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“ウクライナ”は対岸の火事なのか~核兵器使用を仄めかすプーチン大統領に対し、広島出身の首相は無反応?

安積明子政治ジャーナリスト
外相時代、プーチン大統領と会談する岸田首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

G7で連帯してロシアを制裁

 2月24日にロシアがウクライナを侵攻したことを受けて、G7首脳がテレビ会談を行った。すでに各国はロシアに対する経済制裁を発表しているが、今回は西側諸国の連携を強調した形だ。

 それを受けて2月25日の午前、岸田文雄首相は会見を開き、新たな経済制裁を発表した。内容はロシア人の資産凍結とビザ発給停止、金融機関を対象とする資産凍結などの金融制裁、さらに軍事関連団体への輸出や半導体の輸出を規制するものだ。

 日本はすでに23日に経済制裁を公表したが、それはロシアが独立を承認した「2つの共和国(ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国)」に限定したビザ発行停止や資産凍結および貿易の禁止にすぎず、いわばアリバイ的なものにすぎない。これに比べれば、共同歩調となった今回の制裁は大きな“前進”といえるだろう。

日本が抱える特殊な背景

 しかしながら、それだけでいいのだろうか。日本は歴史的にも、また地政学的にも、G7の他の国とは違った事情がある。ロシアとの間に北方領土問題を抱える上、日本を飲み込むように太平洋進出を目論む隣の大国・中国はロシアに同情的だ。実際に中国外務省の汪文斌報道官は25日の会見で、ロシアへに対する批判を控えて「侵攻」と表現しなかった。

 もっとも中国とウクライナは2011年には戦略的パートナーシップ関係を宣言し、2021年の貿易総額が190億ドル以上に上るなど、経済的に緊密な関係がある上、ウクライナは中国が提唱する「一帯一路」の一翼を担っている。よって習近平首席は同日、プーチン大統領との電話での会談で、ロシアへの理解を示しつつも、交渉による解決を求めてあえて深入りを避けた。

 なおロシアは昨年末、太平洋艦隊に2隻の戦略原子力潜水艦を就役させた事実は注視すべきだ。その一隻の「ウラジミール・モノマフ」は「ボレイ級」と呼ばれる最新の戦略ミサイル原子潜水艦で、同時に約100弾の核ミサイルの搭載が可能。極東の安全保障の環境は、じわじわと悪化しているといえる。

核使用をほのめかすプーチン大統領

 迫りくるその危機を、日本はウクライナのケースから読み取るべきなのだ。プーチン大統領は2月7日にフランスのマクロン大統領と会談した時、「ロシアは核保有国だ。その戦争に勝者はいない」と、核兵器の使用の可能性を示唆。19日には核弾頭搭載可能な大陸間弾道ミサイルと極超音速巡航ミサイルの演習を行った。

 また24日に行った演説で、プーチン大統領は「ロシアは世界で最も強大な核保有国だ。邪魔する者は誰であれ、歴史上で類を見ないほど大きな結果に直面するだろう」と述べ、再度核兵器の使用の可能性を匂わしてもいる。ストックホルム国際平和研究所の推計によると、2021年1月現在でロシアが保有する核兵器の数は6255で、前年より120減少しているが、アメリカの5550を抜いて世界第1位であることは揺るがない。2000年に大統領に就任以来ずっとロシアのトップに君臨し、憲法改正により2036年までその地位が保証されているプーチン大統領は、まさに人類の運命をその手に握っている。そのパワーが西ではなく東に向かないと、誰が保障できるのか。

 こうしたプーチン大統領の発言に対して長崎市の田上富久市長は25日、「被爆地長崎は強い憤りを感じている」と抗議のコメントを出したが、当然だ。世界で唯一の被爆国として、日本も強く意思表示すべきだ。

 にもかかわらず、岸田首相は、25日朝に開かれた記者会見で、核に関するプーチン大統領の言動に対して積極的なコメントをせず、抽象的に答えている。

「今後については状況の変化をしっかりと踏まえながら、連携は大事にしながら、何が適切なのか、これを状況の変化に応じて機動的に考えていく、こうしたことが大事だと思っています」

被爆地広島出身の総理なのに?

 これでは実質的に無回答に等しい。さらにいえば、政治家としての地政学的センスもなければ、世界に対する平和のアピールもない。そもそも岸田首相の選挙区は、人類最初に被爆した広島市ではなかったか。また安倍政権で外相を務めた2016年5月、オバマ大統領(当時)の広島訪問を実現させ、核軍縮・不拡散には強いこだわりを持つ岸田首相は自ら原爆ドームの案内役を買って出たのではなかったか。

 総理会見の3時間後に立憲民主党の代表会見が開かれたが、プーチン大統領の言動に関する同じ質問に対して泉健太代表は、「ありえない、蛮行だと思う。通常兵器であれ、主権や領土の一体性を侵すような行動、行為は許されない。ましてや核兵器を使うなどということを口にする、または検討する。これはあってはならない。重ねて厳重に非難したい」と強く怒りを込めて述べた。泉氏は超党派で結成するウクライナ友好議連の副会長を務め、2015年にはウクライナを訪問したこともある。また泉氏の選挙区(京都3区)の一部(伏見区)に入る京都市とキエフは1971年以来、姉妹都市として友好を深めてきた。

 なお岸田首相は総理会見後の参議院予算委員会でも、「G7を始めとする国際社会との緊密な連携」を繰り返すばかりだった。それはそれで非常に重要だが、被爆という痛ましい歴史を抱えながら、大国の利害関係がいっそう複雑に絡み合う極東に位置せざるをえない日本のリーダーは、平和と安全な世界を求めてさらに1歩も2歩も踏み出すべきだ。そうした責任を持つ岸田首相は、被爆地を選挙区に持つ政治家としても、ウクライナへの核兵器使用は絶対に許してはならない。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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