「組織的証拠捏造」可能性認める袴田事件“再審開始決定”、検察の特別抗告は許されない
3月13日、袴田事件で、東京高裁(大善文男裁判長)で再審開始決定が出された(以下「大善決定」)。捜査機関によって、確定判決で有罪の決め手の一つとされた証拠について「捏造された可能性が極めて高い」との判断まで示された。検察は、法的には特別抗告を行うことが可能だ(期間は、決定の翌日から5日、土日を挟んで20日が期限)。
しかし、死刑判決の確定から43年、静岡地裁の再審開始決定からも9年が経過しており、87歳という袴田氏の年齢、健康状態を考えれば、これ以上の審理の遅延は、到底許容し難い。検察は特別抗告を行う方針と報じられているが、袴田氏の冤罪救済を求める支援者のみならず、社会全体からも、特別抗告を断念し、一日も早く再審を開始するよう求める声が検察に押し寄せている。
以下に述べるような再審請求審の経過と実質的な争点を考えれば、大善決定に対する検察の特別抗告は許されるものではない。
静岡地裁の再審開始決定
確定した有罪判決に対して裁判のやり直しを求める再審が開始される要件には様々なものがあるが、その多くは、「無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見した」(刑訴法435条6号)と認められた場合、つまり新規性、明白性を充たす証拠とされた場合である。
2014年3月に、静岡地裁(村山浩昭裁判長、以下、「村山決定」)で再審開始決定が出されたが、そこで、「明らかな証拠」とされたのは、以下の2つだった。
(1)袴田氏が逮捕・起訴され公判審理が行われていた最中に味噌樽の底から発見され、袴田氏が犯人であることを裏付ける有力な証拠とされている5点の衣類や被害者が着用していた着衣等から血液細胞を他の細胞から分離して抽出する「細胞選択的抽出法」を実施した上で、採取した試料のDNA鑑定を行った結果、袴田氏のDNA型とは一致しないという本田克也筑波大学教授のDNA鑑定(以下、「本田鑑定」)。
(2) 5点の衣類には付着した血痕の色の赤みが残っていたとされるが、1年以上味噌に浸かっていたとは考えられないことを実験によって証明したとする「味噌漬け実験報告書」。
村山決定は、(1)(2)が、いずれも、新規性、明白性を充たす証拠だとして、再審開始を決定したが、その最大の根拠とされた(1)の本田鑑定には、後述するように、科学的鑑定と評価できない杜撰なものだという批判があり、その信用性に大きな疑問があった。
地裁での再審開始決定に対しては、ほとんど例外なく、検察は即時抗告を行い、高裁で決定が取り消されることも多かった。それまでは、死刑の確定判決に対する再審が地裁で決定されても、死刑の執行が停止されるだけで、その前提となる勾留まで停止することはなかった。しかし、村山決定は、地裁段階の再審開始決定で死刑囚の釈放を命じるという異例の措置をとった。
釈放された袴田氏は、自由の身となって支援者・家族の元に戻った。釈放された死刑囚が公の場に姿を現わせば、その映像的な効果によって、社会全体に袴田氏の「冤罪」「無実」が確定的になったと認識することになり、その後、再審開始決定が取り消され、袴田氏が収監された場合、「無実の人間を強引に収監して死刑を執行しようとする無慈悲な刑事司法」と受け止められ、強烈な反発が生じることは必至だった。
東京高裁決定による再審開始決定取消
これに対して、検察官が即時抗告し、3年半にわたる審理の末、東京高裁(大島隆明裁判長、以下、「大島決定」)は、(1)(2)は、いずれも「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」には当たらないとして、再審開始決定を取消し、再審請求を棄却した。
大島決定は、(1)については、その根拠となった本田克也筑波大学教授のDNA鑑定(以下、「本田鑑定」)対して、以下のように述べて、信用性を否定した。
と判断した。(2)については、
として村山決定の判断を覆した。
5点の衣類が、その血痕の色等から、袴田氏が、犯行後に味噌樽の底に隠したものではないとすると、他の者が、味噌樽の底に入れたことになり、それを行うとすれば警察の可能性が高いということになる。それについて、村山決定では「警察は、人権を顧みることなく、袴田を犯人として厳しく追及する姿勢が顕著であるから、5点の衣類のねつ造が行われたとしても特段不自然とはいえず、公判において袴田が否認に転じたことを受けて、新たに証拠を作り上げたとしても、全く想像できないことではなく、もはや可能性としては否定できない。」としたが、大島決定は、次のように述べてその可能性を否定した。
自白追及の厳しさと証拠のねつ造の可能性を結び付けるのは、相当とはいえない。これまでしばしば刑事裁判で自白の任意性が問題となってきたように、否認している被疑者に対して厳しく自白を迫ることは往々にしてあることであって、それが、捜査手法として許される範囲を超えるようなことがあったとしても、他にねつ造をしたことをうかがわせるような具体的な根拠もないのに、そのような被疑者の取調方法を用いる捜査当局は、それ自体犯罪行為となるような証拠のねつ造をも行う傾向があるなどということはできず、そのような経験則があるとも認め難い。しかも、そのねつ造したとされる証拠が、捜査当局が押し付けたと主張されている自白のストーリーにはそぐわないものであれば、なおさらである。
最高裁決定による差戻し
東京高裁の即時抗告審で、静岡地裁の再審開始決定が取り消されたことに対しては、袴田氏の冤罪救済を求め、支援する人達からは強い反発と批判の声が上がった。
弁護人が、最高裁に特別抗告したところ、2020年12月、最高裁は大島決定を取消し、同高裁に差し戻した。
この最高裁決定は、(1)について、村山決定は本田鑑定の証拠価値の評価を誤った違法があるとした前高裁決定は、結論において正当であるとし、大島決定を支持し、(2)についても、
とした。
最高裁は、大島決定が村山決定を否定して、再審決定を取消した判断の大部分を支持したが、「メイラード反応の影響」という一点についてだけ、大島決定の審理不尽を指摘して、東京高裁に差し戻したものだった。
こうして、東京高裁に差し戻された袴田氏の再審請求について、審理が尽くされた末に、出された決定が、2023年3月13日に出された今回の決定だった。
大善決定は、
とし、新旧証拠を総合評価した上で、
として、静岡地裁の再審開始決定に対する検察官の即時抗告を棄却し、袴田氏に対する再審開始を決定した。
以上が、これまでの袴田氏の再審請求審の審理の経過である。
静岡地裁の再審開始決定が出された当初、最大の争点だったのは、前記(1)の本田鑑定が科学的鑑定として評価できるかだった。
本田鑑定は、「細胞選択的抽出法」によって、「50年前に衣類に付着した血痕から、DNAが抽出できた」というもので、もし、それが科学的手法として確立されれば、大昔の事件についてもDNA鑑定で犯人性の有無の決定的な証拠を得ることを可能にするもので、刑事司法の世界に大きなインパクトを与える画期的なものだった。しかし、そのような方法によって「DNAが抽出できた」というのであれば、その抽出の事実を客観的に明らかにするデータが提示される必要があるが、鑑定の資料の「チャート図」の元となるデータや、実験ノートの提出の求めに対し、血液型DNAや予備実験に関するデータ等は、地裁決定の前の時点で、「見当たらない」又は「削除した」と回答するなど、実験結果の再現性に重大な問題があった。
本田鑑定は、科学的鑑定と評価できない杜撰なものであり、前記(1)について、それを根拠に再審開始を決定した静岡地裁の判断は不合理だった(【袴田事件再審開始の根拠とされた“本田鑑定”と「STAP細胞」との共通性】。大島決定が、村山決定は本田鑑定の証拠価値の評価を誤った違法があるとして本田鑑定の信用性を否定し、その判断を最高裁も支持したのは当然だった。
実質的な争点は「捜査機関による組織的証拠捏造」の可能性
本田鑑定に代わって、大島決定に対する特別抗告審以降、再審請求の争点になったのが、前記(2)の「味噌漬け実験報告書」だった。
「5点の衣類には付着した血痕の色の赤みが残っており、それが1年以上味噌に浸かっていたとは考えられないこと」が科学的に証明できるかどうかが、「無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見したとき」と認められるか、をめぐって、実験や多くの証人尋問が行われた。
弁護側の主張は、「5点の衣類に付着した血痕の味噌樽の中での変色の程度・速度」という客観的事実から「味噌樽に衣類を隠したのは袴田氏ではない」という事実が導かれ、それが、「袴田氏が犯行の際に着用していた着衣」という証拠を消失させ、「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」になるとの主張だった。これに関して、最高裁決定で、「5点の衣類に付着した血痕の味噌樽の中での変色の程度・速度」を科学的に明らかにすることが求められた大善決定では、その点について徹底して審理し、「味噌樽に衣類を隠したのは袴田氏ではない」という認定にたどり着いた。
しかし、「5点の衣類に付着した血痕の味噌樽の中での変色」というのは、50年以上前のことであり、それを厳密に客観的に再現することができるわけではない。結局のところ、どちらの結論を導こうとするかによって、その「科学的な推定」の中身が左右されることは否定し難い。
そういう意味では、「警察による組織的な証拠の捏造が行われた可能性」についてどう考えるかが実質的に重要であり、その点こそが、大島決定と大善決定とで判断が分かれた決定的な要因だったと見るべきであろう。
大島決定は、当時の警察が、仮に、袴田氏を有罪にするためにあらゆる手段を使おうとしていたとしても、無関係の衣類を袴田氏の着衣のように偽って、味噌樽の中から発見するという行為は、「過酷な取調べの末に得られていた袴田氏の自白とは全く矛盾する証拠を、発覚のリスクを冒して敢えてねつ造する」という、全く合理的ではない行動を警察組織が行ったことになるので、このような「証拠のねつ造」を疑うことは、警察がいかに人権を無視した過酷な取調べを行っていたとしても困難だとして、村山決定が認めた証拠捏造の可能性を否定するものだった。
冤罪事件や再審の歴史は、警察や検察による証拠の「隠ぺい」の歴史だったと言っても過言ではないほど、過去の多くの事件で、不当に証拠が隠されていたことが、真相解明を妨げてきた。また、警察でも証拠の改ざんが刑事事件に発展した事例も過去に発生している。検察においても、現に、大阪地検特捜部の証拠改ざん事件という「改ざん」事件が発生しており、警察や検察による「証拠に関する不正」が行われる抽象的な可能性があることは、否定できるものではない。
しかし、日々発生する膨大な刑事事件の摘発・捜査・処分が、現場の警察官・検察官によって行われ、その職務執行が基本的に信頼されることで刑事司法が維持されているのであり、それら全体に対して、常に証拠に関する不正を疑うことはできず、疑うのであれば、相応の根拠がなければならない。しかも、この袴田事件では、逆に、捜査機関の証拠捏造があったとすると「袴田氏の自白と矛盾する」ことになり不合理だ、というのが大島決定の考え方だ。
それは、従来の刑事裁判所の一般的な考え方とも言えるだろう。袴田事件の当初の裁判の過程では、味噌樽の中から発見された衣類を実際に袴田氏に着用させる実験を行った結果、サイズが合わず、着用させることができなかった、という袴田氏の犯人性に重大な疑問を生じさせる事実も出てきたが、それでも、控訴審も、最高裁も有罪の判断を変えなかった。その最大の理由は、大島決定と同様の理由から「警察による組織的な証拠捏造の可能性」が否定される、ということだったものと思われる。
ところが、大善決定は、5点の衣類については、事件から相当期間経過した後に、袴田以外の第三者が1号タンク内に隠匿してみそ漬けにした可能性が否定できないとし、これについて「この第三者には捜査機関も含まれ、事実上捜査機関の者による可能性が極めて高いと思われる。」との判断まで示した。
大善決定の前提には、「捜査機関による組織的な証拠の捏造」の可能性も否定できないという見方があったものと考えられる。だからこそ、「5点の衣類に付着した血痕の味噌樽の中での変色の程度・速度」についての客観的な面からの審理を重ね、「味噌樽に衣類を隠したのは袴田氏ではない」という結論を導いたのであり、大善決定の大島決定との決定的な相違は、「捜査機関による組織的な証拠の捏造」の可能性を肯定した点にあるというべきであろう。
大善裁判長が「断罪」した東京地検特捜部の虚偽捜査報告書による検察審査会誘導
では、なぜ、大善決定は、大島決定とは異なり、従来の裁判所の一般的な見方に反して、「捜査機関による組織的な証拠の捏造」の可能性を認めたのか。
大善裁判長には、「検察の組織的な証拠の捏造」が疑われた事案に対して、判決で、検察に厳しい指摘を行った経験がある。
陸山会をめぐる政治資金規正法違反事件で、小沢一郎氏が検察審査会の起訴議決によって起訴された。その東京地裁の一審の審理の中で、石川知裕氏(当時衆議院議員)の取調べ内容に関して、石川氏が小沢氏との共謀を否定しているのに、特捜部所属の検事が、それを認めているかのような事実に反するように記載した捜査報告書を作成し、それを特捜部が検察審査会に提出したことで、検察審査会の議決を誘導した疑いが表面化した。この事件で一審を担当したのが大善裁判長だった。2012年4月に東京地裁で出された小沢氏に対する一審判決では、「事実に反する捜査報告書の作成や検察審査会への送付によって検察審査会の判断を誤らせることは決して許されない」「事実に反する内容の捜査報告書が作成された理由、経緯等の詳細や原因の究明等については、検察庁等において、十分調査等の上で、対応されることが相当」などと異例の厳しい指摘が行われた。
2012年6月27日、最高検察庁は、虚偽有印公文書作成罪で告発されていた担当検事、特捜部長(当時)など全員を「不起訴」としたが、2013年4月22日、東京第一検察審査会は、担当検事に対して「不起訴不当」の議決を出した。議決書は、
と検察の不起訴処分を厳しく批判した。
大善裁判長は、小沢氏に対する一審判決で、検察の「組織的な供述捏造」の疑いが強いと判断し、
と指摘した。しかし、その後の検察の対応は、最高検が行った調査結果の報告書を公表したものの、その内容は全く不合理で、凡そ説明になっていないものだった。東京地検特捜部が組織的に捜査報告書での供述の捏造を行った疑いは全く払拭されなかった(【検察崩壊 失われた正義】)。検察の対応は、「組織的な供述捏造と検察審査会騙し」を疑った大善裁判長の指摘に応えるものでは全くなかったのである。
そういう意味で、「警察による組織的な証拠捏造」は、それを疑う具体的な証拠がなければ可能性は否定される、という従来の刑事裁判所の一般的な経験則が、大善裁判長には通用しなかったのである。
当時の東京地検特捜部の「組織的行動」は、政権交代の可能性が高まっていた時期に、野党第一党の代表だった小沢一郎氏の秘書を、犯罪性の希薄な政治資金規正法違反で逮捕・起訴し、政権交代後は、強引な捜査で小沢氏本人を政治資金規正法違反で起訴しようとしたが、検察上層部の了解が得られずに不起訴に終わり、何とかして、小沢氏の政治生命を奪おうと、組織的に供述を捏造した捜査報告書を作成し、検察審査会に提出して、強制起訴に持ち込んだ、というものだった疑いが強い。
21世紀に入り、裁判員制度も導入されるなど、日本の刑事司法に大きな変革が訪れている時期にそのような「捜査機関による組織的証拠の捏造」が行われたのだとすると、半世紀以上昔、拷問的な取調べや不当な捜査による冤罪が少なくなかった時期の袴田事件での警察が、人権を無視した強引な取調べで自白に追い込んで袴田氏の起訴に至ったものの、自白調書の大部分は任意性が否定されて裁判で採用されず、さしたる裏付け証拠もない、という状況に追い込まれ、起死回生を図って、5点の衣類を味噌樽の底に入れる「組織的証拠捏造」を行った可能性が、「経験則上あり得ない」と言えるだろうか。
「過酷な取調べの末に得られていた袴田氏の自白とは全く矛盾する証拠を、発覚のリスクを冒して敢えてねつ造する」という全く合理的ではない行動を警察組織が行ったことになる、との大島決定の指摘も、警察の悪意の程度によっては「組織的証拠捏造」を否定する理由にはならない。
当時の警察は、人権を無視した拷問的な取調べで得た袴田氏の自白を、果たして「真実」だと思っていたのだろうか。袴田氏を犯人だと決めつけて逮捕した以上、いかなる手段を用いてでも、起訴、有罪判決に持ち込む、ということが警察組織にとって至上命題だったとすれば、それによって袴田氏から得た自白が「真実」との認識すらなかったのではないか。警察にとっては、袴田氏が「自白」した後も、それは、単に「自白調書」を得たというだけで、袴田氏の事件は、依然として「否認事件」であるように認識していたのではないか。そうだとすれば、警察が、袴田氏が犯行時に着用していた衣類という証拠を捏造してそれを味噌樽の底に入れるという「組織的な証拠捏造」を行うことは、それが発見されることで、袴田氏を有罪に追い込み、「誤認逮捕の汚名」から免れることができる合理的な行動とみる余地もある。
石川氏が小沢氏との共謀を認めているかのような事実に反する捜査報告書を検察審査会への提出証拠に紛れ込ませ、それが功を奏して検察審査会は小沢氏に対して起訴議決を行い、小沢氏は幹事長辞任に追い込まれて事実上政治生命を失った。石川氏の取調べの開始時に、担当検事は、「録音機を持っていないか」と執拗に質問したが、石川氏は、それを上手くごまかして秘密録音し、それが、虚偽捜査報告書による供述の捏造という前代未聞の検察不祥事の発覚につながった。特捜部にとっては秘密録音が防止できなかったことが大誤算だった。
袴田事件でも、警察が組織的に証拠捏造を行ったとしても、そのようなことが行われるなどと、刑事裁判官が疑うこともないし、その証拠が決定的な証拠となって袴田氏の有罪判決は確定し、死刑が執行されて、証拠捏造は歴史の闇に消えるだろうということを目論んでいたのかもしれない。味噌樽に沈められた衣類の変色の程度、という鑑定で、証拠の捏造の可能性が明らかになるとは思いもよらなかったのであろう。
このように、当事者の立場に立って考えると、「捜査機関による組織的証拠捏造」も決してその可能性を認めることが不合理とは言えないのである。
大善決定は、大島決定のような理由で「警察の組織的証拠捏造」の可能性を否定するという考え方はとらず、「5点の衣類に付着した血痕の味噌樽の中での変色の程度・速度」について徹底して審理し、検察側が、約1年2か月にわたって静岡地検の一室で行った「味噌漬け実験」による色調変化の観察に、大善裁判長自らも立ち会うなどした上、「味噌樽に衣類を隠したのは袴田氏ではない」という認定にたどり着いた。そして、その客観的な立証に基づいて、「事実上捜査機関の者による可能性が極めて高い」との判断まで示したのである。
検察の特別抗告は許されない
慎重かつ緻密な審理を経て出された大善決定に対して、検察が、「5点の衣類に付着した血痕の味噌樽の中での変色の程度・速度」についての客観的な事実認定に異を唱えて特別抗告をしても、その判断が覆る余地がないのは当然である。それでも、検察が特別抗告をするとすれば、「捜査機関による組織的証拠捏造」について、「事実上捜査機関の者による可能性が極めて高い」とまで述べた大善決定に服するわけにはいかないという、「検察の面子」によるものということになる。
検察は、大阪地検特捜部の主任検察官による証拠改ざん問題という重大な不祥事を起こし、その際、特捜部長、副部長の「犯人隠避」を立件した。「改ざん」「隠蔽」の批判に晒されたが、特捜部長以下の問題に矮小化し、検察の組織的問題は十分に解明されなかった。それに加えて、陸山会事件の虚偽捜査報告書による検察審査会騙しが組織的に行われた疑惑も全く払拭できていない。そういう検察には、「捜査機関による組織的証拠捏造」の可能性を認めて再審開始の判断を行った大善決定に対して異を唱える資格などない。
検察は、特別抗告を断念すべきである。