藤川球児の火の玉ストレート、全盛期はボール3個分ホップ? 投手のデータどう活用
「あの投手は2500回転の球を投げる」と聞けば、いかにも凄い球を投げる投手のように思える。「最速150km/hの本格派右腕」などは昔からよく目にする選手寸評だったが、近年ではテクノロジーの発展により、球速の他に回転数などのデータも注目されるようになってきた。
ただ、そもそも回転数が多い球を投げられることに、どういうメリットがあるのか。プロの投手として活躍するためには、データをどのように活用すればいいのか。スポーツ科学に基づきアスリートのサポートを行う「株式会社ネクストベース」にて、アナリストを務める森本崚太さんに話を伺った。
藤川球児の火の玉ストレートは、ボール3個分ホップしていた
阪神史上最強のクローザー・藤川球児のストレートは、その球速もさることながら、「ホップ」することがバッターにとって最大の脅威だったと言われている。
回転によってボールがどれくらい変化したかを示す指標が「ボール変化量」。その中で上方向に変化したかを示す、つまりは0回転のボールと比べて何cmほど上に到達したかを表したものが「ホップ成分」だ。
「ストレートで回転数が多く、かつ回転軸がバックスピンに近いと、ボールは大きく変化します。ホップ成分の効果は、空振りを奪いやすくなるだけではありません。ホップ成分の大きいボールは、打者の予測より上をボールが通過するため、当ててもフライになりやすいのです。逆に、ホップ成分の小さいボールになると、打者の予測よりも下をボールが通過するので、当てるとゴロになりやすい。これらはデータ的にも証明されています」
いわゆる「伸びのあるストレート」とはホップ成分の大きなストレートのことであり、値が50cm以上になると空振り率が増え成績も向上する。阪神の守護神として活躍した後、メジャーで3シーズンを過ごした藤川球児も、大きなホップ成分で並み居る強打者たちをなぎ倒してきた一人だ。
「メジャー時代のホップ成分は、近年メジャーに挑戦した日本人投手の中でおそらく1番大きく、約55cmです。投げにくいとする投手が多いメジャーのボールでそれぐらいだったということは、渡米前は60cmを超えていた可能性も高いでしょう。」
JFK全盛期にはまだトラックマンなどの測定器はなかったため、予測数値の話になってしまうが、この「60cm超」というのはとんでもない数字だ。ホップ成分は、プロのほとんどの投手が40cm強。ボールの直径は約7.3cmなので、「来るとわかっていても打てない」と言われた藤川球児の火の玉ストレートは、平均的な投手よりもボール2〜3個分ホップしていたことになる。
回転数を上げる秘訣は「リリース時の指のかかり具合」
火の玉ストレートには及ばずとも、投手なら誰もがホップ成分の大きな球を投げてみたいと思うもの。その秘訣は、回転数を上げるリリース方法にあると、森本さんは言う。
「球速と回転数が比例関係にあることは、間違いありません。理論的にも、球速が速いということは、腕を速く振る必要があります。それにより、ボールの回転は増えやすくなります。腕を速く振ること以外には、リリース時の指のかかり具合に大きく依存します」
中指と人差し指が伸展し、指の腹がボールの下をなぞるようなリリースでは、回転数は高まりにくいです。
実際、プロの現場でも、回転数が伸び悩んでいるという選手に対しては、握り方を変えるアドバイスをすることもあるようだ。
「仮に同じ球速、同じ回転軸で投球した場合、回転数が増えるほど、バッターは伸びを感じると思います。バッターの感覚に最も影響を与えるのは、ボールの変化量です。その変化量を構成するのが、回転数と回転軸です。回転軸が綺麗なバックスピンで投球すると、揚力をたくさん受けてボールが大きく変化します。空振りを奪うという観点で言えば、高速でホップ成分の大きなボールを投球することが理想かなと思います」
大事なのは回転数よりもホップ成分
回転数を増やすメリットは、より大きなホップ成分を生みやすくすることだと言える。ただし、回転数が多いからといって、打者との勝負自体が有利になるわけではない。
森本さんが投手のデータを見る時、まず注目するのは「球速」と「変化量」の2項目。その投手のストレートの評価は、それでほぼ完結するという。球速と変化量は成績に直結するが、回転数は変化量を決める要因の1つに過ぎない。
実際、サイ・ヤング賞を3度受賞したメジャー屈指の好左腕クレイトン・カーショウ(ドジャース)、満票でア・リーグMVPに輝いた大谷翔平(エンゼルス)らの回転数は、それほど多くないのだ。
「156km/hの大谷投手と130km/hの高校生、どっちが優れた投手かと聞かれたら間違いなく大谷投手ですよね。しかし、2000回転の大谷投手と2200回転の高校生、どっちが優れた投手かと言ったら高校生とはなりません。回転数にだけ気を取られてしまうことには注意して欲しいです。」
回転数や回転軸は、球質を向上させるために何を改善するべきかを考える段階になって、初めて手をつけるデータ項目だという。成績に直結するのは、回転数よりもホップ成分のほうなのだ。この結論からすると、サイドスローやアンダースローの投手には、避けて通ることができないある致命的な問題が浮上する。
サイドスロー、アンダースロー投手が避けられない問題点
サイドスローやアンダースローの投手は、腕を振る位置の関係上、ホップ成分が小さくシュート成分の大きい球質となる。そのため、スライダーやシュートで翻弄する「横の揺さぶり」は使いやすい一方、伸びるボールが少ないため「縦の揺さぶり」が限られてしまう。縦の変化が少ないということは、水平に近い軌道を辿るバットスイングに当てられやすいということになり、必然的に空振りを奪うための選択肢が減ってしまうのだ。
サイドスローながら非常に完投能力の高かった巨人の斎藤雅樹氏、ヤクルトで抑えを務めた林昌勇氏らは、かなり例外的な存在だ。ストライクを奪うための選択肢が始めから1つ少ない状況は、投手にとって極めて不利だと言えるだろう。
それゆえ、森本さんはアマチュア選手が安易に腕の位置を下げることを推奨していない。
「全員がプロを目指すわけではない学生野球であれば、ベンチ入りを目指して他の投手と違った特徴を見出すのは良いことかもしれません。しかし、大学、社会人を視野に入れている投手の転向は、僕は簡単には賛成できません。打ち取り方の可能性を狭めるリスクがある事を知った上で選択するべきでしょう」
ただし、ホップ成分が小さい場合、ゴロを打たせやすくなるというメリットもある。ゴロピッチャーとして勝負すると決めたなら、やるべきことは大きく2つ。「球速を上げること」そして「投手有利カウントを作れるようにすること」だ。
打球速度は、カウントによって大きく変わることがわかっている。当然、打者有利カウントで上がり、投手有利カウントで下がる。サイドスローやアンダースロー投手は空振りを奪う術に長けておらず、打者有利カウントではゴロを打たせても、打球速度が速いため野手の間を抜かれやすい。だからこそ、強いスイングをさせないためにカウントを支配する必要があるという。
「青柳(晃洋・阪神)が飛躍したのは、制球力が改善し、投手有利カウントを作れるようになったから。元々ゴロを打たせていたけれども、打者が強く振れなくなったことで弱いゴロが増え、好成績が残せるようになったのでしょう」
入団時の青柳は、投げてみないとわからない不安定さがあった。しかし、制球力が改善されたことで、2018年にはファームで6連勝と結果を残し、翌年から1軍に定着。今季はローテーションの中心投手として、13勝を挙げる活躍を見せた。ホップ成分が小さくとも、打者を抑える方法がないわけではないのだ。
投球データ分析の知識が広がればセルフコーチングの時代に
データ分析の進むアメリカでは、ストレートだけでなく変化球に関しても大きな変革が起こっている。ある投手のスライダーを自分も投げてみたいと思った場合、回転軸と回転数が分かれば、握りや投げ方を聞かなくても再現することが可能になってきたのだ。
「ビッグデータを分析することで、打者に対してどのようなスライダーが有効なのかがわかってきています。そのため、簡易的な計測機器などで毎球計測しながら目指すボールのコピーを作っていく、といったことが実際の練習現場でも起きていますね」
データ分析の知識がもっと広がれば、コーチから投げ方を教わるのではなく、選手自身が自らの球質に合わせて「ピッチデザイン」するという、セルフコーチング時代の幕が開く。
「データを測られることに抵抗を持つ選手も多いです。しかし、データを測ることは、自分を知って練習にどう活かすか、パフォーマンスを良くするために何をすればいいかを知るためでもあるのです。ですので、まずは選手自身が自分を知ることから始めてほしいと思います。自分で学び、自分でうまくなっていくことは、これからの選手に求められる資質だと思いますし、今の選手たちならそれが出来ると思うので、頑張ってほしいです」
150km/hのストレートを投げられるのに、思うように空振りが奪えない。もしその原因がホップ成分の少なさにあるならば、回転数を増やすのか、回転軸を直すのか。あるいは、ストレートはゴロを打たせる球種と割り切り、ピッチングを組み立てるのか。昔ながらの根性論ではなく、きちんとしたデータ分析と、それに基づく正しいトレーニングを積んだ選手が結果を残していく。今の野球界は、そんな時代の入り口に立っているのではないだろうか。
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