「60位」からの復活劇と“あと一歩” 新体制で挑んだ2024年のギラヴァンツ北九州 シーズンレビュー
2023年の明治安田J3リーグで最下位となったギラヴァンツ北九州は今年、増本浩平監督を指揮官に迎えて再始動した。一時はリーグ戦13試合負けなしで勝ち点を積み上げ、上位に進出。一気呵成のJ2再昇格にも期待が懸かったが、終盤戦で失速し、最終成績は昇格圏外の7位。ただJリーグの「60位」からスタートしたチームの復活を印象づけるシーズンになった。
何がギラヴァンツを変えたのか。そしてJ2に戻るには何が足りなかったのか。
バランスの良い編成
1年前のギラヴァンツは戦術のミスマッチに加えて、ベテラン不在の構成が仇となってチームが崩壊し、覇気さえも感じないちぐはぐな試合が見られた。計60チームのJリーグで最下位になるのは必然の結果だった。
JFLの上位にJ3クラブライセンスを持たないチームが入ったためJリーグからの脱会は免れたが、不名誉な結果がクラブに新風を吹かせる。分かりやすいのが人事だ。クラブはチーム体制を一新し、始動時点で41歳の増本浩平氏を監督に、31歳の池西希氏を強化などを統括するスポーツダイレクター(SD)に配置する。
選手構成も見直し、「選手はベテラン、中堅、若手を組み合わせ、各ポジションで選手の特徴が被らないようにする。選手の経験、(ギラヴァンツに)来た背景もバランス良くやっていく」(池西SD)と偏りなく編成。この方針は今年1月の新体制発表会で池西SDが自らサポーターの前で説明し、選手に伝えたメッセージも壇上で語った。
「スタッフも役割と責任があるが、どっちが偉いとか、偉くないというわけじゃない。みんなが対等でリスペクトしあいながらいいものを一緒に作っていきたい。それを忘れないでやっていこうと話した。結果が出ない時も尊重しあい、いいものを作っていくことを目指したい」
石田真一社長は「苦しい経験を無駄にすることなく、本来いる場所に戻れるように戦っていく」と強調。最下位に陥った危機感をさらけ出し、現実と理想をクラブを取り巻くステークホルダーと共有してスタートする。
――本稿をこのように書き出せば、ギラヴァンツが理想郷のような器となってV字回復したというストーリーになるかもしれないが、もちろん現実は甘くない。
必須だった絵とレベルを合わせる作業
シーズン開始当初から上々の出来だったわけではなく、開幕戦はSC相模原に0-1で敗れ、その後もいわてグルージャ盛岡に1-1で引き分けるなど、リーグ戦の最初の4試合は勝利に届かなかった。4月末時点の成績は2勝5分4敗の14位に沈み、昇格争いよりも残留争いのほうが近い場所にいた。
「やはり得点を良い時間に取るというところは突き詰めないといけない。もう一段、相手が圧を上げたときに、どこにボールを運ぶべきか。前と後ろの絵が合っていないところは合わせないといけない」
初めて複数得点を挙げた4月10日のFC琉球戦のあと、増本監督はそう話している。ギラヴァンツは4-2-3-1のフォーメーションを採用。厚みのある中盤でボールは保持していても、結果は伴わなかった。序盤戦の苦戦は、チームの成長痛が症状となって現れたものだった。
通年で最前線に置いたのが経験豊富なストライカーの永井龍で、タクトを振るボランチにはキャプテンの井澤春輝と2年目の高吉正真を配置。サイドハーフには32歳の牛之濵拓と大卒2年目の岡野凜平を充てた。バランスの良さそうな布陣には見えるが、4月下旬までは永井のゴールはPKのみの1得点。ストライカーがタイミング良く動き出していても、周りがボールを届けられなかった。
彼此の間にある経験のギャップは大きく、自ゴール前から展開して相手ゴール前に収れんしていく一連の流れが、永井のレベルに近づく必要があった。ただ、「背景もバランス良く」編成したのはクラブの方針。そうすることで成長を促し、最初の実が結ばれるのを待った。
永井龍のゴールラッシュが示したチームの成長
5月に入り、はたして永井は次々とゴールを決めていく。セットプレーからも、流れの中からも得点を挙げ、5月と6月は計6度もネットを揺らす。ゴールは絵が合ってきた証左だ。増本監督は永井が2点をしずめた6月16日の奈良クラブ戦で次のように話し、さらなる期待を寄せた。
「もっともっと永井龍は点を取れる選手。今の得点の形以外にも、彼の持っているものがある。それをどうやって引き出していくか。僕からも周りに伝えていかないといけないし、選手同士でも引き出してあげないといけない」
ギラヴァンツは5月6日から8月24日まで、2度の3連勝を含むリーグ戦13試合負けなしで快走。この間に永井は10点を決める。6月にはボール扱いに長けた藤原健介が加入したのも追い風になり、順位はJ2昇格プレーオフ圏内(6位以内)まで浮上する。
暗転から見えてきた課題
ところが、8月31日の福島ユナイテッドFC戦からは3連敗。自動昇格を決めることになる大宮アルディージャとFC今治にはいずれも0-3の大敗を喫した。
相手からの対策を乗り越えられず、中盤からボールを進められなかった。上位陣との対戦では強度不足も露呈し、「簡単なミスやヒューマンエラーという中で失点することが多かった」(増本監督)と現実を思い知らされる。連敗後のFC岐阜戦では相手に合わせる形の3-4-2-1に変更して、プレスを明確化。それでも危ない場面を作られたが、この試合を2-0で勝利する。ただ、絵が合ってきたはずのチームに新たな課題が見えるようになる。
ギラヴァンツは10月も3連敗して後退。10月19日のFC大阪戦に2-3で敗れてプレーオフ圏から脱落すると、ついに最後まで6位以内には戻れなかった。特に10月26日のツエーゲン金沢戦(1-2で敗戦)やホーム最終戦となった11月16日のAC長野パルセイロ戦(1-1の引き分け)は最終盤の失点が手痛いものとなったが、“最後を守っていれば”という部分だけにフォーカスを絞れないゲームになった。
長野戦後の記者会見で増本監督は「効果的にボックス(ペナルティーエリア)に入れなかった」と振り返った。この試合はギラヴァンツのボールポゼッションを嫌って相手が前からプレスに来ていたが、それを逆手に取って攻略するという場面は少なく、どちらかと言えば外に押し出される状態が続いた。外に回したあとにクロスというシンプルな形が多く、効果的なフィニッシュワークにはならなかった。
増本監督は「いい形でハイサイドを取れるとクロスを上げたくなるし、永井や高昇辰(こうすんじん)が出ていて、山脇樺織と岡野が脇を取れたりするとクロスを入れたくなる。その形でゴールも生まれているので、そういう印象が強くなると(クロスに)偏ってしまう」と言い、こう説いた。
「それもゴールの形だが、ボックスの中でゴールに向き合えるいい形で入っていける回数を増やすには、もっとトレーニングで絵と意識を合わせないといけない。サッカーは面白いもので、ゴールは真ん中にあるが、どんどんと外に行く。相手は外に行かせたいから、外に行きがちになる。その中でゴールに向かわせていく作業がいる。気持ち、頭、いろいろな要素を質を伴わせて上げていかないと、できるようになっていかない」
もう一段階レベルを上げた絵の合わせ方がいるということだろう。井澤は「(プレッシャーが来た時に)ボランチがミスしていてはいけないし、いなすくらいのところでプレーしたい。僕たちは相手のプレッシャーが来てもボールは持てると思う。もっとチャンスを作っていきたい」と話し、プレスにさらされる中での質の高い攻撃構築に目を向けた。
可能性を示した最終戦の3得点
シーズンの最終戦は反省を生かす試合となった。
3-1-4-2を敷くY.S.C.C.横浜のウイングバックが前に出てくるのを逃さず、試合の立ち上がりから山脇がその背後を取って3バックの脇で回収する。ここまでは一つ前の試合と同じだが、そこから単純なクロスは入れずに、内側のレーンにポジションを取った味方選手などに預け、人数面で厚みのあるフィニッシュシーンを作る。
前半13分には若谷拓海の縦パスを山脇が右のハイサイドで受けると、一つ内側のハーフスペースと呼ばれるレーンを上がった高吉正真にグラウンダーで供給。高吉は動き出した永井を逃さずにラストパスを送り、息ぴったりの先制点をもぎ取った。攻撃の質向上に向けて、一つの可能性を示すものとなった。
3-2で勝利した最終戦の2点目はディフェンスラインの背後へとランニングする高を生かしたゴール。決勝点はドリブルでペナルティーエリアに入った高橋隆大のクロスに、サイドバックの乾貴哉が逆サイドから飛びついてたたき込んだ。シーズン終盤は得点パターンが淡白になり、永井と藤原という抜きん出た選手に頼ったプレーもあったギラヴァンツだったが、2025年への期待を抱かせる得点シーンが続く90分間となった。
最下位からスタートしたチームが7位までジャンプアップした。指揮官の手腕のみならず、ベテランに引っ張られる形で成長を促す戦略が機能したのも大きい。高吉、井澤などは顕著に成長した選手だろう。そして33歳の永井は得点力を再開花させ、終盤はフルタイム出場を続けるなど、復活を印象づけた。相乗効果が生まれている。
「加入して1年目だが、ギラヴァンツというチームの未来、ポテンシャル(を感じている)。街も、チームも、環境も恵まれている。もっともっと頑張って上に行くことで、北九州全体が盛り上がる。勇気、元気を与えられる選手、チームになっていきたい」
永井は最終戦後のDAZNのインタビューでそう語り、上のカテゴリーを目指す覚悟を示した。
2025年の目標は明確だ。ただ、増本監督は「強度がかなり必要なリーグだと思っている。強度を表現し続けながら、どこでクオリティーを上げるか」と話す。J3は質を強度でカバーする部分があるのは否めず、今年も相手の強度に苦しんだ試合があった。さらに質と強度の両方を伴ったチームには勝ちきれず、球際や判断で甘さも垣間見えた。個人の成長とチーム戦術の絵が合うだけでは足りず、もっと泥臭く戦うフィジカルとメンタリティーも重要になる。
それでも久しぶりに前向きな期待を抱いて歩めたシーズンだったのは間違いがない。サポーターの声がこだまするスタジアムの高揚感を来年につなげ、誰もが対等にいいものを作っていく挑戦を続けられれば、遠からず最良の結果に手が届くだろう。
「ヒマワリは枯れない」。黄色いチームの復活を託された指揮官は誓う。「ギラヴァンツはこのリーグにいるクラブではないと心の底から思っている。上を目指し、行けるところまで上へと行きたい」。陽光を浴び、高みへとまっすぐに伸びていく花となる。