金正恩「麻薬農場」責任者を公開処刑
2020年10月のある日、北朝鮮・咸鏡南道(ハムギョンナムド)の霊光(リョングァン)郡にある軍第108訓練所後方部傘下の白桔梗(ペクトラジ)農場の外で、自動小銃と機関銃で完全武装した30人余りの兵士が警備につき、物々しい空気が漂っていた。
北朝鮮の特殊機関において白桔梗は、アヘンの別名となっている。
当時、農場の敷地内では支配人の公開処刑が執行されていた。彼は農場の生産物を横領し、私利私欲を満たした罪に問われ、多くの従業員とその家族らが見守る公開裁判で死刑判決を受けた。
北朝鮮で、一介の農場支配人が公開処刑されることなど珍しいことではない。それなのになぜ、完全武装した兵士たちが警戒していたのか。その背景には、秘密警察である国家保衛省と、軍部内で隠然とした力を持つ軍保衛局の権力闘争があった。
韓国デイリーNKが北朝鮮の内部情報筋から得た情報を総合すると、ことの顛末は次のようなものだった。
事件の発端は、平安北道(ピョンアンブクト)の義州(ウィジュ)郡に駐屯する国境警備旅団付の保衛部から、平壌の国家保衛省に上げられた一通の報告書だった。同郡の海岸国境哨所に所属する保衛指導員が作成したもので、中国との国境の川である鴨緑江で不審なボート1隻を捜索したところ、20キロものアヘンを密輸して得た多額の米ドル札が入ったバッグを発見したとする内容だった。
ボートに乗っていたのは第108訓練所後方部傘下の農場の販売課長であり、ボートは農場が購入し、国防省後方総局の許可を受けて副業用船舶として登録されていたものだった 。さらに、この保衛指導員が事件を重大視したのは、販売課長の逮捕からわずか3時間後に、軍保衛局捜査局の責任幹部から直接電話がかかってきた事実だった。電話の内容は詳らかでないが、現場に圧力を加えるものだったと思われる。
かねてから軍保衛局を牽制してきた国家保衛省は、この事件を中央党(朝鮮労働党中央委員会)の組織指導部に報告。それ以降、組織指導部と国家保衛省が合同で調査する態勢が組まれ、直ちに同農場に対する徹底した検閲が行われた。
北朝鮮中枢の政務と人事を司る組織指導部は最強の権力機関であり、合同検閲が実行されたのは、金正恩総書記の裁可によるものだったと見てまず間違いない。
(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面)
1990年代後半に作られた同農場は、アヘン栽培と加工の長い歴史を誇り、最高品質のアヘンを生産することで名高かったという。その利権に、軍保衛局が注目しないはずもなかった。農場で何か問題が起きるたびに検閲の名で介入を繰り返す一方、中国へのアヘン密輸を敢えて見逃すなどして、自らの傘下に取り込んでいった。
国家保衛省が組織指導部との共闘体制を組んだのも、利権を奪われるのを警戒する軍保衛局との「衝突」を警戒してのことだった。
検閲の結果、国家保衛省は同農場で生産されたアヘンが横領され、中国に密輸されていた過程を詳細に把握し、中央党に報告した。だが、その報告書からは軍保衛局が関与していた事実が完全に抜け落ちていた。その後の権力闘争の「カード」として保衛局幹部らに「貸し」を作り、すべては農場支配人の独断による横領と裏取引によるものだったとして、事件を終結させたのだ。
そうして支配人は公開処刑となり、農場の党委員会書記ら従業員とその家族など50人余りも追放され、農場は解体されたという。