男が女に捧げたものは、純粋な愛か、永遠の呪いか。『彼女がその名を知らない鳥たち』
今回は本日公開の『彼女がその名を知らない鳥たち』を、白石和彌監督、主演の蒼井優さん、阿部サダヲさんの釜山映画祭でのインタビューを交えてご紹介します。この作品、「愛」についての物語ではあるのですが、映画を見終わった後に「果たしてこれは愛なのか?!」という激論が始まっちゃいそうな作品です。ということで、まずはこちらをどうぞ!
さてまずは物語。主人公の十和子(蒼井優)は30歳で、工事現場で働く15歳年上の陣治(阿部サダヲ)と暮らしています。働くでも家事をするでもなく、陣治の稼ぎをただ食いつぶすだけの生活を送る十和子は、それでいてパッとしない陣治を徹底的に蔑み、常に口汚く罵ります。陣治はそれでも彼女を愛し、尽くし、人生のすべてを捧げています。
十和子には7年前に別れた黒崎(竹野内豊)という元恋人がいます。イケメンで金持ち風なこの男に心身ともにひどい目にあわされたにもかかわらず、いまだにこの男を引きずっている彼女は、失った未来の幻影を追うように、これまたイケメンで見栄えのいい水島(松坂桃李)と不倫中。もちろん水島は、ただ十和子を弄んでいるだけです。
なんというヒドい話……と思うのですが!黒崎が5年前に失踪していたことが発覚し、物語は急激にサスペンスを帯びはじめます~。
十和子はこれまで蒼井優さんが演じたことのない、「好感」がまったく感じられないキャラクターでしたね。
白石:蒼井さんは原作の十和子と同じ30才で、そろそろこれまで演じてきたソフトな役とは違うものをやりたいんじゃないかなと、僕が勝手に思ってオファーしました。
蒼井:結果嫌われてしまう役はやったことがあったんですが、自分から嫌われにいく演技をするのは初めて。そういうことができるのが、この役の魅力でした。勝負は嫌われる勇気をどこまで持てるか。でも実際にやってみると、その「どこまで」の線引きは難しかったですね。ほっておけばどこまでも嫌われてしまう役なので。
映画の冒頭、デパートへ苦情電話をするクレーマーぶりや、阿部さん演じる陣治を徹底的に罵倒する姿など強烈なのですが、見ているうちにすごく憐れに思えてきました。
蒼井:十和子の内面を知ってしまうと、彼女を責められなくなりますよね。彼女はすごく愚かな上に心があまりに乾ききっていて、水が一滴でも落ちてきたら反射的に吸いついてしまうようなところがあって。なのに、なにひとつ前に進まない黒崎や水島との関係の中で、さらにどんどん乾いてゆきます。
彼女は自分は黒崎に見合う女だと信じて生きていますが、実際はそうじゃない。現実を見ようとせず、夢みたいな未来ばかり追ってしまっているんです。実のところ悪い男に騙されていることも、誰が自分に合っているのかもわかっているんだけど、そういう思考に全部蓋をしてしまう。演じていてしんどいなと思うこともありましたが、逆を言えばこんなに魅力的で、人間らしいキャラクターもないんですよね。ここまでややこしい動物は人間ぐらいしかいないから。
一方の陣治ですが、何もここまで汚さなくても……と思うほどの男性でした。監督と阿部さんはどんなことを考えて、この役を作っていったのでしょうか?
白石:回想で出てくる出会った頃の陣治は、スーツ姿で顔の色も白いんですが、それがどんどん汚くなっていく。十和子と一緒に過ごすうちに彼女の抱える闇を陣治が吸い取り、それが全部顔に出ているというイメージです。阿部さんは色白で、いつもこぎれいな役が多いのですが、そういう人を汚すのも面白いかなと。
阿部:最初にお会いした時、監督が陣治をすごく愛しているのがわかったので、これはもう安心して監督のおっしゃる通りにしようと。その愛情の深さか、陣治を汚すアイディアはすごくたくさん出てきましたね。
白石:最後まで見てすべてが分かった時、それまでが汚ければ汚いほど、二人の関係はより美しく感じられるのではと思って。だから阿部さんには可能な限り汚くなってもらいました。
黒崎の失踪をきっかけに、映画は彼と十和子の過去を徐々に明らかにしてゆきます。そしてそんな十和子のために、陣治が何をしたのか、何をするのか。徹底的に人がいいだけに思えた陣治ですが、十和子に与えたものにはあまりに激烈な痛みが伴い、愛なのか呪いなのか、幸せなのか不幸なのか、私はすごく複雑な気持ちになってしまいました。
この作品に描かれた「愛」について、どんなことを感じましたか?
阿部:あの展開を予想していなかったので、とにかく「すごいな」と。僕だったら絶対に考えられないですね。
白石:普通の人だったらあそこまで人を愛することはできない。そういう意味では陣治は僕にとってはヒーローです。あの100分の1でもいい、陣治みたいになりたいと思いながら、映画を作っていましたね。
蒼井:陣治の十和子への思いが何なのか、問われている気がしました。これが愛なのかどうか、私にはわからないし、愛と呼べることが必ずしもいいワケではないとも思うし。この問いについてずっと考えているんですが、たとえ今日はこう思ったとしても、明日にはまた変わっている気がします。愛なんて、その時の気分や心持で変わってしまうもののように思えます。
阿部:十和子はこれでもう、恋愛においては手も足も出なくなっちゃうんじゃないでしょうか。愛ではあるけれどすごい束縛かもしれない。
白石:僕はそうは思わなかったんですよ。むしろ陣治は、それまでマイナスだった十和子の人生を普通の状態に戻す、陣治のおかげで、十和子の人生はようやく振出しに戻れたんじゃないかと。
陣治みたいなタイプの男に究極的な愛情を担わせる、これって男性のファンタジーなのでは……という気もしました。
阿部:確かに陣治のように、女性のために堕ちるところまで堕ちてゆくのは、男にとって「逆の憧れ」みたいな面はありますよね。実際には絶対にできないからこそ。
白石:蒼井さんがそうだったように、女子はもしかすると「これでいいのか?」っていろいろ現実的に考えちゃうかもしれない。そういう意味では、この映画をよりロマンチックに見られるのはやっぱり男のほうかもしれませんね。
10月28日(土)公開
(C)2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会