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日本が国安法の対象になりつつある香港民主派逮捕と保釈

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
香港民主活動家・周庭氏を国安法違反で逮捕(写真:ロイター/アフロ)

 10日に逮捕された民主派複数名は11日には保釈されたが、今後の動きも含めて、その背景にある香港の特殊な法体系を考察するとともに、敵対的外国勢力がアメリカだけでなく日本にも及んでいることに注目したい。

◆民主派の逮捕と保釈に関する法解釈

 8月10日、香港の民主化運動の象徴の一人とされている周庭さんや中国に批判的なメディア「リンゴ日報」の創始者である黎智英氏等10名ほどが逮捕され、11日には(それぞれ保釈金を積んで)保釈された。

 拘束されていた時間は約24時間だが、まず香港における逮捕と保釈の法体系に関して見てみよう。

 1990年に成立した香港基本法第8条には以下のように書いてある。

 ―― 本法(基本法)に抵触するか、もしくは香港特別行政区の立法府が改正を行う場合を除き、香港でもともと施行されていた法律、すなわちコモンロー、衡平法、条例、付属立法および慣習法は維持されるものとする。

 したがって、今般の逮捕と保釈は、まずはこの基本法第8条に基づいて行われた行為と解釈することができる。

 では次に、香港では逮捕と保釈に関して、どのように規定されているかに関してみてみよう。

 まず香港の保釈には2種類ある。

 一つは「警察保釈」で、もう一つは「法廷保釈」だ。

 香港の法律の第232章には「警隊条例」があり、その52に「警察保釈」が規定されている。条文をそのまま書くのでなく、少し噛み砕いて説明すると、概ね以下のようになっている 。

 ――被疑者が香港警察に逮捕された場合、警察は48時間以内に速やかに起訴し、罪状認否のために治安裁判所(Magistrates' Court)に引き渡す必要がある。もし、警察が事件を起訴するのに十分な証拠があるかどうかを判断するために、さらなる捜査が必要であると判断した場合には、保釈を認め、被告人に定期的に警察署に戻ることや、直接裁判所に出頭することを求めることができる。警察条例は「当該犯罪が重大な性質のものであると判断された場合、または拘留すべきであると信じるに足る合理的な理由がある場合を除き、警察は、保証人の有無にかかわらず、合理的な金額でその者を保釈することができる」と規定されている。

 一方、「法廷保釈」は第221章の「刑事訴訟手続き条例」の9D1に書いてあり、その概要を書くと以下のようになっている。

 ――警察署での保釈申請が不成立の場合もしくは警察署での保釈が認められなかった場合には、勾留されてから48時間以内に、被逮捕者を裁判所に出頭させ、罪状認否の手続きを行う。刑事訴訟法の規定により、被告人は裁判所での最初の審理で、裁判官に保釈を申請することができる。

 このようになっているので、今般の保釈は「警察保釈」であると言える。

 一方、逮捕権限は香港警察にあり、香港政府の警察権の下で逮捕したのは言うまでもない。

◆今後の取り扱いと可能性

 今般の逮捕者はパスポートも取り上げられているので海外に亡命することもできないし今後は香港国家安全維持法(以後、国安法)に即して判断されていくことだろう。

 起訴が決まった場合は、国安法第44条にある以下のような規定によって裁判が進む(以下に列挙するのは、遠藤が重要と判断した概要で、これは『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』の「あとがき」と重複する)。

 ●香港特別行政区行政長官は、全てのレベルの裁判所の裁判官の中から、若干名の裁判官を選び、国家安全に危害を及ぼす犯罪の処理に当たらせる。

 ●行政長官が指名した裁判官の任期は1年とする(遠藤注:もし任命した裁判官が不適切だった場合は他の裁判官を指名することができるようにして、北京の意向通りに判決を出す裁判を執行させる)。

 ●裁判官の任期内に、万一にも裁判官が国家安全を侵害するような言動をしたならば、 国家安全担当裁判官の資格を剥奪する。

 ●国家安全犯罪に関する裁判は国家安全犯罪担当裁判官が審議する(遠藤注:外国籍裁判官に民主活動家の裁判を担当させない)。

 すなわち基本法で規定されたコモンローによる外国籍裁判官には裁判を担当させないというのが骨子であり、今般の逮捕の理由も「外国勢力と結託したという国安法違反容疑」であると思われることから、今後は全て国安法が適用されていく。

 国安法第42条には以下のように書いてある。

 ――香港特別行政区の法執行機関及び司法機関は、香港特別行政区で施行されている勾留及び裁判期間に関する法律の規定を適用するにあたり、国家安全に危害を与える犯罪案件に関して、公正、適時な処理を確保し、国家安全に危害を与える国家安全犯罪を効果的に防止し、抑圧し、処罰しなければならない。

 裁判官が、容疑者が今後二度と再び継続して国家安全に危害を与えるような行為をしないと確信するに足る十分な理由がない限り、保釈を認めてはならない。

 この最後の条文は要注意だ。

 ここからは、ひとたび起訴されて裁判にかけられたが最後、「司法保釈」はまずあり得ないと覚悟しないとならないということが見えてくるのである。無期懲役もあるということだ。

 今般香港警察は「リンゴ日報」から25箱の資料を押収しており、この資料の中にどれほど多くの内容が詰まっているかを考えると、その被害は甚大であろう。

◆日本を巻き込んだ周庭さんの波動効果

 香港市民のほとんどは英語を日常会話としてきたので、民主活動家たちも「英語で」国際社会に情報を発信し、「どうか力を貸して下さい」と訴えてきた。すなわち主として「英語圏」、とりわけアメリカを対象としていた。

 したがって基本法第23条にある「外国の政治組織または団体が香港特別行政区で政治活動を行うことを禁止し、香港特別行政区の政治組織または団体が外国の政治組織または団体と連携することを禁止する」という文言は、主としてアメリカを対象としていた。

 特に香港の中国への返還後も、香港の民主党の創設者・李柱銘氏が、特別行政区としての地位をアメリカが認めた「香港政策法」を根拠に、「アメリカは香港の民主を支援する義務があり、アメリカ大統領が支援の義務を怠る場合は、アメリカとの経済行為を打ち切ることが出来る」と発言したことから、中国政府は殊の外アメリカをターゲットにしてさまざまな動きを見せてきた。

 ところが今般、周庭さんは英語だけでなく日本語も流暢に話す。

 日本のアニメから覚えたようだが、かつて中国大陸では日本アニメは精神文化形成上、無害とされて海賊版が出回り中国大陸を席巻したことがある。

 拙著『中国動漫新人類  日本のアニメと漫画が中国を動かす』で書いたように、1980年代に中国大陸に上陸した鉄腕アトムやスラムダンク、セーラームーン・・・などは、アメリカの「民主を武器として包んだ文化」と違い、政治的意図がないものとして大いに中国の全ての層に歓迎されたものだ。それに比べてアメリカのアニメはそれほど歓迎されたことはなく、特に1989年6月4日の天安門事件は、アメリカの「ジャズやロックあるいはヒッピー文化に隠されているカウンターカルチャー」が「民主という武器」の役割をして、それに惑わされた若者が起こしたものだと位置づけられた側面を持っている。

 だから1990年4月に発表された基本法の第23条には「外国勢力」に対する警戒心が盛り込まれていたのである。

 このとき中国は日本に対して「文化的には」無防備であった。

 しかし今般の周庭さんの場合は違う。

 「日本の皆さん、どうか助けて下さい」という、「香港の民主に関する日本への救助の要望」がそこに存在するのである。

 すなわち、今般の逮捕・保釈などの一連の動きは、「日本が国安法の対象となった」ことを意味していることに気が付かなければならない。

 これまでの「敵対的外国勢力」の中に、アメリカだけでなく「日本」が入ったということだ。

 だからこそ、黄之鋒(ジョシュア・ウォン)も周庭も国安法成立前から裁判中ではあるものの、国安法成立後に目立つ形で真っ先に逮捕したのが「日本に向かって日本語で呼び掛ける」周庭さんだったということになろう。

 日本のメディアは一斉に横並びで「目立つものを追いかける」傾向にあるが、中国の真の狙いを見極める目が必要だろう。

 と同時に、2047年には「一国二制度」は終わり、香港は特別行政区でなくなり中華人民共和国香港市という直轄市になるか、あるいは中華人民共和国広東省香港市などになるという現実が待っている。このとき香港は現在の「資本主義体制」ではなく「社会主義体制」の中に組み込まれることが明確になっている。民主や自由どころの騒ぎではない。

 そのエンディングに向かって行く過程の中で、如何にして「香港の民主」を語るのか、そして民主が実現するのか、慎重に判断しながら前に進まなければならないのではないかとも思うのである。

(本コラムは中国問題グローバル研究所GRICIのウェブサイトからの転載である。)

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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