Jリーグ60位の現実 2023年のギラヴァンツ北九州に降り注いだ必然の課題
昨年2023年のJ3リーグで最下位に沈んだギラヴァンツ北九州。日本フットボールリーグ(JFL)の上位にJリーグ昇格意向のないチームが入ったことでJFLへの“降格”は免れたが、2018年に続く2度目のJ3最下位はギラヴァンツに現実を突きつけた。毎年のようにJ2復帰を掲げるチームは何を間違えたのか。そして再起は可能なのか。Jリーグで60位の不名誉をすすぐ新シーズンの始動を前に、苦しんだ1年間を振り返りたい。
幹のないチーム 霞む“走姿顕心”
2023年は前年の主力だった佐藤亮、針谷岳晃などがチームを去り、ルーキー8人を含む12人の新戦力を迎えてのスタートとなった。最年長でも夛田凌輔の30歳(開幕時点)という若い顔ぶれ。補強の目玉だったのがテゲバジャーロ宮崎で14ゴールを挙げていた岡田優希の獲得で、実際に26歳(同)の岡田が孤軍奮闘を強いられることになる。
若いチームを任されたのは田坂和昭監督。クラブは育成に長けた指導者として田坂氏を招き、育てながら勝つという方針を打ち出した。
「北九州はどちらかというとショートパスをつないで崩していくというところがある。伝統をアレンジしながら、ショートパスでも縦に速く行くサッカーを地上戦でやっていきたい」
ベテラン不在の幹の細いチームを預かった田坂監督は新体制発表会(1月15日)でそう話し、パスサッカーを主題に掲げた。大ざっぱに言えば個人よりも組織を重視するスタイルだ。実際にギラヴァンツは2020年に同じようなスタイルでJ2を席巻したほか、以前にもパスサッカーを貫いてJ2の一ケタ順位に食い込んでいる。田坂監督が同様のスタイルを表現しようとするのは理にかなうものだった。
ただ、いくら組織重視といえどもベースとして選手個人が判断力と技術を高く持っている必要があったが、現実は異なっていた。あるいは、ベースはあったのかもしれないが、過信や甘えが成長を阻害していたと表現するほうが的確かもしれない。
「選手に話したのが走姿顕心という言葉だ。やらされて走るのではなく、みんなが勝つためにボールを追い、勝利のために走るチームを作る。ただ走れば勝てるわけではなく、細かな技術、戦術をやり、シーズンを通して心技体を鍛えていく――」
田坂監督がそう語気を強めた「走姿顕心」は、試合のたびに霞(かす)んでいく。
3バックに変更 守備の再構築と代償
ギラヴァンツは開幕戦でFC岐阜に1-1で引き分け、翌週のカマタマーレ讃岐戦で3-0の快勝。不安を払しょくするスタートを切るが、チームの勢いはそこまでだった。開幕から3試合目で初黒星を喫すると、背後に送られたボールに対応できなかったり、フィジカル面のディスアドバンテージを簡単に突かれたりして、その後のリーグ戦は12試合にわたって白星から嫌われ続ける。
一方で攻撃に転じた際は、確かにパスサッカーと言えるようなボールの保持率を示した。もっともスイッチを入れるようなパスは出ず、前線の動き出しのタイミングも合わないなど、相手に脅威を与えるような持ち方はできなかった。一ひねりしたボールポゼッションはできず、自陣での致命的なボールロストも散発。厳しい言い方をすればパスサッカーは自陣という塀に囲まれた中でしか表現できなかった。
チームの若さは負のスパイラルを強める方向に作用し、悪いなりにも勝ち点を拾うサッカーをするというしたたかさを持てなかった。
どんよりとした空気感の中で、小さく光が差したのは6月17日の第14節ガイナーレ鳥取戦だ。
鳥取はギラヴァンツ戦の前までは4-4-2のフォーメーションにしていたが、この試合で3-4-3に変更していた。ギラヴァンツは相手のシステム変更に対してプレスが後手に回り、前半は押し込まれる時間帯が続いてしまう。何とか無失点で耐えると後半はギラヴァンツも3-4-3に変更してミラーゲームの形を選択。前線からのプレッシャーが掛かりやすくなり、アディショナルタイムには永野雄大のアーリークロスに夛田が合わせ試合を決するゴール。1-0で約3カ月ぶりの白星を手にする。
3-4-3のフォーメーション変更が成功体験となり、ギラヴァンツは6月下旬からしばらくの間、勝ち点の積み上げに成功。3バックにして守備からゲームに入る意識を強めたことは一定の成果があった。チームの現実に沿う選択だった。
しかし、3バックにした代償も大きく、ボール支配率、シュート数などは目に見えて低下。1試合平均1得点以下という貧しいスコアで推移し、シュート数も10本に満たない試合が続く。平山駿など前線に縦パスが入っても押し上げが不足したり、目的地のないクロスボールでチャンスを逸したりとアタッキングサードの質が浮上を阻んだ。
7月16日の第18節FC大阪戦では0-0で勝ち点1を積み上げたものの、ギラヴァンツが放ったシュートはわずか1本。試合後の記者会見で3バックの現状を問うと、田坂監督は守備の手応えと攻撃の不足を同時に口にした。
「4-4-2では失点を抑えきれなかったが、(3バックにして)守備では最後まで守って失点を0にできてきている。このいい守備からいい攻撃につなげ、シュートを打つというところは増やさないといけない。完成度はまだまだ。試合、練習を重ねて作っていくしかない」
アタッキングサードまで運べてもシュートまで行けないという現実を打開するため、クラブは7月以降、外国籍選手を積極補強する。FWではナイジェリア出身のエボコとブラジル人ストライカーのエドゥアルド・メロを獲得。エボコは19歳(加入時点)、メロも22歳(同)で、Jリーグでのプレー経験はなかった。
4試合が組まれた8月も守備陣が踏ん張り、全ての試合で1失点以下に抑え込んだ。だが、経験値が付加されなかった攻撃力が回復することはなく、1勝1分2敗と低調なまま。9月2日の第25節FC今治戦も0-1で敗れ、田坂監督が退任することになった。
最終盤に若手開花 最下位確定後の光明
後任として小林伸二スポーツダイレクターが2年ぶりに監督に復帰し、フォーメーションも4-4-2や4-2-3-1に再変更。守備面では高めからディフェンスを仕掛け、攻撃では両サイドの推進力、前線の背後への動き出しなどを軸に据えた。
ただ小林監督となった直後の第26節ヴァンラーレ八戸戦こそ2-0で勝利するも、第29節SC相模原戦から第34節松本山雅FC戦まで6連敗し、JFLに片足を突っ込む19位以下が確定する。連敗中の5試合は無得点という惨状で、3バックよりもボールを持てるもメリハリを欠き、守備では当時「裏天王山」とされた相模原戦で2失点するなどあっさりとした失点を繰り返した。
相手へのプレッシャーの掛け方を整理し、ボールを奪ったあとのサイドの推進力とセンターレーンの展開力が噛み合うようになったのは残り数試合になってからだった。5試合連続無得点かつ6連敗を喫していたギラヴァンツは第35節いわてグルージャ盛岡戦(11月11日)で前節から4人を変更。ボランチに22歳の若谷拓海と20歳の平原隆暉を起用し、右サイドハーフにはようやくコンディションが整ってきたエボコを充てた。
「ミドルゾーン(での守備)で前から行くか、守るかというところを相手によって変えてきたが、だいぶ落ち着いてきた。受けることなくプレスを掛けてサッカーをしてくれた」
そう話す小林監督の言葉の通り、まずは守備でしっかりと連動してプレスに行くことに成功。若手ボランチにも「相手チームは大柄の選手が多かったが、ボールを握ってサッカーをやるチャレンジはできる」と背中を押して送り出し、果たしてギラヴァンツが主導権を掌握する。前半10分までに若谷のプロ初ゴールと岡田のシーズン6点目が決まり、立て続けに2得点を奪取。その後は相手に退場者が出たこともあって、ゴールラッシュとなった。
続くAC長野パルセイロ戦は2-2のドローで勝ち点1を積み上げると、第37節福島ユナイテッドFC戦こそ1-2で敗れるも、最終戦のFC岐阜戦は左サイドバック・乾貴哉が入れたクロスボールの流れから平山が決勝点を挙げ、1-0で勝利した。最終盤5試合は2勝1分2敗で勝ち点7。昇格には程遠いとはいえ、降格を心配しなくてもいいような勝ち点の積み上げペースだった。
“試合を通して成長”の難しさ
成績が低迷すると監督が責任を取るというのはサッカーではよくあることだが、23年シーズンの低迷は監督の采配が悪かったとは言い切れない。田坂監督が指揮を執った25試合の1試合平均の勝ち点は0.8ポイント。小林監督に交代したあとも低迷し、平均は0.85ポイントとほとんど変わらなかった。
ギラヴァンツが悪夢の1年からくみ取るべき教訓は、育てながら勝つことの難しさだ。Jリーグ未経験の選手を大量に迎え入れたものの、スピードや強度は大学リーグよりも高く、フィットするのは簡単ではない。パスサッカーを貫くなら相手のプレッシャーを寄せ付けない基礎能力が求められるし、ミドルゾーンまでに奪い返したいのであればなおさら強度が必要になる。いきなりJリーグの強度に若手をさらしても勝利に結びつかないのは必然だ。
チームがジレンマに直面したのは想像に難くない。勝ち点を積み重ねるなら守備の重心を下げるほうが無難だが、成長速度は遅くなってしまう。成長を優先して理想的なサッカーを追求すれば、シーズンの途中までは勝ち点から見放される――。10月29日の第33節Y.S.C.C.横浜戦に0-2で完敗したあと、22歳のメロは苦悩する指揮官の心中を代弁するようにこう話した。
「選手全体を見るとまだまだ経験の足りない選手が多い。それはみんな分かっている上で、それぞれに成長していかないといけない。経験を積み、それをゲームに生かしていきたい」
結局、若すぎたという一言に尽きる。経験豊富な選手に混じってプレーすると、周りに感化されて若手が引っ張り上げられるが、若い選手ばかりだと成長には時間が掛かってしまう。それに順位の割には危機感が薄く、戦術を語る以前に最後まで走る姿や努力して成長しようとする姿がぼやけて見えたことがあった。指揮官の言葉はどれだけ響いていただろうか。
ギラヴァンツは2022年、育成型クラブへの転換を図る考えを示し、小林監督は「トップチームも育成、アカデミーも育成。いろいろな角度で育った選手、若い選手を入れることでチームが育っていくということが育成型だ。各部門をつなげていくことが大事になる」と強調。高校生年代までのアカデミーに限らず、トップチームに迎え入れる若手選手を含めての育成を目指した。だが、ルーキーが大半を占めた23年シーズンの成績推移はトップチームの育成が簡単ではないことを如実に物語った。
2024年は復活となるか ベテランにも期待
アカデミーを含む強化全般にスポーツダイレクター(SD)として関わってきた小林監督が全役職から退任。クラブは新たに鳥取を指揮してきた増本浩平氏を監督に据え、SDに31歳の池西希氏を置く人事を行った。
首脳陣を若返らせる一方、選手は若手時代にギラヴァンツでプレーした大谷幸輝(34歳)をはじめ、喜山康平(35歳)や牛之濵拓(31歳)、永井龍(32歳)など三十代の中堅からベテランを補強。ルーキーを積極的に迎え入れる姿勢も続けるが、精神的支柱になれる経験豊富な選手を生かし、最下位からの脱却を目指す。
ただ予算規模の縮小は避けられず、今冬の移籍市場でサイドハーフを担った岡田と野瀬龍世、最終ラインからの攻撃参加で能力を発揮した村松航太などが流出し、戦力全体は少しスケールダウンした。再起が計算通りにいくかは未知数だ。それでも二兎を追わず、現実的なサッカーをすれば勝ち点の積み上げはできるだろう。一時は18位に沈んでいた鳥取を6位まで浮上させた新指揮官の手腕に期待が懸かる。
本質的な課題はむしろメンタリティーの部分にある。J3の中ではスタジアムも練習環境も恵まれているギラヴァンツは、ともすればぬるま湯にどっぷりと浸かるリスクを内包している。キーパーソンとなるのはやはりベテランの選手たち。とりわけ大谷は14年のギラヴァンツでJ2のリーグ戦全試合に出場し、チームを5位に押し上げる原動力となった。電光掲示板さえない本城陸上競技場を使い、練習環境も不十分な中で、J2を快走――。そんな昔語りを彼に求める必要はないが、愚直に戦う姿勢をチームが取り戻すにはベテランとなった選手たちのたくましさが不可欠だ。
増本新監督も就任に際し、「前向きに、一試合一試合を勝利に向かって直向きに戦うチームを目指し、日々を全力で、覚悟を持って前進」するとのコメントを出している。具体的な戦術が見えてくるのは始動以降になるが、まずは高い意識を持って戦うチームを作らなければならない。
60クラブに拡大したJリーグの最下位となり、脱会の危機に陥ったギラヴァンツ北九州。23年を戦い終えて見えてきたものは、プロスポーツチームが乗り越えているべき当たり前の課題だった。それに身を以て気づいたことを前向きに捉え、24年は泥臭くも一歩ずつ歩みを進めたい。