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サザエさん一家はもういない~おじさんたちは何を勘違いしているのか

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
女性の就業率は約8割。共稼ぎ世帯が多数を占めている。(写真:アフロ)

・今でも「サザエさん一家」が典型的だと信じているおじさんたち

 埼玉県議会「子ども放置禁止」条例の騒ぎに続いて、河村たかし名古屋市長の証明書などは、平日に「奥さんぐらいが区役所に行けば取れますから」発言と、おじさんたちの子育てや家族に関する言動が波紋を呼んでいる。

 暇とカネに余裕のある祖父母が同居し、母親は仕事を辞めて専業主婦で子育てと家事を担当。父親だけが仕事に行っているというアニメに登場する「サザエさん一家」のような家庭が標準で大多数だと考えているために、こうした発言が出てくるのだろう。実際に、こうした発言をする方たちは、そういった「理想的な家庭」を築いていらっしゃるのかもしれない。しかし、今やそれは少数派だし、「サザエさん一家」のような家庭が一般的に存在していたのは、現在の50歳代から70歳代の人たちが子育てをしていた20年以上も前のことだ。

結婚したら退職して専業主婦になる「寿退職」などという言葉も、もう死語だ。
結婚したら退職して専業主婦になる「寿退職」などという言葉も、もう死語だ。

・専業主婦世帯は3割を切っている

 労働政策研究・研修機構が今年(2023年)に発表した資料によると、専業主婦のいる世帯はこの20年間で大幅に減少、全世帯の3割を下回り、共働き世帯の半分以下になった。

 20年前には、25~34歳の層と55歳以上の層では共働き世帯より専業主婦世帯の方が多かった。しかし、現在では、専業主婦世帯の方が多いのは65歳以上のみ(約6割)なのだ。また、54歳以下では共働き世帯が7割を超し、多数派になっている。

 若年層の希望を聞いても、未婚女性が将来の理想として「専業主婦」と回答する率は年々低下し、2021年で13.8%。一方で「仕事と育児の両立」という回答が増加しつづけ34%。「再就職」を希望する回答の26.1%と合計すると約6割の女性たちが仕事をすることを希望している。

 未婚男性が将来のパートナーに希望することでも、「仕事と育児の両立」が39.4%、「再就職」が29%となっている。男性側も、女性が仕事を持って働き続けてくれることを望む人が多くなっているのだ。

 専業主婦を希望する未婚女性が13.8%に対して、パートナーに専業主婦を期待する未婚男性は6.8%しかいないという結果になっている。20年以上前の認識で「専業主婦こそが理想像」とするおじさんたちと若い世代との意識のずれが大きいことが理解できる。

未婚男性で専業主婦を相手に望む人は6.8%しかしない。
未婚男性で専業主婦を相手に望む人は6.8%しかしない。

・すでに深刻な労働力不足に直面している

 日本はすでに深刻な労働力不足に直面している。コロナ禍からの復興を進める中で、労働力不足がその障害になりつつあることは、タクシー不足、バス路線の縮小、鉄道の駅窓口の閉鎖など、日々の生活でも実感するようになってきている。

 国立社会保障・人口問題研究所の推計でも、今後、生産年齢人口の減少は年々厳しくなり、2050年には約5千3百万人に減少すると見られている。

 「DXの導入や、一層の機械化などで生産性を向上させる以外に生き残っていく方法はない。その中で、女性従業員にいかに継続して働いてもらうかも非常に大きな課題だ。これまでのように男の職場だなどという考えでは、たとえ大企業でも生き残ることが難しい」と、ある一部上場企業の幹部社員は指摘する。さらに続けて言います。「個々人は、いろいろ考え方はあるかもしれませんが、そんなことを言っていられる余裕はもうない。」

・製造業における女性就業者数は、20年間で91万人減少

 経済産業省、厚生労働省、文部科学省が共同で今年(2023年)6月に発表した「2023年版 ものづくり白書」には興味深い報告がなされている。

 ここまで労働力不足が問題視され、女性の就業促進が訴えられてきたにもかかわらず、製造業における女性就業者数は、20年間で91万人減少してしまっている。一方で、高齢就業者数は、20年間で32万人増加しているが、団塊の世代が後期高齢者入りすることで、頭打ちから減少に転ずると見られている。外国人労働者への依存も、円安と送り出し国の経済発展などにより、これまでのようにはいかなくなりつつある。

 日本の製造業の衰退が懸念されている一つの原因は、深刻な労働力不足である。そんな中で、先に紹介した大手企業の幹部社員の意見のように、女性従業員の確保が製造業企業でも無視できない大きな課題となっている。もちろん、この問題は、製造業企業だけではなく、広くどの産業でも同様であり、すでに多くの企業で取り組みが行われている。

企業経営者の考え方も変わりつつある。新宿駅で見かけた東京都のポスター。(画像・筆者撮影)
企業経営者の考え方も変わりつつある。新宿駅で見かけた東京都のポスター。(画像・筆者撮影)

・女性の就労問題や育児の問題は、産業活性化問題、経済問題と捉えるべき

 20年以上前には、宅配便の再配達率の悪化など話題にならなかった。なぜならば、多くの世帯で日中に主婦が在宅していたからだ。隣近所も、主婦が在宅している家が多く、お互いに配達されてきた荷物を預かるなどということをしていた。

 しかし、この20年間で事態は大きく変化した。宅配便業界は、その事態に対応すべく、インターネットでの配達時間や場所の指定を可能にしたり、受け取り場所を自宅以外のコンビニや駅の宅配ボックスなどでも可能にするなど対応している。「サザエさん一家が暮らしていた時代は、いつも誰かが家にいてくれて、荷物も受け取ってくれたのに」とノスタルジーに浸っていても、何も解決しないことは自明の理だ。

 専業主婦世帯は、今や少数派であり、共稼ぎ世帯が標準になっているという事実や、激しい人口減少の中で企業は労働力確保のために、女性の就労促進を行わねばならなくなっているといった現実から目を背けるべきではない。政治家や首長が、そうした現実に向き合わず、個人的な主義主張だけで、あるいは20年前、30年前の認識や思い込みのままで、女性の就労支援や育児支援を疎かにすれば、それは地域社会はもちろん、地域経済に大きな損害を与えかねない。

 それぞれの自治体は、女性の就労問題や育児の問題を、これまでの労働問題や教育問題としてだけ捉えるのではなく、産業活性化問題、経済問題として捉えて、現状に対応した適切な政策、施策を講じていく必要がある。

 もうサザエさん一家は、いない。おじさんたちは、ノスタルジーに囚われて、若い世代の足を引っ張ることは止めようではないか。

*参考

『男女共同参画白書』、内閣府男女共同参画局。

『2023年版ものづくり白書(ものづくり基盤技術振興基本法第8条に基づく年次報告)』、経済産業省。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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