素粒子物理学の偉業!仮説上の粒子「グルーボール」を発見か
どうも!宇宙ヤバイch中の人のキャベチです。
今回は「仮説上の粒子グルーボールを遂に発見か」というテーマで動画をお送りします。
中国科学院高エネルギー物理研究所のチームは、仮説上の粒子であるグルーボールを生成することに成功した可能性があると、2024年5月に発表しました。
これまで仮説上の存在だったグルーボールが実在することが示せれば、人類がミクロな世界を理解する上で信頼している理論が正しいことの裏付けとなります。
今回のニュースは理解するために必要な前提知識が普段より多めなので、それらをじっくり解説してから本題に触れていきます。
●4つの力と標準理論
重力、磁石の力、摩擦力、弾性力など、私たちの日常には様々な力が働いています。
よりミクロな世界やマクロな世界にも様々な力が働いているはずです。
しかしその根源を辿ると、宇宙に存在するあらゆる力は全て「重力」「電磁気力」「強い力」「弱い力」という4つの力に分類できると考えられるに至りました。
それぞれの力について見ていきましょう。
まず「重力」は、質量を持つ物体が周囲の物体を引き付ける「万有引力」のことです。
私たちが地球上で何気なく生活できるのは、私たちの体に地球の中心へ向かう重力が働いているためです。
次に「電磁気力」は、+と-の電荷同士でひきつけ合い、同じ電荷同士だと反発し合う電気的な力のことです。
磁石などの磁力も、この電磁気力で説明可能であると知られています。
そして日常スケールに出てくる重力以外の力は全て、この電磁気力で説明できます。
例えば私たちが物を押したり、持ったりできるのも、原子に含まれる電子が持つ-の電荷同士が反発する、電磁気力のためです。
残る「強い力」と「弱い力」は、ミクロの世界でのみはたらく力であり、私たちが実感することはありません。
「強い力」は、そのまま「強い力(strong force)」が正式名称の力です。
電磁気力と比べて約100倍強いので、このように呼ばれています。
「強い力」は、原子核内の陽子、中性子たちを結び付ける力です。
電磁気力より強い「強い力」が働いているからこそ、+の電荷を持つ陽子が集まった原子核が分離せずに存在できています。
また、陽子と中性子は「クォーク」という素粒子が3つ結びつくことで形成される粒子ですが、そんなクォーク同士も、同じく「強い力」で結びついています。
最後に「弱い力」は、そのまま「弱い力(weak force)」が正式名称の力です。
電磁気力と比べて非常に弱いため、このように呼ばれています。
「弱い力」は、ある粒子を別の粒子に変える力です。メジャーな例では、「ベータ崩壊」が挙げられます。
ベータ崩壊は、原子核内の中性子が陽子に変わり、電子が放出される現象です。
そんなベータ崩壊も、「弱い力」によって引き起こされています。
なお重力は、「弱い力」とも比べ物にならないほど圧倒的に弱い力です。
そのためミクロの世界において重力はほとんど無視できます。
しかし宇宙空間のようなマクロなスケールでは、重力が環境を支配しています。
これは「強い力」や「弱い力」がミクロのスケールでしか働かない力であることに加え、マクロなスケールにおいて電荷は+と-で打ち消し合って中性的となり、電磁気力の影響もほとんど見られなくなるためです。
○標準理論(標準模型)
この宇宙には、それ以上に分解できない最小単位の粒子である「素粒子」が存在し、それらが作用することであらゆる物理現象が成り立つと考えられています。
素粒子物理学の最先端の理解が反映された「標準理論(標準模型)」というモデルでは、17種類の素粒子によってあらゆる物理現象をほぼ的確に説明できます。
先述の4つの力のうち、重力以外は正確に記述可能です。
深入りするとさらに長くなるので要点だけ話しますが、標準理論の素粒子のうち、今回の本題に大きく関連するのは「クォーク」と「グルーオン」です。
クォークは、物質を構成する素粒子のうち、強い力を受けるものの総称です。
物質を構成する原子(特に原子核)に含まれる陽子と中性子は、アップクォークとダウンクォークが3つ組み合わさって形成されています。
またグルーオンについて、ミクロなレベルでは、力は素粒子のやり取りで伝わると考えます。
電磁気力を伝えるのは光子、弱い力を伝えるのはZボソンとWボソン、そして強い力を伝えるのがグルーオンです。
●量子色力学
今回の本題は、4つの力のうち「強い力」が主役になります。
強い力は、「量子色力学」という理論によって深く理解されています。
○理論の概要
標準理論において、強い力に関係する素粒子はクォークとグルーオンです。
クォーク同士や、複数のクォークが結びついて形成された粒子同士も、グルーオンを通じて強い力で結びついています。
グルーオンはクォーク同士を結び付ける「糊(グルー)」のような役割を持つことから、「グルーオン」と名付けられました。
電磁気力が働く物質が+と-の電荷を持つように、強い力が働く物質は「色荷」を持ちます。
色荷を持つ素粒子は、クォークとグルーオンのみです。
逆にそれ以外の素粒子は色荷を持たないため、強い力が作用しません。
○色荷と光の三原色
色荷を持った素粒子の振る舞いを理解するために、「光の三原色」の概念が役立ちます。
赤、緑、青の光を「光の三原色」と呼び、これらの色の光の配分を変えることで、全ての色を表現できます。
三原色の光が同じ強度で重なると白くなります。
赤と緑の光が重なると黄色ができますが、黄色と青い光が重なると三原色全てが揃うことになり、結局白くなります。
同様に緑とマゼンタ、赤とシアンの光を重ねても白くなります。
重ねると白くなる青と黄色、緑とマゼンタ、赤とシアンの関係はそれぞれ「補色」であるといいます。
本動画では便宜上、黄色を「反青」、マゼンタを「反緑」、シアンを「反赤」と表記します。
また、反赤、反緑、反青の光を重ねても、結局三原色の光が揃うことと同義なので、白になります。
強い力を感じる素粒子(クォークとグルーオン)は、一つ一つの粒子と反粒子が、光の三原色とその補色にあたる「色」を持っていると考えます。
素粒子が持つ色を「色荷」と呼びます。
より具体的に、クォークは赤、緑、青のいずれかの色を、反クォークは反赤、反緑、反青のいずれかの色を持ちます。
グルーオンは単体で、色と反色のセットを持ちます。
あくまで数学的な概念を直感的に理解しやすいように、光の三原色になぞって「素粒子が色を持っている」と例えているだけであり、これらが実際に物理的な色を持っているわけではない点に注意です。
○クォーク同士の結合
強い力で粒子が結合するとき、「結合する粒子の色荷を合わせた時、必ず白になるように結合する」という大原則があります。
逆にこの原則をイメージしやすいように、光の三原色になぞって「色荷」という概念が導入されました。
実際にクォークや反クォーク同士が結合するパターンを考えてみましょう。
まず2つのクォークや反クォークが結合して1つの粒子を形成する場合、あわせて白になる色の組み合わせには「赤+反赤」や「青+反青」などがあります。
これらはクォークと反クォークのペアであり、このようなペアから成る粒子をメソン(中間子)と呼びます。
また、3つのクォークや反クォークが結合して1つの粒子を形成する場合、あわせて白になる色の組み合わせには、「赤+緑+青」、「反赤+反緑+反青」などがあります。
このように3つのクォークが組み合わさって形成される粒子を「バリオン」と呼び、原子核に存在する陽子や中性子もバリオンの一種です。
さらに、それ以上の数のクォークが組み合わさって1つの粒子を形成することもあります。
例えば4つのクォークから成る「テトラクォーク」などです。
また、単体のクォークは白ではないので、クォークは単体では存在できないことになります。
これを「クォークの閉じ込め」といいます。
膨大なエネルギーを与えてクォークのペアを無理やり引きはがそうとすると、与えたエネルギーから新たにクォークが対生成され、クォークのペアが増えるだけです。
○グルーオンの色荷と結合
力を媒介する素粒子であるグルーオン自体も色荷を持ち、クォーク同様に全体で白の場合のみ結合が成立します。
それぞれのグルーオンは、「色」と「反色」の組み合わせの色荷を持ちます。
例えば「赤と反緑」、「青と反赤」などといった具合です。
色と反色の組み合わせにより、グルーオンは8種類存在します。
強い力を媒介するグルーオンが色荷を持つことは、電磁気力を媒介する光子の電荷が0なのと対照的です。
よって光子同士が結びついて光の球を形成することはありませんが、グルーオン同士は結びつくことができると、理論的に予想されていました。
グルーオンのみが複数結びついて形成された仮説上の粒子を「グルーボール」と呼びます。
グルーボールは長年存在が予想されていたものの、実際に発見することは理論的にも技術的にも困難であり、前例がありませんでした。
●「グルーボール」を遂に発見か!?
中国科学院高エネルギー物理研究所のチームは、仮説上の粒子であるグルーボールを生成することに成功した可能性があると、2024年5月に発表しました。
○J/ψ粒子について
チームが行う粒子加速器を用いた「BES III実験」では、「J/ψ」と呼ばれる粒子の検出数が100億個を超えており、世界最高水準を誇っています。
この「J/ψ粒子」が、グルーボールの検出に重要になります。
J/ψ粒子は、チャームクォークと反チャームクォークから成る中間子です。
J/ψ粒子は寿命が短く、約64%の確率で3つのグルーオンに崩壊します。
この際、グルーボールが実在するとすれば、極稀にグルーボールが生成される可能性がありました。
さらにJ/ψ粒子自体が現代の技術では比較的容易に生成可能であることから、グルーボールを探るのに最適な存在と言えます。
○未知の粒子「X(2370)」の正体
BES III実験のデータから、「X(2370)」と呼ばれる粒子が発見されました。
この粒子の質量は、発見当初「2370MeV/c^2」と求められており、そこからX(2370)と命名されました。
2024年5月に発表された最新の研究の結果、X(2370)のより正確な質量は「2395MeV/c^2」であると判明しました。
そしてこれは量子色力学の最新理論による、2つのグルーオンから成るグルーボールの質量予想値と見事に一致しており、偶然の一致である確率は極めて低いです(11.7σ)。
ただしX(2370)の実際の生成率が、グルーボールの生成率の理論的な予想よりもかなり高いことなど、未解決の問題も残っており、新発見についてもまだ慎重でいるべきではあります。
仮説上の存在だったグルーボールが実在することを示せれば、量子色力学を始めとした、人類がミクロな世界を理解する上で信頼している理論が正しいことの裏付けとなります。
少なくともグルーボールが実在することを示す人類史上最強の証拠が得られたのは事実であり、朗報と言えるでしょう。