イスラエルのシリア中部への攻撃の被害:印象操作が妨げる是非の評価
イスラエル軍は9月8日深夜にシリア中部のハマー県ミスヤーフ市一帯に対してミサイルによる攻撃を実施した。攻撃そのものについては拙稿「イスラエルがシリアへのミサイルによる航空攻撃で「ダブル・トラップ」ならぬ「クアドラプル・トラップ」」にて述べた通りだが、その後被害の実態がシリア当局より発表された。
以下では備忘のために、今回の攻撃による人的・物的被害の詳細を記す。
人的被害:「クアドラプル・トラップ」により二次的被害発生
ハサン・ガッバーシュ保健大臣は、現地を訪れ、被害状況などを視察、8日深夜から9日未明にかけてのイスラエル軍による人的被害に関して、死者が18人、負傷者が37人に上ったと発表した。
ハマー県のマーヒル・ユーヌス保健局によると、負傷者のうち重傷を負った6人はミスヤーフ国立病院に搬送され、治療が行われた。また、負傷者のなかには、現場で救助活動にあたっていた救急隊員1名、ミスヤーフ市ワッラーカ交差点で取材を行っていた国営シリア・アラブ通信(SANA)ハマー支局カメラマンのアザーム・ウマル、損害を受けたインフラの復旧作業を視察していた県技術サービス局のフクム・サバーヒー局長も負傷したと発表した。
このことは、イスラエル軍が「ダブル・トラップ」ならぬ「クアドラプル・トラップ」を行ったことで二次的被害が発生したことを示している。
道路
道路運送公社ハマー支部のサファー・ナアーマ支部長によると、イスラエル軍の攻撃によって、ミスヤーフ市とワーディー・ウユーン村を結ぶ幹線道路に、深さ7メートル以上、長さ30メートル、幅5メートルの穴が生じるなどの被害が生じて、通行不能となったほか、上下水道や通信回線といったインフラも損害を被った。
事態を受けて、道路運送公社ハマー支部の技術チームが復旧作業を行い、運輸省の発表によると、ミスヤーフ市とワーディー・ウユーン村を結ぶ幹線道路の復旧は同日中に完了した。
電力網
電力公社ハマー支部のハビーブ・ハリール支部長によると、ミスヤーフ市とサルハブ市を結ぶ66kVの送電線、ミスヤーフ市のワッラーカ交差点地区からバイヤーダ村、ワーディー・ウユーン村に至る電力網、ミスヤーフ市電力局ビルと設備が甚大な被害を受けるとともに、サルハブ市の製粉所、穀物サイロ、砂糖工場、用水施設、ハーン・ジュルミードゥーン村の公共施設が、電力供給が途絶えたことで停止した。
ガッバーシュ保健大臣とともに、現地を訪れたガッサーン・ザーミル電力大臣も、66/20kV変電所が機能停止し、66kVおよび20kVの中電圧線への電力供給が中断したほか、ハーン・ジュルミードゥーン村、アンブーラ村、マフルーサ村や、サルハブ市の製粉所、穀物サイロ、飲料水用井戸などへの電力が途絶えたと発表した。
さらに、ミスヤーフ市の南部地区にある中電圧・低電圧の電力網、市内の電力部門、作業車輛やクレーンなどにも物的被害が生じたと付言した。
通信
ハマー県通信局のムニーブ・アスファル局長によると、ハマー市とミスヤーフ市を結ぶ光ファイバー・ケーブルが遮断され、ワーディー・ウユーン村、マルハ村、シーハ(シーハト・ミスヤーフ)村での通信が途絶えた。
また、バシャーウィー村、スィンディヤーナ村、マアイスラ村、アイン・カラム村、ナキール村、ワーディー・ウユーン区一帯の通信アクセス・ポイントも停止した。
水道
一方、水資源省は声明を出し、ミスヤーフ郡の水利プロジェクトが被害を受けたと発表した。
声明によると、イスラエル軍の攻撃により、ミスヤーフ市の貯水施設とジャリーファート村の水源を結ぶ送水・配水ライン(315mm、180mm、160mm)が破壊されたほか、ハーン・ジュルミードゥーン村の水源とサルハブ市への電力供給が停止した。
また、水道公社ハマー支部のスーサン・ウラービー支部長によると、3本の送水・配水管が損害を受けた。
水資源省はその後声明を出し、ミスヤーフ市、ジャリーファート村、サルハブ市、ジュルミードゥーン村の水道網の復旧は完了したと発表した。
復旧支援
地方行政環境省は声明を出し、ハマー県と密接に連携し、道路、水道、電力網、通信ケーブルといったインフラへの被害の復旧に向けて、県全体、ミスヤーフ郡、そしてミスヤーフ市議会へのロジスティック、技術、工学面での支援を行っていると発表した。
イスラエルの報道、反体制派の発表
イスラエルのメディアは、攻撃が「イランの民兵」の拠点を狙ったものだと伝えた。
例えば、タイムズ・オブ・イスラエルは9月9日、ミスヤーフ市一帯が「イランの部隊や親イランの民兵の基地として使用されていると考えられている」「(ミスヤーフ市一帯地域にある)科学研究センターは、イスラエルによると、イランの部隊が精密な地対地ミサイルの製造に使用している」などとしたうえで、「シリアの体制とイランの部隊による化学兵器や精密ミサイルの製造と結び付けられてきた」地域が標的となったと伝えた。また、イェディオト・アハロノトも同日、アラブ・メディアなどの報道・発表内容を引用するかたちで、「親イランの民兵」の拠点が狙われたと伝えた。
イディオト・アハロノトが依拠した情報の一つが、英国で活動する反体制派系NGOのシリア人権監視団の発表だった。
イスラエルのメディアが、ミスヤーフ市一帯地域とイランとの関係を示唆したのとは対照的に、シリア人権監視団の発表はより断定的だった。同監視団は、死者がシリア当局の発表よりも7人多い25人、負傷者が5人少ない32人だったとしたうえで、死者のなかで民間人は5人にすぎず、残りはシリア軍関係者4人、レバノンのヒズブッラーのメンバー2人、「イランの民兵とともに活動するシリア人」11人、身元不明者3人だと主張した。
シリア人権監視団が、どのように身元を特定したのかは明らかではない。また、「軍関係者」は、「兵士」、「士官」とは異なったきわめて曖昧な表現であり、また「イランとともに活動する」も「ともに活動する」の意味が判然としない。とはいえ、こうした印象操作は、他国の領内に対する侵犯行為に正当性を付与することに役割を果たしていることは今更言うまでもない。
昨今、ロシア領内へのウクライナの攻撃を「越境攻撃」と呼ぶか、「侵略」と呼ぶかといった議論が、日本でもようやく行われているようであるが、シリアに対するイスラエルの攻撃は、かろうじて事実報道として取り上げられるだけで、その是非が評価されることはほとんどない。