Media Watch2024.09.05

キーワードは「分断」「急展開」――平和博さんが語る2024年アメリカ大統領選と情報空間

2024年11月5日に迫ったアメリカの大統領選挙。現副大統領のカマラ・ハリス氏と、前大統領のドナルド・トランプ氏との争いとなりました。近年の大統領選は、情報空間の混乱が重要な課題となっています。トランプ氏が当選した2016年の大統領選は「フェイクニュース元年」と呼ばれるほど偽・誤情報が注目され、社会に大きな影響を与えました。翻って2024年。今回の大統領選では何が起きているのか、そして日本が向き合うべき課題について、桜美林大学リベラルアーツ学群教授であり、Yahoo!ニュース エキスパートである平和博さんに聞きました。(取材・文:Yahoo!ニュース)

偽情報・誤情報はグローバルリスク

世界経済フォーラムでは、グローバルリスクに関する報告書を毎年まとめています。2024年のグローバルリスクのトップは気候変動で、2番目は生成AIの偽情報・誤情報です。しかも今後2年間のリスクとしては、偽情報・誤情報がトップに挙がっているほどです。その脅威を後押しする形でのAIの広がりが、世界的な「選挙イヤー」における懸念になっています。

2016年のアメリカ大統領選は、フェイクニュースという言葉が世界的な注目を浴びました。その背後にあるのは、ロシアが大統領選に介入するツールとしてフェイクニュースを使ったことです。トランプさんが当選した後、フェイクニュースという言葉は、トランプさんが自身を批判するメディアを攻撃するキーワードとして連呼されました。それによって、保守派の人々の反メディア感情が後押しされました。

2020年のアメリカ大統領選の場合、特にトランプさんを中心として「選挙不正があった」という根拠のない主張が広がりました。それに加わるような形で、「ディープステート(闇の政府)」が不正を行っているなど、陰謀論的な内容の言説が非常に大きな広がりを持ちました。翌年、連邦議会議事堂に多数のトランプ支持者が乱入しました。偽・誤情報、陰謀論の広がりが、現実の社会を混乱させ、民主主義を揺るがすような事態に発展してしまったことが印象づけられました。

大統領選における「分断」と「急展開」

今回の大統領選の特徴ですが、キーワードは大きく2つあると思います。ひとつは「分断」です。アメリカのギャラップという世論調査会社が、1970年代からメディアに対する信頼度の調査を続けていて、開始当初のアメリカ国民のメディアへの信頼度は70%前後と非常に高い数字が出ていたんです。けれども、2016年の大統領選の時は史上最低の32%。2023年の数字もやっぱり32%で、過去最低に並んでしまっています。しかし、民主党支持の人たちは2016年が51%で、2023年は58%まで上がっているんです。一方、共和党支持の人たちは2016年に14%だったのが、23年は11%まで下がってしまっている。つまり2023年の32%という中身については、民主党支持者と共和党支持者の間でメディアに対する信頼度が開いてしまっているんです。

もうひとつのキーワードは「急展開」です。現実の展開が早過ぎるんです。7月13日にトランプさんへの銃撃事件がありました。5日後の7月18日の共和党全国大会での大統領候補指名受諾を含め、トランプさんは非常に力強い存在感を示した。ところがその3日後の7月21日には、今度はバイデンさんが大統領選から撤退して、候補としてハリスさん支持を表明する。その後、「ハリス旋風」とも呼ばれる勢いの中で、ハリスさんは8月22日の民主党全国大会での大統領候補指名受託にいたる。猫の目のように局面が変化し続けました。選挙介入を狙っている外国の工作員ですら、現実に追い付いていないというジョークも出るぐらいの急展開です。それは情報を受け取る一般のユーザーにとっても、ニュースをしっかりと理解して消費するのが、かなり大変な状況だということでもあります。トピックごとに偽・誤情報、陰謀論が拡散されて、情報空間は非常に複雑な状況になっています。

写真:ロイター/アフロ

ハリスさんを巡る偽・誤情報、陰謀論もさまざまなものが出てきています。女性であること、そしてお父さんがジャマイカ出身の黒人、お母さんがインド出身の南アジア人ということで、その出自が攻撃のターゲットにされています。「バーサリズム」という出生地を取り上げた陰謀論です。ハリスさんはカリフォルニアのオークランド生まれのアメリカ国民ですが、両親が移民だから大統領や副大統領になる憲法上の資格がないというような、法的な適格性を疑問視するのがこの陰謀論です。その中心になっていたのはトランプさんで、当時現職の大統領だったトランプさんが、ホワイトハウスの記者会見で記者の質問に答える形で「今日、そういう話を聞いた。本当かどうか分からないが」というような発言をして、注目を集めました。トランプさんはかつて、バラク・オバマ元大統領についても、同じような陰謀論を主張していました。

AIによる偽装ニュースサイトの自動立ち上げ

今回のアメリカ大統領選へのAIの関わりでは、1月のニューハンプシャーの予備選に際して、生成AIによるバイデンさんの偽の音声の自動電話で投票を思いとどまらせるメッセージが有権者に届けられた事例もあります。トランプさんが黒人の支持者に囲まれている画像がネット上に広がったけれども、それは実は生成AIで作り上げたものでした。AIによるディープフェイクスは、すでにある程度、大統領選に浸透しているということですね。

自動化という部分では、国外と国内と2つのプレーヤーがいるんです。今回の大統領選もロシアや中国が動いていることが、アメリカの国家情報長官室(ODNI)という、CIAやNSAといった情報機関の統括組織の調査で判明しています。

ロシア発で、AIを使って偽装のニュースサイトを自動的に立ち上げている事例も指摘されています。レコーデッド・フューチャーというアメリカのセキュリティー会社が調べたところ、5月の3日間で120サイトの自動立ち上げをしているというのです。ニュースガードという、サイトの信頼度のランク付けをするアメリカのニュースベンチャーの調査だと、この偽装ニュースサイトの数はすでに160を超えているといいます。

主にアメリカ国内の保守派がお金を出して、AIを使って偽装ニュースサイトを幅広く展開する「ピンクスライム」も知られています。今アメリカでは新聞社などの本来のメディアの数が減ってきているんです。ピンクスライムなどの偽装ニュースサイトの数のほうが、実際のニュースサイトの数を上回っていることが、ニュースガードの調査で明らかになっています。

写真:ロイター/アフロ

アメリカの行政区分では郡が3,000ほどありますが、そのうち約200の郡では、すでに地元メディアが存在しなくなっています。そして、2週間で5紙のスピードでアメリカの新聞は消えています。それによって、AIが作り出す偽装ュースサイトのほうが数で上回ってしまっているのが現状です。

「政治問題」にされるプラットフォームの投稿監視と管理

だからこそ、プラットフォームが情報をしっかりと管理していくコンテンツモデレーション(違法コンテンツなどの情報の検出、識別、対処を⽬的とした活動)が非常に重要になってきます。欧州連合(EU)では2024年2月に、違法・有害情報に対応するプラットフォームの義務などを定めたデジタルサービス法(DSA)が全面施行されました。プラットフォームが自社サービスにおいて認められるコンテンツ、認められないコンテンツを利用規約上、まずしっかりと策定をしたうえで、それを公開する必要があります。それに基づいて、許容できないコンテンツに対応をしているかどうかの実績についても、透明性、アカウンタビリティー(説明責任)を確保するように求められています。

アメリカの場合は、偽・誤情報、有害情報対策のコンテンツモデレーションが政治問題化しています。その一つのきっかけは、2021年の連邦議会議事堂乱入事件を巡って、プラットフォーム各社が相次いでトランプさんのソーシャルメディアアカウントを停止したことです。共和党のトランプ支持勢力を中心にして、これはプラットフォームによる保守言論への弾圧、検閲である、と反発の動きが出てきました。

プラットフォーム自体も政治問題化の流れのなかで、どんどんとコンテンツモデレーションから距離を置き始めています。顕著なのは旧Twitter、Xですね。2022年10月にイーロン・マスクさんが買収して、翌月には凍結されていたトランプさんのアカウントを復活させました。それに続いて2023年1月にはMeta、3月にはYouTubeが相次いでトランプさんのアカウントを復活させたんです。

2022年の年末から2023年にかけて、米国のIT大手で相次いで大規模リストラがありました。そのなかで、コンテンツモデレーションの人員もリストラの対象になりました。政治問題化とリストラの流れのなかで、プラットフォームによるコンテンツモデレーションも、かつてに比べるとかなり後退しているのが現状です。

メディアができることはたくさんある

意見の異なる人々が、共通する事実に基づいて多様な議論を戦わせる。それが、民主主義が想定したシステムです。その舞台の役割を担ってきたのがメディアです。しかし、ソーシャルメディアなどの情報の領域も急速に広がり、偽・誤情報、陰謀論の占める割合も大きくなっています。事実に基づいて多様な意見を戦わせるという言論のあり方は、どんどん機能しなくなってしまう危険性があると思います。

日本では総務省の「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」で、偽・誤情報対策の議論が続いています。7月にとりまとめの報告書が公開されましたが、大きなメッセージとしては、問題を一挙に解決できるような「狼男を倒す銀の弾」はなく、幅広いマルチステークホルダー(関係機関)による連携と協力が必要、ということだったと思います。プラットフォームが担う責務に加えて、行政やメディア、ファクトチェック機関、企業や研究機関にも、それぞれにまだできることはあるのではないかと述べられています。

情報の扱い方や判断の仕方は、ユーザーのリテラシーの問題です。ただ、メディアは情報発信と併わせて、読者のリテラシーにもコミットはできるはずです。情報の取り扱いのノウハウは、メディアに長年の蓄積がある。それをもっと社会と共有していって欲しいと思います。ステークホルダーがそれぞれにできることは、まだたくさん残っているのではないかと思います。

■平 和博(たいら・かずひろ)さん
桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。著書多数。最新刊に『チャットGPT vs.人類』(文春新書)がある。

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