違反高齢ドライバー、22年6月までに運転免許更新時に実車試験導入へ。免許を取り上げるだけでいいのか?
違反ありの75歳以上の運転免許更新に実車試験導入
警察庁は高齢ドライバーの事故対策として、違反のあった高齢者に運転免許更新時に、実際に車を運転させてその技能を見る「実車試験」(運転技能検査)を、2022年6月までに導入することを決めている。2021年3月、その内容が取りまとめられ、報道された。
運転技能検査の対象となるのは、75歳以上で、過去3年間に下記の11類型の違反があった場合だ。
毎日新聞WEBサイト2021/3/16 21:34(最終更新 3/16 21:38)より引用
これらの違反があると、のちに死亡事故や重傷事故を起こす可能性が高いとされた。2022年に免許更新見込の75歳以上のドライバーのうち、約15万人が対象となる。
運転技能検査は下記のような内容だ。
毎日新聞WEBサイト2021/3/16 21:34(最終更新 3/16 21:38)より、箇条書きにして引用
この検査を、試験的に75歳以上のドライバーに実施したところ、約23%が一度では合格できなかったという。
実車指導だけでは効果がなかった?
高齢ドライバー対策としては、すでに平成29(2017)年の道路交通法改正により、70歳以上の高齢ドライバーには、運転免許更新時に実車指導が全員に課されている。
ここで、この道路交通法改正の内容を振り返ってみよう。
信号無視など18類型の違反があった75歳以上の高齢ドライバーには、臨時の認知機能検査を実施。タイムリーに認知機能低下を見つけられる仕組みがつくられた。検査の結果、「認知症の恐れあり」と判定された場合は、医師による臨時適性検査または主治医の診断書の提出が必要になっている。
そして、ここで医師が「認知症」と診断した場合、免許の更新はできなくなった。
一方、臨時の認知機能検査で、「認知症の恐れあり」とはまではいかなくても、前回受けた認知機能検査の結果より認知機能の低下がある場合は、臨時高齢者講習の受講が必須になった。これは、実車指導1時間と、個別指導1時間の計2時間である。
この実車指導には、ドライブレコーダーを活用している。実車での高齢ドライバーの運転を記録。その映像を見ながら、運転のクセや注意不足になりがちな点などを指摘し、具体的に指導する内容となっている。
通常の運転免許更新時も、もちろん認知機能検査はある。ここで「認知症の恐れ」があると判定されれば、臨時認知機能検査と同様に、臨時適性検査か主治医の診断書が必要になる。そして、認知症とわかれば免許の更新はできない。
一方、認知症ではないが、「認知機能低下の恐れ」があるとされた場合は、実車指導など計3時間の講習受講が必要になる。こちらも、ドライブレコーダーの映像を使った具体的な運転指導だ。
認知機能の低下の恐れがない場合も、実車指導を含む計2時間の講習を受講する必要がある。
70~74歳の高齢ドライバーについても、75歳以上で認知機能の低下の恐れがないドライバー同様、免許更新時には実車指導を含む計2時間の講習受講が必須だ。
こうして、70歳以上の高齢ドライバーは、現在、運転免許更新時には全員が実車指導を受けることになっている。
改正以前に比べると、高齢ドライバーの運転技能については、踏み込んだ対応を取っている。それでも今回、さらに厳しい対応が導入されることになったのは、この改正による対応では高齢ドライバーによる重大事故の発生が抑えられなかったということか。
なお、実車試験の導入と同時に、認知機能検査の結果は、「認知症の恐れ」「認知機能低下の恐れ」「認知機能低下の恐れなし」の3区分から「認知症の恐れ」の有無の2区分に変更になる。
免許を持つ高齢者が増え、高齢ドライバーによる死亡事故も増加
高齢者の運転免許保有率は年々上昇している。
原付以上の高齢ドライバー(第1当事者※)による死亡事故の件数を下記のグラフで見てみると、75歳未満の死亡事故件数は低下傾向、75歳以上はほぼ横ばいだが、80歳以上の死亡事故件数が平成11(1999)年から増え続けている。
※第1当事者……最初に交通事故に関与した車両等(列車を含む)の運転者又は歩行者のうち、その交通事故における過失が最も重い者。過失が同程度の場合は、人身損傷程度が軽い者。
これを、原付以上のドライバー全体に占める75歳以上の高齢ドライバーの割合(折れ線グラフ)で見てみると、下記のグラフの通り、平成21(2009)年からずっと増加傾向だ。
平成29(2017)年の道路交通法改正後も、増加は続いているのだ。
死亡事故を起こす高齢ドライバーには運転技能の低下が
年齢階層別の運転免許人口10万人あたりの死亡事故件数では、75歳以上の高齢ドライバーの死亡事故件数は、75歳未満の2.4倍。しかもマスコミで大きく報道されるような重大死亡事故が多く、社会問題となっている。
さらに、警察庁では、平成29(2017)年中に、死亡事故の第1当事者となった75歳以上の高齢ドライバーを対象として、高齢者講習の実車指導でどのような指摘を受けたかについての分析も行っている。
下のグラフで、青いグラフが、警視庁で高齢者講習を受講した75歳以上の高齢ドライバー(323人)、オレンジのグラフが、死亡事故を起こした75歳以上のドライバー(274人)の指摘を受けた割合を示している。
「*」マークは、統計的に明らかに差があることを指す。
死亡事故を起こした高齢ドライバーは、「信号機のある交差点」ではそれほど指摘を受けていないが、信号機のない「一時停止標識のある交差点」では指摘を受けることが多い。
また、「進路変更」での指摘も多く、「カーブ走行」についてはすべての項目で、死亡事故を起こしていない高齢ドライバーに比べて指摘を受けることが多かった。
注意力の低下によって、確認や実施のタイミングが遅れる。あるいは確認・実施を忘れる。操作能力の低下によって、適切なハンドル操作、ブレーキ操作ができない。そんな高齢ドライバーの姿が見えてくる。
こうしたデータ分析などによって、違反者に対する「実車試験」という、より実効性のある対策が導入されることになったのだ。
免許返上する高齢ドライバーにはサポートが必要
高齢ドライバーによる交通事故は、本人の晩節を汚すことにもなり、多くの人を不幸にする。そうした不幸な事故を減らすため、実車試験の導入は有効な対策になるだろう。
しかし、高齢ドライバーの問題は、運転技能の低下した者を運転させない、という対策だけですべてが解決するわけではない。事故がなくなればそれでみんながハッピー、ということではないからだ。
毎日新聞によれば、この実車試験を試験的に受けた75歳以上の高齢ドライバーのうち、66.5%が、一度不合格になっても、「合格するまで受験し、同じ免許を継続」あるいは「合格するまで受験し、サポカー限定免許に切り替える」と回答している。
「どうしても運転免許を手放したくない」という高齢ドライバーが、相当数いるのだ。
筆者は、神経内科クリニックで週1回勤務しており、「主治医の診断書」を求めて受診する高齢ドライバーに、運転適性を調べる認知機能検査を行うことがある。
運転適性が明らかに低いという検査結果が出て、医師から運転をやめるよう言われても、なかなか受け入れられない人もいる。
それは、生活手段として必要、仕事上必要だからという場合もある。特に地方都市では、運転免許を失うことで、一気に生活の利便性が下がることは多い。免許返上が高齢者の閉じこもり、孤立の引き金になることもある。
多くの有識者が指摘していることだが、国は、運転技能低下による免許失効の施策を打つなら、併せて、乗り合いタクシーへの助成やコミュニティバスの運行など、生活の利便性を下げない施策も同時に行うべきだ。
高齢ドライバーによる事故さえなくなればいい、という施策では困る。
免許を返上せざるを得なくなる高齢ドライバーには、その心情への配慮も必要だ。
免許返上に強い拒否を示す高齢ドライバーには、「プライド」を著しく傷つけられたことへの抵抗を示す人も多い。
加齢に伴う能力低下をあまり感じていない人。感じているけれど目を背けている人。そうした人たちには、自分が「車の運転ができなくなった高齢者」であると突きつけられることを受け入れがたい人もいる。
家族がそこを無理に認めさせようとすればするほど、頑なになり、受け入れられなくなる。
かわいがっている孫から、涙ながらに「おじいちゃんが心配なんだよ」と説得され、免許を返上した高齢ドライバーもいる。頑なな心は、強い言葉より、その人を大切に思う気持ちから来る言葉の方が動かしやすい。
家族の言葉では動かせないなら、引導を渡すのは、認知機能低下を診断した医師に委ねてもいい。
しかし、家族は傷ついた高齢ドライバーの心情を理解し、そこから発せられる悲しみと怒りの感情をどうか冷静に、柔らかく受け止めてあげてほしいと思う。
一方、運転にこだわる高齢ドライバーは、自分にとって本当に大切にしなくてはならないものが何なのかを、よくよく考えてほしい。それは決して「運転できる自分であり続けること」ではないはずだ。