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【ソウル現地取材】韓国代表、W杯予選で平壌へ。韓国人にとって”北朝鮮に行く”とはどういうことなのか 

平壌行きの2日前、韓国で取材に応じるチョン・ウヨン(元ヴィッセル神戸)。筆者撮影

「今回、平壌に行くの?」

「日本人は行こうと思ったらいけるんでしょ?」

ソウルの地で、韓国メディアから幾度かこう聞かれた。10月15日に平壌で行われる2022年カタールワールドカップアジア2次予選H組、北朝鮮―韓国戦に先だち、ソウルで取材を行った。

確かに日本パスポート所有者は、望めば行ける。出入国時のプレッシャーはなかなか大変だが。いっぽう韓国パスポートの場合、「国家保安法」で厳しく制限されている。

現地で知りたかった点はこれだ。

「韓国人にとって、“北朝鮮に行く”とはどういうことなのか」

15日の試合は、韓国フル代表にとって29年ぶりの平壌での試合となる。29年前は「南北親善サッカー」として試合が行われ、キム・ジュソンが先制ゴールを決めながら1-2で敗れた。今回の試合は史上初の”公式戦平壌開催”となる。

13日、中継地の北京に出発する韓国代表。多くのファンが見送りに訪れた。仁川空港にて。
13日、中継地の北京に出発する韓国代表。多くのファンが見送りに訪れた。仁川空港にて。

近年、両国は2010年南アW杯予選でも2度同組となったが、当時は北側が韓国国旗掲揚と国歌の斉唱を拒否し、韓国側もこれを受け入れなかったため中国での開催となった。その後2013年のウェイトリフティングアジアカップで史上初の北朝鮮国内での韓国国旗掲揚、国歌斉唱が実現。今回は平壌での開催の運びとなった。

韓国としては、「ホームアンドアウェーは当然だから、行くことはやぶさかではない」というスタンスだ。それゆえ、8月2日の組分け決定から仲介役のAFC(アジアサッカー連盟)とともに綿密な準備を続けてきた。

しかし、北朝鮮側の「返事の遅さ」あるいは「議論ポイントのすり替え」に出発直前まで当惑させられる展開となった。

◆選手団の入国

10月10日の時点でようやく「13日夕方韓国出国―14日北京経由13時25分発―平壌入り」が最終決定した。大韓サッカー協会が北側から正式に「韓国選手団の訪北の準備をする」とのレターを受け取ったのが、「10日の週の前半(つまり7日から8日)」。試合の約1週間前だった。そこから詳細を詰めていったという。「様々なルート(陸路、もしくはチャーター便)を提示した結果、決まったルート」(大韓サッカー協会)。中国行きの一般フライトに搭乗するルートは最も望んでいなかった方法だと考えられる。

◆メディア、サポーター

大韓サッカー協会は11日の時点で「事実上、訪北は難しい」と発表。北朝鮮サッカー協会側から「選手団以外の訪問は北朝鮮サッカー協会のマターではない」との返答が来たという。AFCにも仲介を求めたが実現しなかった。さらに韓国政府の協力も得たが追加の返信はこなかったという。12日の韓国代表トレーニング取材時には協会広報がこう話していた。「試合中継に関しては韓国の放送局が北朝鮮側と協議していることであり、大韓サッカー協会は詳細を知るところではない」「現地では最低限、試合のテキスト速報をしたいが……スタジアムで通信が可能かも分からない状況」。当初は50人規模と想定されていた協会の訪北団も「選手を含め30人まで減らされた」という。

そういったなかで、当事者たる選手や監督たちは出国前に韓国で何を語ったのか。

出国前の空港にて、キム・ヨンクォン(ガンバ大阪)がインタビューに応じた。Jリーグ所属選手も7名が北朝鮮入りした。
出国前の空港にて、キム・ヨンクォン(ガンバ大阪)がインタビューに応じた。Jリーグ所属選手も7名が北朝鮮入りした。

選手は一様に「観光気分はなし」。ソン・フンミン「何を観てこいと?」

韓国代表エースのソン・フンミンは英国から帰国後、7日にソウル郊外の韓国代表トレーニングセンター(NFC)でスタンディングインタビューに応じた。10日のスリランカ戦(ホーム)、15日の北朝鮮戦(アウエー)に向けたものだったが、話は”平壌遠征”に集中。該当の文脈を抜粋する。

――歴史的な平壌遠征が待っているが。

多くの方々が平壌遠征ばかりを考えているようです。それは心配でもあります。韓国代表は北朝鮮とやるだけではありません。その前に韓国での試合(スリランカ戦)があり、それをしっかり戦わなくてはなりません。北朝鮮戦の心配はその後でも遅くはないと思います。常に思うのは、毎試合毎試合、一歩一歩に最善を尽くして集中しなければなりません。チームメイトにもそういう話をするつもりです。

――(金日成競技場の)人工芝でプレーする負担は?

サッカーは常に危険と隣り合わせのスポーツです。天然芝でプレーしたとしてもケガは生じうるでしょう。その心配はしていません。ただ、自分が北朝鮮で試合をする経験は今回以外にいつ訪れるだろうか、という考えはありますが。サッカー選手としてよい経験だと考えます。チームメイトとひとつの思い出を作ってきます。

12日、ソウル郊外のトレーニングセンターで戦術を確認する韓国代表チーム。右端がパウロ・ベント監督
12日、ソウル郊外のトレーニングセンターで戦術を確認する韓国代表チーム。右端がパウロ・ベント監督

――北にはユベントス所属のハン・グァンソンという選手がいます。

ひとりの選手を取り上げてあれこれとは考えません。代表選手として北朝鮮というチームと初めて試合をするので、無条件に勝ちたい。それだけです。

――韓国サポーターの北朝鮮訪問が実現しそうにないですが。

皆さん、心配ごとがとても多いですね! こういった事項は、自分たちがどうこうできるものではありません。早々に現実を受け入れることが重要でしょう。簡単な試合はこの世には存在しませんが、今回の試合はより難しい面があるでしょう。ファンのみなさんと一緒に戦えない点は明らかな損害です。しかしこういった試合だからこそ勝てば得られるものがあるでしょう。

韓国代表は北京の空港で平壌行きのフライトを待つことになる。画像はイメージ。筆者が昨年の訪朝時に撮影
韓国代表は北京の空港で平壌行きのフライトを待つことになる。画像はイメージ。筆者が昨年の訪朝時に撮影

――トルクメニスタン戦(アウエー/9月11日にW杯2次予選第2節で対戦)より、プレッシャーは少ないと考えるか。

 

ワールドカップ本戦に出られるかどうかがかかっている予選に、軽い気持ちで挑んでくるなんてできませんよ。もちろん久々にチームメイトに会い、10日間を一緒にしながら2試合を戦える点は楽しいです。しかし代表チームの一員として、そしてキャプテンとして試合内容と結果を考えなくてはならない負担もある。リラックスして臨むことも重要だと思うが、それも簡単ではないですよ。

――北朝鮮で行ってみたいところ、食べてみたいものはあるか。

(しばらく言い淀んで) 何を観てこいというのでしょう。観光客でもないですし。ただ試合をしにだけ行きます。遊びに行くのではありません。代表選手とは試合だけを考えるものです。

韓国メディアの質問内容から、改めて北朝鮮を外国と捉える見方も感じ得た。報道では、独裁国家トルクメニスタン遠征と合わせ、イラン遠征と比する表現も目にした。「世界でも険しいアウエー遠征のひとつ」。そういう位置づけだ。

とはいえ選手にとっては小さい頃から情報を見聞きしていた場所。ソンの答えの「今回以外で平壌にいつ行けるだろうか」「勝ってチームメイトとの思い出にする」という文脈からは「北に行ける喜び」が垣間見えた。まあ仮に「冷麺を食べたい」などと口にしたら、そちらが見出しになって大騒ぎになっただろうが。

いっぽうこの後、韓国メディア団のなかでは「選手に北朝鮮のことを聞いてもあまり話は出てこない」という”定説”が広まっていく。10日のスリランカ戦後の韓国代表パウロ・ベント監督(ポルトガル)のインタビュー内容からだ。同じく該当部分のみを抜粋する。

パウロ・ベント監督「怖がる選手は平壌に連れて行かない」

パウロ・ベント監督。10月10日のW杯予選スリランカ戦(ホーム)後に。筆者撮影
パウロ・ベント監督。10月10日のW杯予選スリランカ戦(ホーム)後に。筆者撮影

――金日成競技場は人工芝だが、どう適応する考えか。

まずは自分自身も人工芝での経験がある。ワールドカップ予選を戦ったことがあるし、その同じスタジアムでチャンピオンズリーグも戦った。実際のところ特別な考えはない。試合の1日前に公式トレーニングを行い、どういうものかを知る。スタジアム全体の環境も知る。これが準備の全てだ。人工芝だからといって何か変えることはない。大きな問題になるようにも思えない。重要なことは我々がどういった準備をするのか、相手がどう出てくるのか。その点にあると思っている。

――北朝鮮代表は守備が堅い。今日、攻撃陣がゴールを多く決めた(スリランカ相手に8ゴール)ことがプラスに作用すると思うか?

すべてのチームに長所と短所がある。北朝鮮は非常にプレー強度が高い、積極的なチームだ。相手は失点しない点については自信をもってプレーするだろう。我々は我々が準備したとおりに試合を進める。なかでも相手にボールを奪われた瞬間のカウンターの鋭さに対して、しっかりと対策する。攻撃から守備に切り替える際に起きる様々な状況に備えるということだ。攻撃時にはバランスを保ちながら危険な状況が起きないようにしっかりとした準備をしなければならないだろう。

――アウエーの北朝鮮戦はたとえ戦力が上回っていても、勝つのが難しい環境にある。引き分けでも満足するのか? あるいは必ず勝つと考えているのか。

簡単な試合にはならないだろうという予想には同意する。この試合のみならず、他の試合も始まる前から簡単なものはない。しかし我々は引き分けるために試合をすることはない。無条件に勝つ。我々のサッカースタイルそのままに、望む方向のままにゲームを戦う。どんなフォーメーションを採用するかは少し様子を観なければならないが、スタイルを守って北と戦う。環境的な部分について話をするならば、現地の観衆が多ければ多いほど、韓国の選手にはモチベーションになると思う。ガラガラのスタジアムと満員のスタジアムでは、違う気持ちになるだろう。難しいが、我々のスタイルどおりに試合を進めるつもりだし、その意思が試合の序盤に相手にも伝わるよう努力する。一角では“恐ろしい雰囲気になりうる”という話があるが、もしや選手にそう感じるものがいるのなら、そのような選手を連れて行くつもりはない。怖さを感じる選手はいないだろう。しっかり準備して試合に臨みたい。

”連れて行かない”とまで言い切った。そうなると選手はベラベラとは喋れない。12日、韓国代表トレーニングセンターでMFイ・ジェソン(ホルシュタイン・キール/ドイツ)とチョン・ウヨン(アル・サッド/カタール)が取材に応じたが、答えの主旨は「勝負に集中する」というものだった。筆者からイ・ジェソンに対し韓国語で「とはいえ、平壌について考えるところはあるでしょう?」と聞いてみたが、答えはこうだった。

「アウエー遠征ごとにいつも特殊化な環境に違いがある。選手たちは今回もアウェーゲームの一つと考えている。平壌という場所がどうだは考えません」

予選グループH組で両国は勝ち点6で並ぶ。得失点差で韓国が7点上回るため、首位をキープしている。

平壌市内の公園で草サッカーを楽しむ市民。サッカー熱は高い。昨年9月に筆者撮影
平壌市内の公園で草サッカーを楽しむ市民。サッカー熱は高い。昨年9月に筆者撮影

「韓国人は平壌に行きたいか? 完全に人によりますね」

歴史的な意義までを掘り下げると、平壌遠征は韓国サッカー界にとって感慨深いものもあるはずだ。

日本統治下の1926年に始まった「京平(キョンピョン)戦」は朝鮮半島のサッカー発展の礎となった。「京」とは日本統治下のソウルの名称「京城(キョンソン)」の頭文字。平は平壌。両都市の選抜チームの対戦は1946年まで続き、通算成績は平壌が9勝7分5敗と勝ち越している。第1回大会には当時としては破格の7000人の観客が集まり、第2回大会では現場の混乱を防ぐため、京城市内の6ヶ所に前売り券売り場が出来たという。

2018年9月、KBSが対抗戦の復活を望む声を報じた

今でも韓国では、南北関係が少し良くなるとこの「京平サッカーの復活」がニュースになる。象徴的な意味合いも持つのだ。筆者が親しい60代のベテランサッカー記者は、1990年の平壌での南北親善サッカーを取材した際の写真を、今でも時々懐かしそうにアップする。

サッカー関係者にとっても思いのあるはずの場所、平壌――。

しかしそんな思いも2019年の現実の前では、表に出てくることはない。

大韓サッカー協会の広報によると、韓国代表選手団に対し、北朝鮮で注意すべき項目のレクチャーがあったという。30分ほどに渡り、現地でやってはならないことなどを選手は教わった。なかには「金正恩国防委員長の名前を口にする際の注意事項」といった話もあったという。また一行は携帯電話を現地に持ち込めないため、「写真を撮りたければ、小さなデジカメを持っていくように」とのアドバイスもあった。そのほか、アメリカ製のブランド(つまりナイキ)のサッカー用品などは決して現地に残していかないこと、などが注意ポイントに挙がった。

選手から出てこないとすれば、北に行く可能性のあったメディアは少し違った思いを口にするのではないか。しかし、その予想も外れた。

「行けといえば行くけど、どちらかといえば行きたくないですよ」(30代女性記者/インターネットメディア)

「人それぞれ。本当にそういうところなんです。すごく行きたい人もいれば、どちらでもいい人がいて、絶対に行きたくない人がいる。いっぽう最近は北朝鮮の出入国の記録がついたらアメリカのビザが取りにくくなるので、その理由で嫌がる人もいます」(30代男性記者/同)

「韓国には平壌冷麺マニアというのが一定数いて、現地で食べたいがためにどうしても行きたい人はいるでしょう」(20代男性記者/新聞一般紙)

「取材者としてはほとんど旨味がないと思います。現地では韓国の共同取材陣を組んで、同じ内容を出さないと行けないので」(40代男性記者/サッカー関連メディア)

当然のごとく、北に厳しい意見も聞いた。

「今回の事態を見るに、あちらと手を組もうとする考え自体に意味がないと思うんです。ロシアワールドカップの際には、韓国側が便宜を図り、放映権料を支払って北朝鮮で試合中継が観られたというのに。この試合の中継も許さないなんて」(40代男性/サッカー専門メディア)

そこにロマンチシズムはない。むしろ国家間の南北関係の困難を強く示す形になった。来年の6月4日にはソウルでリターンマッチがあるが、その際、韓国側はどう出る? そんな見方も新たに出てきた。

現地で韓国代表がどうなっているのか。知る術がない。14日の該当フライトが北朝鮮領土に入った点は、スマートフォンのアプリで確認できたが……
現地で韓国代表がどうなっているのか。知る術がない。14日の該当フライトが北朝鮮領土に入った点は、スマートフォンのアプリで確認できたが……

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吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。仕事ご依頼はXのDMまでお願いいたします。

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