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朝食にトレーニング、午後の稽古――大相撲で新たな試みに挑戦する元嘉風の中村親方「毎日が楽しく充実」

飯塚さきスポーツライター/相撲ライター
名古屋場所中に話を伺った、元関脇・嘉風の中村親方(写真:筆者撮影)

6月に二所ノ関部屋から独立し、中村部屋を興した元関脇・嘉風の中村親方。現役時代に自身が所属した尾車部屋からの弟弟子・友風、新十両の嘉陽をはじめ、計8人の力士が生活を共にする。

中村部屋は、朝ごはんの導入、午前・午後の二部練、酸素カプセルの設置など、新たな試みを取り入れ話題だ。その意図は何か。あらためて、師匠である中村親方に聞いた。

6月に独立「到底一人ではできませんでした」

――茨城県にあった二所ノ関部屋から独立して、両国国技館にほど近い旧陸奥部屋の建物に中村部屋を興した親方。国技館から一番遠い部屋から一番近い部屋になりました。どんな経緯でしたか。

「昨年12月に、(前)陸奥親方(元大関・霧島)の退職を前に音羽山親方(元横綱・鶴竜)が独立されて部屋を出ました。そこで、私の師匠である(前)尾車親方(元大関・琴風)が陸奥親方に話をしてくださったことで、とてもいい環境の建物に移ることができました。同時に、お世話になっている後援会長に名古屋の宿舎も探していただきましたし、本当に到底一人では独立できませんでした。いろんな方々に背中を押していただいて、部屋を持てたと思います」

――そんな中村部屋では、朝食やトレーニングの導入、午後の稽古など、大相撲の伝統を越えてさまざまな新しい取り組みをされています。どんな意図でしょうか。

「私は30歳を超えて三役に上がりました。年を重ねて、稽古の番数を増やしても続かないだろうと思った私が行きついたのがトレーニング。専門家のトレーニングコーチについてもらって、筋力を増やして体を強くしようと思ったんです。すぐには成果が出ませんでしたが、続けていくうちに、200キロ近い大型力士と対戦しても体に痛みがなく、目一杯相撲を取れるようになったんです。加えて、トレーニングコーチに栄養のとり方も教わりました。体に栄養がある状態で稽古したほうがいいということで、高たんぱくな朝食をとってから稽古場に行くようになり、多いときは1日5食の生活。こうして、質の高いパフォーマンスを出すことができました」

――ご自身の経験から、朝食を取り入れているんですね。部屋の力士たちは、どんな1日のスケジュールですか。

「6時半に起床して、7時に朝食。片付けと掃除をして、9時半~10時から1時間ちょっとトレーニングをします。終わったら全員でちゃんこを作って、少しゆっくりしたら、午後3時くらいからまわしを締めて稽古をします。朝食をとる分、単純に総摂取カロリーが多くなるので、筋力トレーニングもアジリティトレーニングも稽古もして、たくさん消費しようという考え方です。たくさん体を動かす分、休養も大切なので、週に2日は休みにしたいと思っています」

――朝ごはんは、具体的にどんなものを食べているんですか。

「おにぎりやサラダチキンといった高たんぱくのものが多いんですが、場所中はスムージーです。プロテイン、バナナ、ヨーグルト、ブルーベリー、蜂蜜、雑穀米パウダーを混ぜて作ります。アメリカの大学のアメフトチームは、朝起きたらみんなスムージーとベーグルを食べていて、食べないとミーティングにも参加できない、つまりトレーニング前の栄養摂取を徹底しているそうです。いまはトレーニングメニューを含め、自分が考えてやらせていますが、いずれはトレーニングも栄養も、専門家にコーチとして来てもらって任せたいなという考えでいます」

人間形成も大切 「家族のような部屋にしたい」

――部屋には酸素カプセルも置いてあると伺っています。休養にも重点を置いているんですよね。

「はい。この酸素カプセルは、もともと自宅にあって使っていたものです。将来部屋をもったときに使えるなと思って、とっておいていました。正直、疲れが取れる実感はないんですけど(笑)、寝不足のときに30分でも中に入ったら、眠れないままベッドで横になっているよりは睡眠不足が解消されるので」

――本当に、どれもこれまでの角界の常識を覆すような新しい取り組みですね。

「正直、私の現役当時、師匠の尾車親方も言いたいことはあったと思うのに、結果的に自分のやることを理解して許してくれていました。師匠に恵まれていたし、そういう関係性がありがたかった。いま自分がやっていることも、相撲界の伝統から逸脱しているといわれることがありますが、決して伝統をないがしろにしているわけではありません。いまはまだ試行錯誤の途中であるだけなので、もしかしたら半年後にまた朝稽古をしているかもしれませんしね。とにかく、自分が必要だと思う環境は整えたので、やるからにはみんなに必要だと思ってやってもらいたいし、失敗を重ねながら、よりいいものを模索していきたいです」

――十両の友風関、そしてこの名古屋場所で新十両の土俵に上がっている嘉陽関をはじめ、部屋での皆さんの様子はいかがですか。SNSなど拝見すると、みんなのびのび生活しているように見えます。

「みんな仲がよくてのびのびはしています。ただ、師匠である私も、関取も、若い衆も、みんなが互いに感謝とリスペクトの気持ちをもつ関係にしていきたい。新弟子が部屋のことをなんでもやるというシステムではなく、私もなるべく片付けや洗い物、時にはトイレ掃除もするようにしています。みんなで協力し合って、落ち込んでいるやつがいたらみんなで引き上げてあげる。そんな、家族みたいな部屋を作りたいです」

――相撲が強いだけじゃダメなんですね。

「強い力士を育てることに加えて、人間形成ですね。人のために時間を使うことは、徳を積むことになると思うので」

――この名古屋場所は、どんなことに期待していますか。

「まず、幕内の優勝争いは大の里じゃないですか。序盤は負けてしまいましたが、このままじゃ終わらないと思うし、今場所も期待です。あと、うちの部屋では、たとえ負けても元気いっぱいにのびのびと相撲を取った弟子に『ハッスル賞』の贈呈を約束しました。私の独断と偏見で選びますが、人数制限がないのでみんなの励みになれたらと思います」

――とにかく、親方ご自身が楽しそうで、生き生きとしていて、よかったです。

「本当に毎日が楽しく、充実しています。弟子が土俵に上がるたび、応援の気持ちと改善点を分析してもっと強くしてやろうという気持ちで、常にアドレナリンが出っぱなし。力士たちには、強くなるためにもっと自分から稽古もトレーニングもしてほしいし、自分自身も指導力の追求に終わりはないと思っているので、とにかくコミュニケーションをとって、集中できる環境、のびのび相撲を取れる環境を整えることが、私の仕事だと感じています」

スポーツライター/相撲ライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライター・相撲ライターとして『相撲』(同社)、『Number Web』(文藝春秋)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書に『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』。

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