JR九州 乗客置き去りの合理化 「民間企業」が担う交通インフラの光と影
鉄道の維持が民間任せになりがちな日本国内で、昨今は赤字ローカル線の存廃を大きな課題としてメディアが取り上げるようになった。しかし、国や自治体の関与が薄いJRの主要路線や大手私鉄では、赤字や黒字とは無関係に合理化が進む。民間企業が利益へと走るのは当然ではあるが、コロナ禍が追い打ちを掛けてコストカットは加速。利用客が置き去りになる実態も浮かび上がる。
JR九州は西九州新幹線が開業した今年9月23日、在来線のダイヤ改正も実施した。福岡・北九州都市圏では鹿児島本線の運行体系を見直したり、運行本数を削減したりしたほか、415系鋼製車を全廃するなど保有車両の削減を行い、一つの列車に連結する車両数も減らした。
再び振るわれた大なたに、ソーシャルメディアでは不満を訴える投稿も目立つ。交通インフラを祖業とする民間企業・JR九州の合理化はどこまでが許容範囲なのか。本稿では近年の合理化の事例を概観しながら、簡単な提言としてまとめていく。
数字に見る混雑状況と「平準化」
9月のダイヤ改正でJR九州は昼間の快速を全廃するなど鹿児島本線の運行体系を見直し、同線の大半の区間で毎時1往復分を削減。博多駅を発着する普通列車と区間快速列車は毎時6往復12便から同5往復10便に減らした。通勤時間帯の減便と車両削減も行い、JR九州の発表では朝通勤時間帯の輸送能力を定員ベースで7〜10パーセント削減。最終列車の繰り上げを引き続いて行うなど、2018年の「ダイヤ見直し」に匹敵する規模の改正となった。
新聞各紙も今回の改正を取り上げ、西日本新聞は「JR九州のダイヤ改正に不満多数」とする記事をウェブ上で取りまとめている。同紙の取材によれば、改正から1カ月で、2018年の1年分に相当する約900件の苦情や意見がJR九州に寄せられたという。
JR九州が説明する減便の主因はコロナ禍による乗客減で、同社は2022年10月上旬の通勤時間帯の混雑率を116パーセントだったとし、2019年4月の122パーセントに比べて減っていると弁明する。ただ10月の数字を4月と比較するのは適切とは言えず、西日本新聞の記事は「比較対象とした4月は例年最も混雑する時期であり、同じ10月の比較ではない点には注意が必要」と指摘する。
記事ではJR九州が「利用客が自ら混雑の少ない時間帯にずらして乗車する『平準化』が進」んだとして再改正はしないとする考えも示されている。確かにJR九州が公表している「博多駅に到着する列車の混雑状況」によれば平準化してきているのが分かるが、JR九州の姿勢は利用客に不便を強いた上で、さらに良心に訴えかけるというようなもので、広く理解を得るのは難しいように思う。
そもそも減便だけならば、苦情はここまで増えなかったのではないか。近年のJR九州は多種多様なコストカットを実施。利用客が強いられる小さな不便が積み重なって、ついに大きな不満の声となって顕在化したとも推察もできる。
底の見えないコストカット
目に見える合理化で話題になっているのが813系3両編成のシート(座席)の撤去だ。JR九州は混雑悪化に対応するべく、2021年からクロス転換シート(ボックス型シートの一つ)を採用する813系でドア付近のシートをはがし、乗客が立って乗れるスペースを広げた。これによって混雑時の乗降がスムーズになった反面、座れる席が大きく減り、混雑しない時間帯でも高齢者が座れない場面を見るようになった。
シートの配列を変える工事は他の系列でも行われており、4両編成の811系は内装を全面改装し、全く新しいロングシート車両に更新。2両編成の817系は二人掛けのシートを90度回転させてロングシートにしている。
これらに比べると813系の改造はあまりにも粗雑で、座席を撤去した跡がそのまま残る。シート下に設置していた暖房が取り除かれたために冬の車内は暖まりにくくなり、逆に網棚をそのままにしてしまったために、背の高い人が窓際で頭を打ちやすくなってしまったりと問題が散見。立ちスペースと残されたシートとの間に仕切りもなく、もたれ掛かることもできない。
また、今回のダイヤ改正では他線への乗り換えや緩急接続が不便になり、これまで以上にホームで待たされたり、対面乗り換えだったものが階段やエスカレーターを使って他のホームに移動するケースが頻発するようになった。通勤時間帯は列車内だけでなく駅のコンコースも以前よりも混むようになった。
ワンマン運転の拡大や窓口削減も
改正と同時にワンマン列車での運用が拡大し、日豊本線に直通する列車では6両編成までワンマンで運行する。北九州都市圏の一部の駅ではホームに柵を新設しているが、安全のほとんどはモニター越しの運転士の目に委ねられている。
窓口の縮小も相次ぐ。みどりの窓口を閉鎖したり、営業時間を午前中などに限定する駅が増えたほか、ターミナル駅でもコストカットを進め、乗降客数で1位と2位の博多駅と小倉駅でさえ午前7時から午後9時までしか開いていない。窓口機能を補うはずの高機能型券売機(指定席券売機)が拡充されることはなく、インターネット予約も未だに発券が必要なため、みどりの窓口は代替手段の充実を待たずに削減を進めた形となった。
駅員がいない時間帯は列車の発車時刻やホームを表示する電光掲示板(発車標)が消灯する駅もあり、発着ホームが固定されていない駅では時刻表を確認するしかない。無人になっていく駅では「時刻表で確認を」「不在時はこちらに連絡」「近くの窓口はこちら」などの張り紙であふれかえり、混沌としている。
拙速な無人化の弊害
少し話が逸れるが、一定の利用客がいる駅にも無人化の波が押し寄せたのは遠隔管理(スマートサポートステーション)を導入した2014年頃からで、当初は障害者や高齢者の利用が不便になるという指摘が多かった。他のJRでも無人駅が増えており、国土交通省や関係団体が意見交換を重ね、今年7月、遠隔管理を含めた適切な情報提供を促すガイドラインを策定した(国土交通省の資料)。
ただ、人の目での確認が必要な学割乗車券が買いにくくなったり、ダイヤに乱れがあった時の案内が不足したりと、障害者や高齢者以外も不便を感じるケースが出てきたほか、不正乗車の問題も表面化(西日本新聞の記事)。以前であれば無人駅で乗っても降りる駅が有人駅だというケースも多かったと思われるが、両方が無人駅となる場合が増えて信用乗車のような状況になってきている。
券売機そのものが撤去されたり、ワンマン列車の整理券発行機が減らされたりと、運賃収受関連のサービス低下は著しい。
実際の状況を確認しようと、私は11月上旬の午後3時過ぎに北九州市の城野駅と安部山公園駅で20分ずつ改札口の様子を見てみた。このときに改札口を無断通行したのは安部山公園駅のトイレを使った男性の1例のみ。城野駅でも自動改札機のあるゲートを通らない人が数人いたが、ICカード非対応の日田彦山線からの降車客で、不正乗車ではなかった。ただ人の目は行き届いていないのは明らかで、不正ができてしまう状況だと言えなくもない。
それよりも気になったのはインターホンによる対応の不備だ。JR九州は無人になる時間帯に対応するために係員につながるインターホンを設置し、遠隔管理を行っている。しかし、城野駅で2人、安部山公園駅で1人、それぞれインターホンを押す人がいたが、しばらく待っても応答がなかった。私が話を聞けたのは1例のみだが、精算方法に関する問い合わせで、駅員がいれば「もう一度来る」とこぼさずに済むものだった。
決して混雑する時間帯ではないが、駅員を必要とする人の多さが分かったのと同時に、JR九州の対応力には疑問が残った。
城野駅は券売機の未設置駅が多い日田彦山線に接続する駅で、利用客は多い。総合病院や高校にも近く、精算が必要となったり、何らかのサポートが必要になる客がいるのは容易に想像できる。駅員がいればその場で精算できたり、不正に対する目を光らせたり、支援が必要な利用客への案内も期待できるが、今は利用客側が時間を選ばなければならなくなった。
JR九州がきちんと機能する体制を整えた上で無人化に踏み切るべきだが、残念ながら拙速な無人化を図ったと言わざるを得ない。ただ、周辺施設や地域住民に紐づいた部分のコストに関しては鉄道会社に委ねっぱなしではなく、自治体や国と深く連携して取り組むべきものでもあろう。
特急列車もサービス悪化
駅以外の合理化に話を戻すと、主力の特急列車でも減便やサービスの低下が続く。今回のダイヤ改正による特急への影響は限定的だが、改正に先行して車内サービスが次々と見直され、飲料の自動販売機が廃止されたり、ソーシャルメディアでも話題になったが、今春には車内の自動放送が置き換わったりした。
合成音声を使った車内放送が話題となっているのは、ほとんど調整されないままに運用されているためだ。英語音声は特に調整が遅れており、香椎駅は「カスィー」と聞こえ、列車名のかささぎは「カッササーギー」と妙にリズミカル。ただ、機動的に運用できるのは利点で、博多駅到着時には食品メーカー、新鳥栖駅到着時には医療機関のCMを放送したり、キャンペーンの案内を流したりしている。特急料金を払っている利用客にとっては、CMを聞かされるのがいいか悪いかは分からないが。
鉄道がもたらす価値
「昔は良かった」と懐かしむには短すぎるスパンで、合理化を旗印としたサービス低下が聖域なく続いている。しかし、本稿に述べてきた事柄の一つ一つは決して大きな問題ではないのも事実だ。それでも900件という声につながったのは、それらが混雑時間帯の列車や都市間特急で同時多発的に起きたからだ。減便し、車両数を減らし、乗り換えも不便にし、窓口も減らしたら、小さな不満は積もり、苦情となって発出する。
一方でJR九州の本業が不動産開発や商業開発に移っているとして減便などに理解を示す声もある。実際に駅ナカ商業施設の「アミュプラザ」は小倉駅の成功を端緒に各主要駅に拡大、沿線では分譲マンションやホテルの開発も続き、大きな収益の柱となっている。JR九州ほど効果的に鉄道の機能とブランド価値を開発に生かせた企業も珍しい。
ただ、JR九州は今年11月2日に門司駅でホームのない線路に誤進入するというトラブルを起こしたほか、2015年には列車が入っているホームに別の列車が進入するというインシデントを起こし、運輸安全委員会が調査に入った。原因は調査中ながら、今年10月には豊肥本線で走行中の列車のドアが開くトラブルがあり、やはり運輸安全委が重大インシデントに認定した。
鉄道に命を預ける利用客にとっては気がかりなニュースだが、鉄道の安全性と利便性がブランド価値の源泉となっている面にも着目すれば、企業価値に目を向けるステークホルダーにとっても他人事ではない。合理化の一方で安全が軽視されていないか、今後も厳しく見ていく必要があろう。
「お客様に寄り添う」交通機関
長々と述べてきたが、JR九州が行う合理化の全てを否定するつもりはない。JR九州は今や東証プライム上場企業であり、その道のりがどうであれ利益を出すべき民間企業になっている。燃料費高騰や2030年問題も見据えれば、彼らに手土産なしに公共交通機関の使命を果たせと十字架を背負わせるわけにはいかない。
利用客もJR九州の姿勢が変わらないのならば客同士が支え合って乗り越えていくしかない。混雑する車内ではドア付近に滞留しない、邪魔になるような荷物の持ち方をしないなどマナーアップで狭いスペースを活用するのは大前提。さらに、時差通勤の可能性を探る、窓口の混雑を予見して早めの行動を心掛けるなど、個々にできることを見つけていくようにしたい。
鉄道離れを防ぐために、都市圏もローカル線のように行政の関与強化を検討すべきかもしれない。JR九州と利用客、沿線自治体が歩み寄れれば、鉄道が持続可能なサービスになると信じている。
しかし、説明を欠いた一方的な合理化に加え、新聞社に提示した混雑率の不可解な比較、昨今の安全を脅かす事象などに見え隠れするJR九州の体質は、その可能性を潰しているようにも見える。利用客を置き去りにしていないか――。くしくもJR九州は上述した特急列車の車内放送で次のように合成音声を流している。
「1872年10月14日に新橋-横浜間を結ぶ日本初の鉄道が開業してから150年の節目を迎えました。JR九州は鉄道150年の歴史を受け継ぎ、お客様に寄り添いながら、新たな価値の創造に向け挑戦を続けてまいります」
交通機関は人の行動範囲を広げるものであると同時に、当地に住まう生身の人間の行動を縛るものでもある。民間企業としての新しい挑戦は必要だが、九州の骨格を作ってきた祖業の交通インフラにも目を向け、普段の利用客に寄り添う真摯な姿勢を示してほしい。今はまだ手を携えて鉄道を維持、発展させられる道が残っているはずだ。