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安倍首相はトランプ「有志連合」への参加が焦眉の課題に ホルムズ海峡で米軍艦がイランのドローンを撃墜

木村正人在英国際ジャーナリスト
イランのドローンを撃墜した米海軍の強襲揚陸艦ボクサー(写真:ロイター/アフロ)

「ホルムズ海峡を通過する船舶を守るよう米国との協力を求める」

[ロンドン発]石油輸送の大動脈である中東のホルムズ海峡がさらに緊迫してきました。米国のドナルド・トランプ大統領は、ホルムズ海峡で米海軍の強襲揚陸艦ボクサーが18日、イランのドローン(無人機)を撃墜したことを明らかにしました。

「ボクサーはイランのドローンに対して防衛的な行動を取った。ドローンがとてもとても近い、約1000ヤード(約914メートル)の距離まで近づいてきた。離れるように何度も警告したが無視され、ボクサーと乗組員が危険にさらされた。このためドローンは即座に撃墜された」

「これは国際水域を航行している船に対して行われているイランによる多くの挑発的、敵対的な行動の最も新しいものだ。米国には我々の兵士、施設、利益を守る権利を持っている。すべての国々に航行の自由とグローバルな通商を妨げるイランの試みを非難するよう求める」

「私は他国に対してホルムズ海峡を通過する船舶を守るよう、これから米国との協力を求める」

タンカー計6隻への機雷攻撃が相次ぎ、拿捕未遂事件も起きているため、中東の原油を運ぶタンカーの保険プレミアムは10~20倍に跳ね上がっています。

米国はホルムズ海峡の「海洋安全保障イニシアチブ」を発表へ

米国務省と国防総省は19日、同盟国の日本など関係国を集めて、ペルシャ湾からホルムズ海峡、オマーン湾における航行の安全を確保する「海洋安全保障イニシアチブ」を発表します。米国はイランやイエメン沖での航行の安全を求めており、65カ国に参加を求めています。

イランのモハンマドジャバド・ザリフ外相は18日、ニューヨークの国連本部を訪れ「イランと米国は戦争直前だ」「ドローン撃墜については聞いていない」と語る一方で「米国の制裁解除を条件にさらなる国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れる」と米国との交渉のテーブルに着く素振りを見せました。

イラン国営放送は18日、イラン革命防衛隊がホルムズ海峡近くで外国船籍の原油タンカーを拿捕(だほ)したと報じています。

イラン革命防衛隊は、14日に原油100万リットルを密輸していたとして12人乗り組みのタンカーを拿捕したと発表。アラブ首長国連邦(UAE)のタンカー「ライア」かどうかはまだ確認されていません。

イランと米国の駆け引きはまだまだ続きそうですが、偶発的な衝突を除けば本格的な戦闘に発展する恐れは低いのではないでしょうか。

ホルムズ海峡は原油・石油製品合わせて日量1700万バレルが行き交うエネルギー供給の大動脈。日本が輸入する原油の8~9割を占める中東産原油の大部分がホルムズ海峡を通過して日本に運ばれてきます。

日本は知らぬ顔をするわけにはいきません。安倍晋三首相が緊迫するホルムズ海峡に海上自衛隊の護衛艦を派遣するのかどうかが論争を巻き起こしそうです。

米軍が主導するホルムズ海峡の「有志連合」への自衛隊派遣は可能なのでしょうか。現行法上の法的根拠を見ておきましょう。

事態対処法に基づく集団的自衛権の行使は

事態対処法に基づく集団的自衛権の行使は、密接な関係にある他国が武力攻撃を受け「存立危機事態」になった場合、武力行使が可能になります。

【問題点】現時点では「我が国の存立が脅かされ、国民の生命・身体・幸福追求権が根底から覆される明白な危険がある」との「存立危機事態」の要件を満たさない恐れがある。

重要影響事態法に基づく後方支援活動は

重要影響事態法に基づく後方支援活動は、我が国の平和及び安全に重要な影響を与える「重要影響事態」になった場合、物品・役務の提供などの後方支援活動(自己保存型の武器使用を含む)が可能になります。

【問題点】そもそも船舶の護衛を行うことはできず、現時点では「重要影響事態」にあるとは認められない恐れがある。

国際平和支援法に基づく協力支援活動は

国際平和支援法に基づく協力支援活動は、国際社会の平和及び安全を脅かす「国際平和共同対処事態」になった場合、関連する国連決議があれば物品・役務の提供などの協力支援活動(自己保存型の武器使用を含む)が可能になります。

【問題点】そもそも船舶の護衛を行うことはできず、現時点では、関連する国連決議がない。

自衛隊法に基づく海上警備行動は

自衛隊法に基づく海上警備行動(警察権の行使)は、海上における人命・財産の保護などのため特別の必要があった場合、停船などの強制措置や防護目的などの武器使用が可能になります。

【問題点】海上警備行動の地理的範囲は領海だけでなく公海にも及ぶものの、我が国の警察権の行使である以上、日本の人命・財産と全く関係のない船舶は護衛できない恐れがある。

海賊対処法に基づく海賊対処行動は

海賊対処法に基づく海賊対処行動は、海賊行為に対処するため特別の必要があった場合、停船などの強制措置や防護目的等の武器使用が可能になります。

【問題点】国家などによる攻撃は「海賊行為」には該当せず、対応できない恐れがある。

なし崩し的に活動が拡大する恐れも

海上自衛隊の護衛艦がホルムズ海峡に派遣され、米軍主導の「有志連合」に参加することになった場合、自衛隊の武力の行使または武器の使用が相手方のさらなる反撃を招き、事態が悪化してしまう可能性が十分にあります。

近くを航行中の外国船舶が攻撃され、救援を要請された場合、海自の護衛艦は、日本の国内法で護衛できる船舶かどうかにかかわらず、救援を断ることは人道的、政治的に困難です。なし崩し的に法的な根拠が不明確な活動にまで拡大してしまい、紛争事態の悪化を招いてしまう恐れがあります。

そうした場合、後付けで法的根拠をこじつけて既成事実化してしまうという法治国家にふさわしくない事態に陥る危険性さえあります。このため安倍政権は参院選後に、国際的な枠組みの下で公海や他国の領海で、日本と関係のない船舶でも護衛できるように新しく法整備する必要性に迫られるのは避けられそうにありません。

また戦闘(武力行使)に発展するリスクを回避するためイランやイエメン領海近くでの活動を避ける、支援活動や情報収集・警戒監視・偵察活動に徹するという選択肢もあると思います。

これまでの経過

15年7月、国連安全保障理事会常任理事国5カ国とドイツ(P5+1)、EUとイランによる核合意。核開発活動を10~15年制限して監視下に置く代わりに欧米側は経済制裁を解除

16年3月、米共和党の大統領候補の1人だったトランプ氏がイラン核合意は「史上最悪の合意」と破棄を公約に掲げる

17年1月、トランプ大統領就任

18年5月、トランプ大統領が核合意からの離脱を宣言。11月から経済制裁を再開。新しい核合意のための12項目を要求

19年1月、英仏独3カ国がドルを使わないイランとの貿易メカニズムを構築

4月、イランが米国との新しい核合意のための交渉を否定。米国が対イラン追加制裁を検討

5月2日、トランプ政権がイラン産原油を全面禁輸

5月5日、ジョン・ボルトン米国家安全保障問題担当大統領補佐官が「イランが米国や同盟国を攻撃すれば容赦のない報復を受ける」と警告。米空母エイブラハム・リンカーンを中東に派遣

5月10日、戦略爆撃機B52ストラトフォートレスを中東に派遣したと米軍が発表

5月12日、サウジの石油タンカー2隻を含む4隻がアラブ首長国連邦(UAE)沖で攻撃される

5月16日、サウジアラビアが、イランが石油パイプラインを攻撃したと非難

5月20日、イラクの首都バグダッドの旧米軍管理領域に自走式多連装ロケット砲が撃ち込まれる。米国大使館近くに着弾

・イラン原子力庁報道官が低濃縮ウランの製造量を4倍に増やすと発表

5月24日、トランプ大統領が米軍1500人の中東への追加派兵を命令

6月12日、イエメンのフーシ派がサウジアラビアのアブハ空港を攻撃し、市民26人が負傷

6月12、13日、安倍晋三首相が現職首相として41年ぶりにイランを訪問し、米海軍退役軍人の解放を要請。イラン最高指導者アリ・ハメネイ師は原油禁輸制裁の停止を要求

6月13日、原油輸送の20%を占める大動脈、ホルムズ海峡近くで東京の海運会社「国華産業」が運航するタンカーと台湾の石油大手、台湾中油のタンカーが攻撃を受ける

6月17日、イランが10日後に低濃縮ウランの貯蔵量300キログラムの制限を超えると警告。7月7日から最大20%のウラン濃縮を始める可能性があるとも予告する

6月18日、米軍がさらに兵士1000人を中東に追加派兵と発表。追加派兵の規模は計2500人に

6月20日、イラン革命防衛隊が領空侵犯した米国の無人偵察機RQ-4グローバルホークを撃墜と伝えられる

6月24日、トランプ大統領がハメネイ師を含む新たな対イラン制裁を発動。報復攻撃見送る

7月1日、イラン外相が低濃縮ウランの貯蔵量が核合意で定められた上限を超過したと発表。IAEAも確認

7月3日、英仏独の外相とEU外交安全保障上級代表が「合意を壊す措置をさらに取らないように」求める共同声明

7月4日、英海兵隊がイランの30万トン級石油タンカーを英領ジブラルタル沖で拿捕

7月7日、イラン政府がウランの濃縮上限の3.67%を突破すると発表。60日ごとに核合意違反をエスカレートさせていくと警告

7月9日、ジョセフ・ダンフォード米統合参謀本部議長が「中東地域の自由航行を確保するため米国と同盟国は有志連合をつくる方向で動いている」と発言

7月10日、IAEA特別理事会でイランと米国が激しく対立。イラン革命防衛隊が英国の石油タンカーを拿捕未遂

7月14日、イラン革命防衛隊が原油100万リットルを密輸していたとして12人乗り組みのタンカーを拿捕

7月18日、米海軍の強襲揚陸艦ボクサーがイランのドローンを撃墜

7月19日、米国務省と国防総省が関係国を集めてホルムズ海峡などの「海洋安全保障イニシアチブ」を発表

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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