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切ないことだらけの人生をしなやかに生き抜く秘訣【実家が全焼したサノ×倉重公太朗】最終回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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実家が全焼したサノさんのnoteには、大阪から東京までママチャリで行った話や、ペットボトルで船を作って航海に出ようとする話、お遍路の旅に出る話など、さまざまなエピソードが紹介されています。彼の失敗を恐れない行動力が、切なくてちょっと笑えるストーリーを生んでいるようです。そんなサノさんの姿は、「自分の可能性が信じられない」という人たちに、前向きに生きるヒントを与えてくれることでしょう。

<ポイント>

・失敗をすることを前提に生きていくと楽になる

・動くことでやりたいことが見つかることはある

・相手によって自分のどの一面を立てるかを考える

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■働き方改革の是非を問う

倉重:メンタルという意味では世の中にテレワークが多くなり、孤独を感じやすくなっています。Zoomの打ち合わせはあるけれども、チャットの指示は短文で冷たく感じたり、業務連絡しか話さなかったりするようです。「寂しい」と思ってしまう人が僕たちの業界は多いのですが、どうしたらいいと思いますか。

サノ:そもそも、そういうのを寂しいと感じる人と、「わずらわしさが減って良くなった」と思っている人の両方がいます。肌感覚では、若手は寂しいという意見よりも、「上司と無駄話をしなくなって楽になった」という声のほうが多いですね。僕がそう思っているわけではないですけど(笑)むしろ前向きに評価している人の割合が高く感じました。

倉重:今のテレワークで、「こういう点がいい」と思うところはありますか。

サノ:テレワークのいい点ですか。集中力を自分で調整できるのはいいなと思っています。出社してしまうと、雑用的なところで時間を割かれることが多いのです。集中したい時に集中できること、息抜きをしたい時に息抜きができる点はテレワークのほうがいいと思います。

倉重:以前メガネ屋のJINSで、生産性を上げるために、集中力測定メガネを作っている井上さんという責任者の方と対談をしました。人が本当にディープに集中するには23分かかるのですが、オフィスでは11分に1回、話しかけられるそうです。

サノ:フルで集中のできる環境がほとんどないのですね。

倉重:そうです。だから、ルノアールのほうが集中できます。テレワークはむしろルノアールへ行かなくていい分、楽だというのはそのとおりだと思います。

同じような話が働き方改革でもあって、代表的なのは労働時間の上限規制です。1カ月の残業時間の上限が法律でも決まったことを受けて、各社は「残業するな」と言っています。これは若い人にとってはどうですか。経験の浅い人は「もっとやりたいのに」という声もあるそうです。

サノ:「これ以上働くと健康を脅かされるから、やめておきましょう」という上限を設けることはすごく大事だと思います。僕もバーで働いた時は、働き過ぎて高熱が出たり、体にブツブツができたので、よくなかったなと反省しています。ただ、労働時間を減らせば減らすほどいいかというと、それは人によるだろうと思っています。それぞれの人生プランもありますし、早く帰りたい人もいれば、「もっと仕事をして名を挙げたい」という人もいるでしょう。一人ひとりの生活に寄り添った上で、働き方を設計していくのが本当の働き方改革なのかなと思います。

倉重:サノさんはサラリーマン3年目とは思えない回答をされますね。

サノ:バーの経営をしていたので、その影響もあるかもしれません。

倉重:ご自身も死ぬぎりぎりまで働いた経験があるからこそですね。

サノ:そうです。その点、今僕が働いている会社の労働環境はとても快適です。ただ、環境はよくても、イメージはあまりよくありません。僕が入社した時、広告代理店のイメージは「ブラック企業」一色でした。一昔前だと広告代理店という看板だけで、もてはやされることも多かったそうですが、僕らの世代は広告代理店で働いていると言うと「大丈夫?」と心配されることの方が多いです。さらに、会社でどんなに一生懸命働いていても、世の中のためになると信じて活動をしていても、それらが明るみになることはなく、ネガティブなニュースだけが流れる日々が続いているので、そんな日々に疲れてしまう同僚も少なくありません。

倉重:ネガティブニュースに疲れてしまう社員もいると。

サノ:とはいえ、このご時世に企業としてポジティブなニュースを自分から発信しにくいとも思います。そもそも企業目線だけで、ポジティブなことを言っても嘘くさいじゃないですか。だからこそ、企業目線での一方的な声でなく、これからの時代は、企業で働く個人の自由な声が大切になってくると僕は思っています。つまり、企業人格に個人が支えられるのではなくて、個人が企業人格をつくっていく時代になると、僕は考えています。

倉重:これからの時代は「個」の時代ですから、確かにそのような流れになっていきそうですね。

サノ:もちろん会社は守秘義務も多いし、言えないこともたくさんあります。だけど、ソーシャルメディアなどを通じて働く人の「人柄」は見えると思っています。『アル』という漫画アプリを手掛けているけんすうさんが「『知らない』と『嫌い』の感情が非常に似ている」とおっしゃったそうですが、僕もその通りだと思います。嫌われている時ほど、誠実に自己開示していくことが大事だと僕は思います。

倉重:正にそうですね。SNSを含めてそこから伝わる「人柄」を分かった上で仕事をしていきたいですし、そのためにはまず自分がオープンであることが必要ですね。

サノ:僕は「良いものはいい、悪いものは悪い」と適切に評価される社会でありたいし、その方が健全だと思っています。そうなるためには、会社も個人もなるべくオープンにならなくてはいけないし、誠実でなくてはならないと思っています。NIJI projectでも話題になった韓国の名プロデューサーのJ.Y.Parkさんが、アイドル候補生の方々に向かって「カメラの前でできない言動や行動は、カメラがない場所でも絶対にしないでください。気をつけようと考えないで、気をつける必要がない立派な人になってください。」と言っていたのですが、個人が、企業の人格をつくっていくこの時代に、J.Y.Parkさんの言葉を肝に銘じて、生きていかねばならないと思いました。

倉重:素晴らしいです。そうすると、当然後輩にも背中を見せていかないといけません。サノさん自身はサラリーマンとしてどんな働き方をしていこうと思っていますか。

サノ:僕は今、営業として働いているのですが、クリエーティブにも関心を持っています。将来的に今の会社で成し遂げたいのは、見た時に可能性を信じられる人が1人でも増えるようなCMを作ることです。その企業にとっての代表作みたいなCMを作れたらいいなと思っています。

倉重:それは壮大でいいですね。今はたぶん充実しているというか、楽しく仕事をされているのではないかと思います。

サノ:比較的楽しくやっていると思います。

倉重:波瀾(はらん)万丈の生い立ちから、楽しく仕事をするところまでたどり着くのは、誰でもできることではないと思います。自分の可能性を信じた結果ですか。

サノ:自分の可能性を信じられない人というのは、裏を返せば、自分の限界を知っているということです。それはそれですごいことだとも思います。僕は自分の限界に目を背けているだけなのかもしれません。でもだからこそ、人よりも失敗を恐れず挑戦できていることも多いと思います。それが楽しく働けている秘訣かもしれません。

倉重:「とりあえずやってみなければ分からないだろう」という感じですね。最後に、この対談は大学生にも読んでいただいています。「将来の夢も特にないし、就職したい会社もないです」という大学生の方にはどうアドバイスしますか?

サノ:僕も転々としているので、やりたいことが定まっていたわけではありません。順序は逆かもしれませんが、やってみることでやりたいことが見つかることはあると思います。まず、いろいろなことに手を出してみるのはどうでしょうか。

倉重:先ほどのサノさんの話を聞いていると、自ら動いてみた結果、何かが見つかってまた次に行くという感じですね。

サノ:そうです。むしろ、やりたいことがないからやっているのです。暇だから100キロマラソンをしています。

倉重:暇だから100キロを走る人はなかなかいないと思いますけれども、そういうところがすごいなと思います。

倉重:あと質問をいくつかいいですか。

サノ:もちろんです。

B:ありがとうございました、僕も誰もが可能性を信じられる社会はとても素晴らしいと思う一方で、それを実現できなくて悩んでいる人もたくさんいらっしゃると思います。もしかしたらサノさんの中では答えが明快なのかもしれません。「好きなこと」「できること」「金銭的価値のあること」「金銭的価値はないけれども社会的価値のあること」の4つがあるとしたら、サノさんならどれを選びますか?

サノ:それは全部仕事ですか。

B:仕事ではなくて人生でも結構です。

サノ:僕は全部やってしまうタイプです。例えば僕にエッセイを書く才能があって、書くのが好きではなかったとしても、みんなに求められていればやります。一方で、自分がやるべき価値があると思っているけれど、お金にならないことも諦めません。

B:ありがとうございました。「サノさんはこう答えるかな」と思ったのとは違いましたけれども、逆に新鮮でした。ありがとうございます。

C:質問をしてもいいですか?お話をありがとうございました。本も読んだし、R25の記事も拝見して、「過去に対するネガティブなことをそのまま受け入れろ」というところはすごく共感しました。ありがとうございます。

サノ:ありがとうございます、読んでくださって。

C:一つ聞きたいのは、サノさんが人とコミュニケーションを取る上で何か気を付けていることはありますか。バーの経営やホストをして、いろいろな方との出会いがあったと思います。そこから学んだコミュニケーションのコツがあれば教えていただきたいのです。

サノ:相手によって自分のどの一面を立てるかを気にします。例えば、幼なじみに、マーケティングの話をしても盛り上がりません。幼なじみには、僕の持つ最もアホな一面を見せます。「本を読んでいます」と言ってくださる方には、インフルエンサーとしての自分を期待されているのだろうと思うから、若干切ない自分を出すことはあると思います。それはうそをついているわけではなくて、全部自分の中にあるものです。その中のどれを立てるかという話です。

C:なるほど。ありがとうございます。

倉重:そろそろお時間になりました。「この対談を聞いて勇気が湧いた」という人がいれば、本当によかったと思います。今日はどうもありがとうございました。

(おわり)

対談協力:実家が全焼したサノ

新橋で働くサラリーマン。幼少期に実家が全焼したことを機に、切ない人生を送る。学生時代はホストクラブで働き、卒業後はバーを経営。その後事業拡大を目指し、京大大学院でMBAを取得するもバーはつぶれてしまう。

Twitterでは「実家が全焼したサノ」というアカウントで毎日切なかった出来事を投稿している。

Twitter:@sano_sano_sano_

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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