 市民団体「SYI (収容者友人有志一同)」のメンバーで、在日クルド人の友人が多い織田朝日さんはこう語る。「アルペルくんのようなケースは他にもあるし、多くの難民認定申請者や、その他の母国に帰れない事情のある人々は皆、入管法改悪の施行に怯えています。この悪法に抗議するために、今日10日は、国会議事堂正門前で午後1時から皆で座り込む予定です」(織田さん)。

この間、織田さん達は国会議員会館前で毎週のように入管法改定施行反対を訴えてきた 筆者撮影
この間、織田さん達は国会議員会館前で毎週のように入管法改定施行反対を訴えてきた 筆者撮影

 法務省/入管がやるべきは、「お情け」で一部の子ども達に在留特別許可を認めるだけではなく、難民認定審査の抜本的な見直しや、国際法に沿った入管行政を行うことなのだろう。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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