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イースターの心は武士道に通じる:もっと自由に生きるために

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
(写真:アフロ)

「武士道とは死ぬことと見つけたり」。死を進めるわけではなく、そのように悟ることで、人は生まれ変わり自由になれます。それは、まさにイースターの心です。

■イースター(復活祭)とは

欧米では大きな祭なのに、日本では普及してこなかった「イースター(復活祭)」。でも、ここのところ知名度が上がり、市場規模も大きくなって、少しずつ盛り上がっているようです。

イースターが定着しない理由の一つは、毎年日にちが変わる移動祝日だからでしょう。イースターは、春分の日の次の満月の後の最初の日曜日です。2016年は3月27日、2017年は4月16日、2018年は4月1日が、イースターです。

春分の日の後の満月の日(金曜日)にキリストが十字架にかかって死に、三日目(日曜日の朝)のよみがえったことを記念する日が、イースター(復活祭)です。イースター前の一週間は、キリストの十字架を想う「受難週」です。ちなみに、ユダヤ教の安息日は金曜日なのに、そこから生まれたキリスト教徒たちが毎週日曜日の朝に集まるのも、この復活を記念してのことです。

歴史家たちは、キリストが処刑され意気消沈していた弟子たちに「キリストはよみがえった」という信仰が湧き上がらり、キリスト教はローマ帝国全土に広がっていったとしています。

キリスト教世界において、イースターは大きな意味を持っています。教会でも、家庭でも、イースターの行事があり、町をあげてのイースターパレードが行われたりします。

イースターといえば、卵にうさぎですが、一見すると石のような卵から命が生まれ、ウサギはたくさん子どもを産むということで、復活や命の象徴として登場します。

■武士道は死ぬことと見つけたり

「武士道とは死ぬことと見つけたり」。武士のあり方を説いた文書「葉隠」に書かれた有名な言葉です。サムライへの言葉ですから、何だか死ぬことを勧めているようですが、もちろん違います。死を美化しているわけでもありません。立派に戦って死ねといった乱暴な意味とも違うようです。

死を覚悟せよとは言っているようですが、それでも死んでも良いという意味ではないと思います。続きを読んでいくと、そのように考えたほうが、職務が全うできる、自由になれると書いてあります。

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「葉隠」の著者は、行動するときは死にものぐるいで、無我夢中でやれと述べています。子どもが夢中になって本を読んでいると、お母さんが呼ぶ声も聞こえない時があります。一流のアスリートがスタートラインに立つと、周囲の声援の声も聞こえなくなり、ただ走るべきコースだけが見えると言います。昔の天才野球選手川上哲治は、バッターボックスに立つと「ボールが止まって見える」という名言を残しています。まるで、剣豪のようなセリフですね。

■雑念に惑わされる私たち

私たちは、何かに取り組むとき、雑念にとらわれます。負けたらどうしよう、恥をかいたらどうしよう、優勝したら大金が手に入るなど。でも、こんなことを考え始めると、作業に集中できません。考えれば考えるほど、結果的にかえってパフォーマンスが下がってしまいます。

プロゴルファーでも、いつもなら簡単に入る短いパッドを外してしまうこともあります。

作業中なのに自分に関することばかり考えてしまうことを、心理学では「エゴ・インボルブメント」(自我関与状態)と呼んでいます。一方、その作業のことだけに集中している状態を「タスク・インボルブメント」(課題関与状態)と呼んでいます。言ってみれば「無我の境地」であり、パソーマンスが高まります。

余計なことを考えすぎない方が仕事がはかどり自由になれるという「葉隠」に書いてある通りです。

タスク・インボルブメント、無我の境地の状態を、「フロー」の状態と呼ぶこともあります。雑念が取り払われて、心静かに、集中して最高のパフォーマンスが発揮される状態です。

武士だって負けて死ぬことは嫌なことです。しかし負けることを怖がりすぎると、腰が引けてしまって実力を発揮できず、かえって負けてしまうそうです。命を粗末にすることいけませんが、武士は覚悟がないと戦えません。

勝つことにこだわっても、負けることを恐れすぎても、実力は発揮できないのでしょう。「勝つと思うな、思えば負けよ」なんていう歌もありますね(美空ひばりが歌った曲「柔」)。

■固執する私たち

「死ぬことと見つけたり」は、戦いやスポーツ競技だけの問題ではないでしょう。武士「道」とはという話ですから、人生の話です。世間体は大切ですが、世間体を気にし過ぎ、出世やお金のことばかりを考えすぎると、かえって上手くいかないのです。

クラスの中の一番の嫌われ者が、一番人から好かれたいと願っている子だったりします。クラス一の人気者は、人気者になるなんて考えたこともない子だったりします。

聖書には、自分を捨てる勧めがあります。「だれでもわたしについて きたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」(マルコ8:34)。

自分を捨てろというのは、自分の意見や欲求を全て捨てろという意味ではありません。覚悟を示しているようには思えますが、自分の財産を全部捨てろとか、仕事や趣味を一切やめろという意味ではないでしょう。

仕事や趣味をやめる必要はありませんが、でも私たちは、しばしば自分が大切にしているものによって、かえって自分が縛られます。

試験に合格しなければならないと思いすぎると、緊張しすぎてしまいます。お金もうけも人気者になることも良いことですが、執着しすぎて破滅する人もいます。親が子どもを愛することは当然ですが、その思いが強すぎて過保護過干渉になり、子どもを縛り付けてしまう親もいます。

■自由になる私たち

失恋、リストラ、受験の失敗。そうなったら人生おしまいだと思う人はいますが、実際は人生はまだまだ続きます。

大切なものを明け渡し、自分を捨てる。このように聞くと、奴隷的になったり、修行僧になったりすることをイメージしがちですが、そうではありません。それは自分を束縛するものから自由になることを意味しています。

日本で「武士道とは死ぬことと見つけたり」と言われたように、聖書では「生きることはキリスト、死ぬことはまた益」(ピリピ1:21)と書いてあります。死からさえ自由になって、自分らしく、そして立派に生きることができます。

私たちは、不必要なものに固執し、必要以上に頑張り過ぎ、また不安や恐れに支配されます。そんな苦しい思いから自由になりたいものです。キリストの弟子たちは、キリストの死と復活を宣べ伝えたと言われています。私たちの迷い固執するの古い性質も、キリストと共に死に、そしてキリストと共に新しい自由な私に生まれかわるということが、イースターの心なのです。

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社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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