ビデオ判定は魔法ではない! 巻き戻し、説明、主審の采配。クリアするべき3つの重要課題
3月5日、国際サッカー評議会は、ビデオ判定の試験導入を2年間行うことを決定した。2016-17シーズンから、世界中のリーグ戦やカップ戦で、試験導入がスタートする。
これを受け、日本でもJFA(日本サッカー協会)の田嶋幸三会長が導入に前向きな姿勢を示したという報道があった。早ければ来季の2017年、日本のサッカーでも、ビデオ判定が行われるかもしれない。
今季のJリーグは、ナビスコカップ準決勝と決勝、チャンピオンシップの最大10試合で、ゴール裏に立つ追加副審を、試験的に導入することになっている。現在は、追加副審のトレーニングの真っ最中だ。
仮に来季、Jリーグでビデオ判定を試験的に導入するとなれば、追加副審と同様の手順でパフォーマンスを計ることになるだろう。そして、最終的にどの方法がベストなのか、ゴールラインテクノロジーを含めて海外の事例を見つつ、総合的に判断される。
しかし、ビデオ判定に関しては、すでに考えられる課題が3つある。それを指摘したい。
どうやって時間を巻き戻すべきか?
ひとつは、ビデオ判定が生み出す“空白時間”のコントロールだ。
オランダが独自に実践している試験によれば、ビデオ判定は、平均で8~11秒を要すると言われている。この空白の時間が、どのような影響を及ぼすのか?
主審の誤った判定を、ビデオ副審が正すケースについては、問題ない。なぜなら主審が笛を吹いた時点で、すでに一度プレーが止まっているのだから、その間の判定チェックに8秒かかろうが、11秒かかろうが、大した問題ではない。今でも抗議などで、そのくらいの時間は消費されている。
ところが、問題となるのは逆のケースだ。PKやレッドカード相当のファールを、主審が見逃した場合である。
この場合は主審がシーンを流したことで、どんどんプレーが進んで行く。8秒や11秒もあれば、その間にゴールが決まるかもしれないし、PK相当のファール、あるいは暴行的タックルや、反スポーツ行為なども充分に起こり得る。
その時点でビデオ副審から「あれはゴールだった」「あれはPKだった」と修正情報がもたらされたとき、主審は、時間を巻き戻すべきか否かの判断を迫られる。
普通に考えれば、時間を巻き戻す以上、その空白の間にゴールが決まっていても、PK相当のファールを受けていても、すべて無かったことにするしかない。
しかし、そうなると、その間に暴行タックルを受けて負傷退場しても、その悪質なファールを犯した選手はお咎め無しだ。これは納得できないかもしれない。レッドカードやイエローカードだけは、プレーを巻き戻しても、そのまま生かして提示するべきか。
ビデオ判定の対象となる場面は、得点、PK、レッドカード、誤った競技者への処分と、適用ケースが限定されている。
1試合で10回も20回も起こるわけではなく、せいぜい2、3回だろう。だが、レアケースとはいえ、そもそも重大シーンに限られるビデオ判定だけに、試合への影響は大きい。今後、国際サッカー評議会のルール作りが、どのように進められるか注目したい。
観客への説明は絶対に必要
二つ目の課題は、観客への説明だ。
上記のように、8秒から11秒程度、試合の巻き戻しが行われるとすれば、観客はどのプレーがゴールだったのか、何がPKだったのか、レッドカードだったのか、何もわからない。確実に混乱する。
それを避けるためには、少なくともビデオ判定が行われたことを説明しなければならない。個人的には、アナウンスを使った説明はショービジネス感が増し、サッカーの雰囲気に合わないので、オーロラビジョンを使い、「ビデオ判定 何番ファールによりPK」といった簡潔なテキスト表示をするのが、いちばん良いのではないか。
このような判定の説明は、あまりサッカー界では行われて来なかったが、ビデオ判定を導入するならば、間違いなく必要になるだろう。
審判不足の解消と、適した人材の育成
三つ目の課題は、審判員の不足だ。
日本のサッカーは、慢性的な審判員不足に悩まされている。ピッチに立たないとはいえ、もちろんビデオ副審も、1級審判員でなくてはならない。ビデオを見ても、素人では正しくルールを適用できないからだ。
つまり、1試合あたりの審判員を増やさなければならないが、その審判の数自体が、根本的に不足しているのが現状だ。
だからといって経験が少なく、実力にも疑問符が付く審判を起用すれば、かえって誤審が増えて混乱の元になる。ビデオ副審でも、ゴール裏の追加副審でも、審判員不足は深刻な問題だ。
試合でミスジャッジがあると、すぐに「審判も競争しろ!」という論調が巻き起こる。しかし、定員割れに悩む業界に対して「競争しろ」と言うこと自体、無意味としか思えない。「審判をやりたい人」が大勢居て、はじめて質の良い競争になる。だが、現状はそのような状態からは程遠い。
別の仕事を持ちながら、プライベートを犠牲にして審判のトレーニングに昼夜明け暮れ、ようやくJリーグのピッチに立つことができても、その努力を理解してくれる人は少ない。ほんの一握りの審判だけは、世間一般以上の収入を得られるが、それが大変な労力に見合ったものとは思えない。
いろいろな主審に理由を尋ねたことがある。「選手以外でピッチに立てるのは審判だけ。あの風景は特別」「審判がいなければサッカーができないから」と様々な答えを聞いたが、その根底としてサッカーへの純粋な気持ちが無ければ、到底続けられる仕事ではない。
それはともかく、ハッキリしているのは、審判がリスペクトされる仕事でなければ、慢性的な審判不足は永遠に解消されず、ビデオ副審や追加副審の導入に関しても、それが障害になるということだ。もちろん、質の良い審判同士の競争にもならない。
また、特に今後の主審については、より審判団のリーダーとしての仕事が求められる。
ビデオ副審や追加副審を導入するということは、つまり、無線コミュニケーションシステムを通じて、主審に意見を言う人間が増えるということ。
副審2名、第4審、そしてビデオ副審。自分以外の4人が同時に話しかけてくる情報を適切に処理し、素早く判断を下す能力が求められる。たとえば副審が判定を伝えてきても、疑問があるならばステイさせ、ビデオ副審にチェックを命じるなど、主審のマネージメント技術は、より一層重要になるだろう。
きちんとした準備がなければ、テクノロジーは混乱を生み出す道具でしかない。UEFA審判委員長ピエルルイジ・コッリーナ氏の発言を借りるならば、“ビデオ判定は魔法ではない”のだ。