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慰安婦問題 日本は国際司法裁判所に提訴して勝てるか?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
国際司法裁判所(ICJ)(写真:ロイター/アフロ)

 ソウル中央地裁が8日、故人を含む元慰安婦12人が日本国(政府)を訴えた損害賠償訴訟で日本政府に対し原告1人につき1億ウォン(約950万円)の賠償支払いを命じたことに日本政府は「断じて受け入れらない」として、国際司法裁判所(ICJ)への提訴を検討しているようだ。

 日韓の最高裁が真逆の判決を下している以上、元徴用工の問題も含めてICJで白黒を付けるのも一つの選択肢かもしれない。何よりも「一国の裁判所が他国を訴訟当事者として裁くことはできない」とする国際慣習法上の「主権免除」(国家免除)の原則が受け入れられなかった以上、日本とすれば、これ以上韓国の裁判所で争っても仕方がないかもしれない。

 実際に今回、仮に控訴したとしても、ソウル中央地裁の判決が「韓国政府が元慰安婦の賠償請求に関する日韓間の協定解釈の相違をめぐる争いを解決しないことは憲法違反」とするとの2011年8月の憲法裁判所の判決と、元徴用工問題で新日本製鉄(当時・新日鉄住金)に対し原告4人に1人あたり1億ウォン(約1000万円)の損害賠償を命じた2018年10月の大法院(最高裁)の判決をベースにしている以上、判決がひっくり返ることはなさそうだ。

 しかし、ICJに提訴して、慰安婦問題が国際問題化すれば、断ち切りたいはずの「日本の負」がクローズアップされ、蒸し返されるのも得策でないとの判断もあって政府の中には慎重論もあるようだ。

 本来ならば、日本が提訴する側なので、日本が原告で、韓国が被告でなければならないが、朴槿恵前大統領が2013年に「3.1独立記念日」での演説で「(日本と韓国の)加害者と被害者という歴史的立場は1000年の歴史が流れても変わることはない」と発言したことからも明らかなように韓国は元慰安婦問題や元徴用工問題での日韓の立場は「加害者」対「被害者」の立場にあるとして国際社会に訴えている。従って、日本としてはそうしたリスクは当然、覚悟しなければならないだろう。

 実際に日本政府が提訴するかは定かではないが、当然韓国が同意しなければ、ICJで裁くことはできない。では、仮に韓国が応じた場合、日本は絶対に勝てるのだろうか?「もしかすると、負けるかもしれない」との不安は全くないのだろうか?

ICJに提訴した場合の日本の利点はおそらく以下、3点であろう。

第一に、ICJが「主権免除」を認めていることだ。

 イタリア最高裁判所がドイツ政府を相手取って起こした第2次世界大戦当時のイタリア人強制労働者の損害賠償請求訴訟で原告勝訴の判決を下したことを不服としたドイツ政府がICJに「主権免除の原則に違反する」として提訴し、その結果、2012年に勝訴を勝ち取ったことだ。前例に従えば、ICJは日本に軍配を上げることになる。

次に、ICJの裁判官に日本人が加わっていることだ。

 ICJの裁判官は国連総会と国連安全保障理事会で選出される。現在、国連常任理事国の5人を含め15人いるが、日本からは岩沢雄司東大教授が2018年6月に選ばれている。日本は1970年から1975年を除けば1961年から今日まで裁判官を輩出してきた。韓国は逆にこれまで一人も選ばれていない。WHO(世界貿易機構)同様にICJの裁判官は国際訴訟では中立的な立場を保つとはいえ、日本人の裁判官がいることは日本にとって心強いはずである。

第三に、慰安婦問題では「請求権問題は完全に解決した」とされる「日韓条約」と韓国政府が「最終的かつ完全に解決した」ことに同意した「日韓慰安婦合意」の二つの国と国が約束した「国際法」が存在することだ。

 特に、安倍政権と朴槿恵政権下で2015年12月に交わされた「日韓慰安婦合意」では日本政府は責任を痛感し、「心からおわびと反省の気持ち」を表明したうえで「全ての元慰安婦の心の傷を癒す」ためとして10億円を拠出していることだ。

 金銭補償については1995年にもアジア助成基金を設置し、政府の出資金も含め総額4億円を募り、元慰安婦に対して一人当たり200万円の「償い金」を渡していることから日本としては決着済である。だからこそ韓国政府も「今回の合意により,日本政府と共にこの問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」(尹炳世外相)としてサインしたわけだ。これが日本にとっては何よりの自信の裏付けとなっているようだ。

 提訴する、しないは別にしても、提訴を示唆するだけで韓国への外交圧力となり、韓国の不当判決、国際法違反を国際社会にアピールすることができるとの計算も働いているようだ。

 これに対して韓国は元徴用工問題の時には「負けたら大法院(最高裁)の権威が損なわれる」としてICJへの提訴に同意しなかったが、今回は法曹界の一部には受けて立つべきとの声も上がっている。

 韓国では▲最近の国際法は国家ではなく、被害者個人の権利である人権を重視していること▲日本の政府も最高裁も個人の請求権が消滅していないことを認めていること▲国連人権委員会などが日本政府に法的責任の受託と被害者への賠償などの勧告を出していること▲強制性はないものの一昨年も国連人種差別撤廃委員会が「日本は慰安婦問題では被害者中心にアプローチすべき」と提言していることからICJで争っても勝てると踏んでいるようだ。

 明後日の13日にも元慰安婦ら20人が計約30億ウォンの賠償を求めた訴訟の判決があるが、仮に敗訴となった場合、日本政府は韓国政府に撤回を求めるだけの単なるコメントだけで済ますのだろうか?

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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