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イスラエルがシリアへのミサイルによる航空攻撃で「ダブル・トラップ」ならぬ「クアドラプル・トラップ」

青山弘之東京外国語大学 教授
SANA、2024年9月9日

シリアの国防省は9月9日午前1時16分(日本時間の9日午前6時16分)、フェイスブックの公式アカウントを通じて声明を出し、8日午後11時20分頃に、イスラエル軍がレバノン北西部方面からシリア中部地区の軍事拠点多数を狙って航空攻撃を行い、シリア軍防空部隊がミサイル多数を迎撃したものの、一部が着弾し、3人が死亡、15人が負傷し、物的損害が生じたと発表した。

SANA、2024年9月9日
SANA、2024年9月9日

また、シリア中部のハマー県のミスヤーフ国立病院(ミスヤーフ市)のファイサル・ハイダル院長は、国営のシリア・アラブ通信(SANA)に対して、民間人5人が死亡し、19人が負傷したことを明らかにした。また、ハマー県のマアン・アッブード県知事も急遽ミスヤーフ国立病院を訪れ、負傷者らを見舞った。

SANA、2024年9月9日
SANA、2024年9月9日

SANA、2024年9月9日
SANA、2024年9月9日

SANA、2024年9月9日
SANA、2024年9月9日

英国で活動する反体制派系NGOのシリア人権監視団などによると、イスラエル軍の攻撃は、駐留するハマー県西部農村地帯で活動する「イランの民兵」やシリア国内で武器開発を行う専門家らを狙ったもので、3度に分けて計15回行われた。

これにより、ミスヤーフ科学研究センター(ミスヤーフ市近郊)一帯で、計13回の爆発が発生した。

またザーウィヤ村(ミスヤーフ市北約10キロ)一帯にミサイル2発が着弾し、火災が発生した。ミスヤーフ市とワーディー・ウユーン村(ミスヤーフ市南西約15キロ)を結ぶ街道沿線の1ヵ所、ミスヤーフ市ハイル・アッバース地区にもミサイル1発が着弾した。

さらに、タルトゥース県のサムカ村、タルトゥース市郊外のダーヒヤト・マジド村など、農村、農場の住宅地などに、複数のミサイルが着弾し、物的損害が生じた。

シリア人権監視団によると、一連の攻撃で、軍関係者4人と民間人3人が死亡、15人が負傷した。

なお、シリア人権監視団によると、イスラエル軍はこの攻撃の約3時間後の9月9日未明にも、タルトゥース市ハイル・アッバース地区とタルトゥース県バーニヤース市沖の「浮遊物」に対して再びミサイルで航空攻撃した。

ミスヤーフ科学研究センターとは?

ミスヤーフ科学研究センターは、化学兵器の開発、イラン製のミサイルや無人航空機の開発が行われていると米国やイスラエルなどが非難してきた施設で、これまでにも度々イスラエル軍の攻撃を受けている。

例えば、2017年9月7日には、ミスヤーフ科学研究センターなどを攻撃、軍関係者2人が死亡、5人が負傷したとされている(シリア・アラブの春顛末記「イスラエル軍機がレバノン領空から「化学兵器が製造されていた」とされるシリア軍基地をミサイル攻撃(2017年9月7日)」)。

また、2020年12月25日には、ザーウィヤ村にあるミスヤーフ科学研究センターの科学研究所(防空工場)などが攻撃を受け、外国人を含む多数が死亡した(シリア・アラブの春顛末記「イスラエル軍戦闘機複数機がミスヤーフ市近郊をミサイル攻撃、「イランの民兵」のミサイル製造施設などを破壊、外国人6人とシリア人多数死亡(2020年12月25日)」)。

2022年4月9日には、ザーウィヤ村にあるミスヤーフ科学研究センターの防空工場や軍備管理学校が狙われた(シリア・アラブの春顛末記「イスラエル軍戦闘機がハマー県の軍備管理学校、科学研究センターなど5カ所をミサイル攻撃(2022年4月9日)」)。

2022年8月25日にも、防空工場などが攻撃を受け、民間人らが負傷した(シリア・アラブの春顛末記「イスラエル軍戦闘機がハマー県一帯に向けて多数のミサイルを発射、シリア軍防空部隊がそのほとんどを撃破したが、民間人2人が負傷(2022年8月25日)」)。

さらに、2023年3月12日にも、ミスヤーフ市ハイル・アッバース地区などが攻撃を受け、軍関係者らが死傷したとされる(シリア・アラブの春顛末記「イスラエルがレバノン北部からタルトゥース県とハマー県の農村地帯をミサイル攻撃(2023年3月12日)」)。

このほか、2018年8月5日には、北朝鮮専門家らと親交があり、イラン製ミサイルの開発に携わっていたとされるアズィーズ・イスビル・ミスヤーフ科学研究センター所長が暗殺された。反体制派の一つアブー・アマーラ特殊任務中隊が犯行声明を出したが、『ニューヨーク・タイムズ』(2018年8月7日付)は、イスラエル諜報機関のモサドによる暗殺作戦だったと伝えている(シリア・アラブの春顛末記「『ニューヨーク・タイムズ』:ミスヤーフ科学研究センターのイスビル所長暗殺はイスラエルのモサドの犯行(2018年8月7日)」)。

むろん、イスラエルはこれらの攻撃について何らのコメントも発表していない。

「クアドラプル・トラップ」

イスラエル軍が数時間の間にシリア領内のほぼ同じ場所を4回にわたって連続で攻撃するのは、異例中の異例だ。

2011年に「アラブの春」がシリアに波及して発生したシリア内戦においては、シリア軍やロシア軍による爆撃の残虐性や非道を誇張、非難するために、「ダブル・トラップ」といった表現が多用された。「ダブル・トラップ」とは、ある地域や標的に対して、時間差をつけて二度にわたる爆撃を行う戦術を指す。最初の爆撃で敵の施設や防御網にダメージを与え、その直後に2回目の爆撃を行い、敵が復旧や救援活動に入った瞬間を狙ってさらにダメージを与えるというものだ。

イスラエルのシリアに対する爆撃などの違法行為の非道性が、日本を含むいわゆる西側陣営において非難されることはほとんどないが、今回のイスラエルの航空攻撃は、この「ダブル・トラップ」を彷彿させる4連続の攻撃、「クアドラプル・トラップ」の様相を呈していたとも言えよう。

イスラエルのシリアに対する侵犯行為

シリア人権監視団によると、イスラエル軍が9月8日深夜から9日未明にかけてシリアに対して行った4回の攻撃は、9月に入って初めて、今年に入って65回目(うち48回が航空攻撃、17回が地上攻撃)で、これにより139あまりの標的が破壊され、軍関係者191人が死亡、125人が負傷しているという。

同監視団によると、軍関係者の死者内訳(本稿脱稿時点)は以下の通りである。

  • イラン人(イラン・イスラーム革命防衛隊):24人
  • ヒズブッラーのメンバー:38人
  • イラク人:18人
  • 「イランの民兵」のシリア人メンバー(カーティルジー・グループ社も含む):48人
  • 「イランの民兵」の外国人メンバー:17人
  • シリア軍将兵:42人
  • 身元不明の者:4人

また、民間人も20人(女性4人と子供1人を含む)が死亡、36人あまりが負傷している。

攻撃の県別内訳は以下の通りである。

  • ダマスカス県、ダマスカス郊外県:24回
  • ダルアー県:16回
  • ヒムス県:10回
  • クナイトラ県:6回
  • タルトゥース県:4回
  • ダイル・ザウル県:1回
  • アレッポ県:2回
  • ハマー県:4回

「イスラエルのシリア中部への攻撃の被害:印象操作が妨げる是非の評価」に続く

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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