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Vaundy『ホムンクルス』は何を歌ってるか、まったく分かんないからいい【月刊レコード大賞】

スージー鈴木音楽評論家、ラジオDJ、小説家
Vaundy『ホムンクルス』MV

 東京スポーツ紙の連載「スージー鈴木のオジサンに贈るヒット曲講座」と連動して毎月お届けする本企画。8月度はVaundy『ホムンクルス』を取り上げます。

 劇場版『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ユアネクスト』主題歌として、7月5日に配信リリースされ、8月14日にCDがリリースされました。

 さて、まずは歌い出しを聴いてみましょう。何を歌っているか、分かりましたか? では私が「書き取り」をやってみますね(よければみなさんもご一緒に)。歌い出しを実際に聴いて、私が書き起こした歌詞はこんな感じ。

 「♪せっかくから背負(しょ)って角(かく)でも揉んでダーリン」

 何を背負うんだろう。あと「角」って何だ? 分からないけれども、どうも硬そうな「角」って揉めるのか。

 正解は「♪せっかくだからそうね、肩でも揉んでダーリン」――わっ、我ながら思ったよりも聴き取れている(笑)。では次。

 「♪接写でもしないグスグスしたってスマイリン」

 接写? いや拙者? 時代劇かよ。グスグスってどんな擬音だ?

 正解は「♪小さくても次第にグツグツ煮立って終いにゃ」――こちらはかなりハズレ。でも問題は、正解を読んでも、意味が分からないところにあります。てか、何がどう煮立ってるんだよ。

 私はここで「何を歌っているか聴き取れないボーカルがいい」と言いたい。逆に「何を歌っているか聴き取りやす過ぎるボーカルはどうなんだ?」とも言いたいのです。

 そもそも日本語のロックとは「英語のロックって気持ちいいなぁ。なのに、日本語って何てダサいんだろう」という問題意識から生まれたものなのでした。

 私なんかも、中学時代にザ・ナックの『マイ・シャローナ』(79年)なんかを聴いて「英語って、どうしてこんなに弾けるようなリズム感で歌えるのだろう」、対して、ある番組で聴いた、この曲の日本語カバーが劇的にダサ過ぎて「どうして日本語は……」なんて思ったものです。

 今でこそ、Jポップの聴き手は、洋楽をほとんど聴いていない人が多いので(それが悪いことだとは決して思いません。むしろ今までが聴き過ぎだったと考えます)、「英語(洋楽)コンプレックス」がない。

 だから、歌い手が、日本語を英語風に歪める必要がなくなっている。だから、何を歌っているか聴き取りやす過ぎるボーカルが増えている。

 しかし昔は違いました。歌い手は、大なり小なり「日本語って何てダサいんだろう」と思っていたから、英語風に日本語を歪めていた。

 大滝詠一(はっぴいえんど)→矢沢永吉(キャロル)→桑田佳祐(サザンオールスターズ)→佐野元春→岡村靖幸という流れは、いわば「日本語歪め方イノベーション」の歴史といえます。

 その中でも、最大のイノベーターはいうまでもなく桑田佳祐。『勝手にシンドバッド』(78年)の「♪シャイなハートにルージュの色が ただ浮かぶ」のパートは、当時、何を歌っているかまったく分からなかった。「もしや英語か」と思ったほどのものでした。

 桑田佳祐は当時、このように発言しています。

英語の歌、ポップスとかに囲まれて育ってくる間に身についた歌の楽しさとか、ボーカリストとしての面白さ――乗りや満足感は、詞の内容とかじゃなくて唄ってて気持がいいって中にあるのね。それを普通の日本語でやっちゃうと、どうしてもいい気持になれない(桑田佳祐『ただの歌詩じゃねえかこんなもん』新潮文庫)

 もちろん、このイノベーター流派に対して、日本語をしっかりと聴き取らせようという流派も存在して、忌野清志郎あたりを源流として、甲本ヒロトも奥田民生もトータス松本も、みんな聴き取りやすかった。

 そして先のような、「英語(洋楽)コンプレックス」がないリスナーの増加を背景として、今やこちらの流派の方がメインストリームになっているのですが。

 でも私は、何を歌っているか聴き取れないボーカルを聴きたい。まるで英語のような弾けるリズム感のボーカルを聴きたいのです。

 「なら、洋楽を聴けばいいじゃないか」という意見が来そうですが。違うんです。英語に寄せた日本語ボーカルこそが気持ちいいのですから。

 さて、Vaundy自身は、そのインタビューでこう話しています。

日本語がリズムに合わせるのが難しい言語であることは間違いないんですけど、それを意識せずに野放しにしているのは違うと思うから(『ROCKIN'ON JAPAN』2023年12月号)

 さらにこのインタビューの中には、何と桑田佳祐の話題が出てきます。

“不可幸力”が、サザンオールスターズの曲と一緒だって言われて。知らなかったんで聴いてみたら、自分でも『同じやんけ』と思って。でも俺はそのつもりで作ったわけじゃなくて、あのリズムとボイシングとBPMがあったら、あのメロディが最適なんです。桑田(佳祐)さんがいろんな勉強をして作曲家をやっているからこそ、僕も同じことをして同じことが起きたんだと思ってます。

 あと少し余談になりますが、このインタビューの中のこの発言が素晴らしい。まるで桑田佳祐自身の発言のような。

日本人が絶対に外しちゃいけないポップスの理論のひとつが『刹那』なんですよ。『刹那』と『切なさ』『一瞬の悲しみ』なんですね。

 というわけで、『ホムンクルス』から、どんどん話が広がっていきましたが、小難しい小理屈は忘れて、この曲の、何を歌っているか聴き取れないボーカル、まるで英語のように気持ちよく弾けるリズム感のボーカルを楽しみましょう。

 ではご一緒に!

「♪せっかくから背負(しょ)って角でも揉んでダーリン 接写でもしないグスグスしたってスマイリン」

  • Vaundy『ホムンクルス』/作詞・作曲:Vaundy
  • ザ・ナック『マイ・シャローナ』/作詞・作曲:ダグ・フィーガー、バートン・アヴェール
  • サザンオールスターズ『勝手にシンドバッド』/作詞・作曲:桑田佳祐
  • Vaundy『不可幸力』/作詞・作曲:Vaundy
音楽評論家、ラジオDJ、小説家

音楽評論家。ラジオDJ、小説家。1966年大阪府東大阪市生まれ。BS12『ザ・カセットテープ・ミュージック』、bayfm『9の音粋』月曜日に出演中。主な著書に『幸福な退職』『桑田佳祐論』(新潮新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『平成Jポップと令和歌謡』『80年代音楽解体新書』(ともに彩流社)、『恋するラジオ』(ブックマン社)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『1984年の歌謡曲』(イースト新書)など多数。東洋経済オンライン、東京スポーツなどで連載中。2023年12月12日に新刊『中森明菜の音楽1982-1991』(辰巳出版)発売。

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