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エンタメの主流は騙し騙されの心理戦。『アウト×デラックス』で注目の加藤和樹も騙したり騙されたり。

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
『暗くなるまで待って』  写真提供:日本テレビ

近頃、人気のエンタメは、騙し騙され、心理戦のスリルとクライマックスで起きる想定外の展開。舞台『暗くなるまで待って』はまさにそれだ。

あらすじはシンプルで誰もが世界に入りやすい。アパートの一室で、あるものを巡って悪党たちと彼らに命を狙われた盲目の人妻の命がけの心理バトルが繰り広げられるというもの。

1966年、ブロードウェイで初演され、67年に映画007シリーズのテレンス・ヤング監督、オードリー・ヘップバーン主演で映画化され人気を博し、50年以上経った今でも上演され続けている。

このたび稀代の悪党・ロートを演じる加藤和樹は『アウト×デラックス』で首の骨が折れても舞台に立ち続けた壮絶なエピソードを明かした、熱い俳優魂の持ち主。主演舞台『暗くなるまで待って』の魅力と、作り話を本当に見せる、ある意味騙す仕事である俳優の仕事の面白さを聞いた。

☆有名な作品ではありますが、未見の方のためにネタバレには配慮しています。

騙し合いにはスキルが必要

ーー『暗くなるまで待って』はオードリー・ヘップバーンの映画が有名です。映画化もされ、舞台では長いこと上演され続けています。長く愛される理由は何だと思いますか。

加藤:起承転結がはっきりしていてわかりやすいからだと思います。悪い人たちが悪巧みして、全盲の人を騙して陥れようとするが、最後に大どんでん返しがある。単純明快だからこそすごく人を引きつけると思います。だからこそ役者のスキルもすごく問われます。

ーーそれはどんなスキルですか。

加藤:役者同士の騙し合いみたいなところですね。以前、『罠』(17年)という舞台をやって、それも騙し合いのお話だったのですが、やりながら、役者って、人間って……怖いなと思う瞬間がありました。「信じて私を」と迫られても「いや、絶対もう信じられないよ。あんたのことは」みたいな。芝居をしながら、ほんと人間不信になりました(笑)。

ーー台本どおりにやっているけれども、騙されちゃうんですか。

加藤:台本にプラスして、その役を演じる役者の本来持っているものや、その芝居の質がプラスされることで、舞台上で思いがけない化学反応が起きることがあるんです。ふだんの役者さんの素の印象とはまるで違い、役になりきっているところを見ると、すごく怖いときがあります。もしかして、この人こういう一面もあるのかもしれないと思うほどの迫真で。役者としてはそう思わせたら勝ちなわけで、だから今回のこの『暗くなるまで待って』に関しても、僕はほんとに得体の知れない人物にならなければいけないんです。

この上もない悪人を

ーーすごい悪党の役を演じられるそうですね。

加藤:僕が今までやった役では、悪といってもダークヒーロー的であったり、根は優しい部分があったりしましたが、今回演じるロートは息をするように嘘をついたり人を殺したりして、そこに何にも感情がないんです。

ーー悪意なく悪いことをする人物。

加藤:「何が悪いの?」と言えてしまうような、だからこそ悪なんですよね。今回、僕はそういう感情に行き着かなくてはいけないので、非常に難しいなあと思う反面、非常に楽しみです。見ている方に「気持ち悪い」と思ってもらいたいです(笑)。

ーーそうなるためにはどういう工夫をするんですか。

加藤:完全に人を人として見てない部分もある人物ですから、この役をやるに当たって、稽古中は人間関係を一切絶たなければいけないかもしれないです。

ーーすごい覚悟ですね。古今東西、悪役を演じて伝説になっているような俳優がいるじゃないですか。例えば、ヒース・レジャー(ダークナイト)とか。あの俳優のあの演技が印象に残っているというようなものがあったら教えてください。

加藤:すごい役者さんがいっぱいいる中で、僕は2007年に浦井健治さんが演じた『暗くなるまで待って』のロートを見て衝撃を受けました。言葉は悪いですが、ほんとうに狂っているように見えたんです。

相手の立場に立って

ーー映画版は見ていますか。

加藤:あれはもうほんとオードリーが圧巻っていうぐらいですね。彼女の何がすごいって、目線がほんと見えてないんですよ。目の見える俳優がやるから、どうしたって見えてしまうじゃないですか。でも彼女は、ほんとに見えてないのではないかなと思う演技でした。視線がぶれないんですよ。瞬きはするけれども、ずっと1点を見ていて。

ーー見えないから視線を動かさないんですね。

加藤:我々はふだん、視線の動きで相手の感情を読んでいます。例えば、曖昧なことを言っているときは目が泳ぐし、口元は笑っていても目が笑ってなくて喜んでないことわかります。目線を動かさないと感情が読めないんですよね、表情も変わらないから。この見えないからこその独特の表情が、オードリーはほんとに素晴らしくて、僕がもし盲目の役をやるなら、ああいうことをやりたいと思います。目を開けていて、ふつうに何でもできるから、一瞬、見えているのかな? と思っても、ある瞬間、何かにぶつかって、見えてないことがわかるときの動作もすごい(実際、見えないながら日常的動作をする仕草をして見せてくれる)。

ーー今、すごく見えてないふうに見えましたよ。

加藤:何回かやってみたことはあるんですよ。部屋を真っ暗にして、目をつぶってやってみたりとかして。もう家がすごいことになりましたけど(笑)。

以前、全盲の人を相手にする『レシピエント』(12年)という舞台に出たことがあって、そのときにちょっと自分も体験してみようと思ってやってみたんです。どういう感覚でやっているのか気になるんですよね。自分一人で台本読むときはやっぱ相手のせりふも読むのと同じような感覚で、相手の立場になってみたとき、自分がこれまで思いも知らなかったことに気づくことができます。

音楽と演劇と

ーー加藤さんが現場で信頼され、出演作品が引きもきらないわけのひとつは、相手の側に立って考えられるからなのでしょうね。音楽活動を今年再開されたそうですが、そちらは1人作業になりますか。

加藤:作詞や作曲作業は、自分から生み出していくものですが、編曲してくださる方、ライブやるときの演奏メンバーの方などなど、やっぱり何をするのも1人ではできないです。

ーークリエイターは孤独でなければとよく聞きます。そうとも限らないんでしょうか。

加藤:強いて言うとしたら、自分で生み出すか、生み出さないかっていうところの違いですよね。音楽は、基本的には自分の感情で、誰かになるわけじゃない。だから自分の素直な思いを、自分のやりたいようにできますし、自分を表現する場所は音楽でしかないんです。一方で、役者は自分の思いとは関係ないところで、演じる役や作品の思いを伝えるもの。そこには自分はあまりいらないと思っています。

ーー加藤さんの表現の出発点は音楽ですか。

加藤:十代の頃、僕には何もなくて。そんなとき、音楽に影響を受けて、音楽をやりたいと思いました。平行して、お芝居も本格的にやり始めましたが、最初、お芝居は苦手でした。二十歳くらいのときは「だって自分じゃないんだから、他の人の感情なんて分かんないよ」「他の人にはなれないよ、自分は自分だから」とずっと思っていました。今振り返れば、なんだか子どもみたいなこと言っていましたね(笑)。例えば、『ミュージカル テニスの王子様』(05年)は、大好きな作品のキャラクターだったからやれましたけど、あれが全く知らない作品で、感情移入できないキャラクターだったら、できなかっただろうと思います。

ーー相手のことを考えながら自分が変わっていくようになったきっかけはなんですか。

加藤:仕事をしながら徐々に考えるようになっていって、20代後半ぐらいじゃないですかね。20代前半はとにかくがむしゃらに目の前にあるものに真剣に向き合ってやるしかなくて、そうしてやっているうちに、お芝居は演出家や監督のもので、言われたことを自分の中で消化してやるだけで自分の意思は反映されないと思い込んでいたのが、やっぱりやるのは自分だから、もっともっと自分で掘り下げなければいけないのだというふうに思い始めました。自分でないものをやるからこそ、掘り下げていくと、楽しくなってくるんですよね。先ほど話した盲目の感覚もそうで、自分では知り得なかったことを知ることの面白さを知って、お芝居に目覚めていきました。

舞台を止めるな

ーーこの記事、ウェブなので、たまたま流れてきて読む人も多分いるんですよ。その場合、お芝居をふだんあまり見ない人もいるかもしれず、そういう方にお芝居の魅力を教えてください。

加藤:俳優になっていなかったら、僕も舞台を見に行くこともなかったと思います。そういうとき、日常にない刺激を求めるには、テレビでドラマやバラエティや映画を見ると思いますが、舞台もそれと何ら変わりがないんですよ。同じように、脚本家や構成作家や演出家などの作り手の人たちがいて、役者たちがいる。舞台はそれを生で実感できる良さがあります。眼の前で役者さんたちが動いて、リアルタイムでお芝居をすると、ときには台詞を噛むこともあるし、失敗することもあるけれど、それがライブの良さだと僕は思います。その場に足を運びにいくことが、「何かめんどくさいな」と思う気持ちもわかりますが、で行ってみたら、それ以上の価値とか魅力っていうものがそこにある。一度行ったら絶対病みつきになると思うので。見たことないっていう人は「人生に一度ぐらいちょっと舞台見に行ってみるか」となってもらえたらうれしいです。

ーーこの間、テレビで、ミュージカルを見るとものすごい心拍数が活性化するという話をやっていて……。

加藤:その話題、知ってます、ダイエット効果があるというものですね。やはりライブとかミュージカルはやる人にも見る人にも健康にいいんですよ。カラダだけでなく、感性も磨かれますしね。

ーー加藤さんも舞台をやって感性が磨かれましたか。

加藤:他者から様々な感情もらいますから。なにより演じる側としては自分じゃない誰かを演じることはすごく刺激的です。

ーーテレビといえば、これまたテレビを見ていたら、加藤さんが首の骨が折れたにもかかわらず舞台に立ち続けていたというエピソードをやっていました。

加藤:『アウト×デラックス』ですね。

ーーそれはもう最大級の出来事と思いますが、二番目に大変だったことは何になりますか。

加藤:舞台上で気絶したこともあります。『ミュージカル フランケンシュタイン』(17年)という舞台の博多公演のとき、立ち回りの場面で相手の裏拳が入って一瞬気失って、歯も折れて、唇も切れて血がダラダラ出ている状況で、ソロナンバーを歌い切りました。

ーーそういうときはもうやるしかないんですか。

加藤:やるしかないですね、もう止められないので。

ーー止めちゃう人っていないんですか。

加藤:いないですね。基本、役者は板の上立ったらやるしかない。自分から止める人はいないと思います。何とかしなきゃっていう頭の働きになるんですよ。骨が折れようが、血が流れようが、変なアドレナリン出て、みんな舞台立ち続けるんですよ。舞台袖にはけた瞬間に「痛え」みたいな感じになるんすけど(笑)。

ーー相当痛いんでしょうね。その裏拳した瞬間ってね。

加藤:痛いですね。歯も折れて神経むき出しになっていたので、ほんと呼吸するだけで痛かったんですよ。

ーー舞台に立つと、ほんとうに予想外の出来事が起こるんですね。

加藤:そうなんです。そういうときでも俳優は最後まで自分もお客さんも騙し続けます(笑)。

加藤和樹

kazuki kato

1984年愛知県生まれ。2005年ミュージカル『テニスの王子様』で跡部景吾役を演じて注目される。06年Mini Album『Rough Diamond』でCDデビュー。俳優と歌手、両輪で活躍する。

俳優としては『ミュージカル タイタニック』『罠』『ミュージカル マタ・ハリ』『ハムレット』『ミュージカル フランシュタイン』『真田十勇士』『1789−バスチーユの恋人たちー』『No.9ー不滅の旋律ー』『ペール・ギュント』

等多数。

音楽活動では、毎年CDリリース、日本武道館、日比谷野外音楽堂などでの単独ライブや全国ライブツアーを開催している。18年7月には加藤和樹名義で9年ぶりのアルバム『Ultra mWorker』をリリースした。

暗くなるまで待って  写真提供:日本テレビ
暗くなるまで待って  写真提供:日本テレビ

暗くなるまで待って

作:フレデリック・ノット

演出:深作健太

出演:加藤和樹 凰稀かなめ/高橋光臣 猪塚健太 松田悟志ほか

◯2019年1月25日(金)〜2月3日(日)東京都 池袋 サンシャイン劇場

◯2019年2月8日(金)〜2月10日(日) 兵庫県 西宮 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール

◯2019年2月16日(土)、2月17日(日)愛知県 名古屋 ウインクあいち

◯2019年2月23日(土) 福岡県 天神 福岡市民会館 大ホール

10月27日から前売り券発売

Stylist 立山 功  ヘアメイク raftel 江夏智也

ジャケット、カットソー、靴/The Viridi-anne

パンツ/sise(株式会社 VAL)

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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