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還暦トレーナー、河野徳良さんの新たなる挑戦

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
『平常心』を大事にしてきた河野徳良トレーナー(世田谷・日体大C)=筆者撮影

 クリスマスがやってきた。スポーツに沸いた2024年が終わる。ベースボールでは大谷翔平選手が米国で大活躍した。光は当たらないけれど、これも大リーグ・ドジャースの医・科学およびコーチングスタッフらのサポートがあったからだろう。

 野球日本代表チームのヘッドトレーナーとして30数年。献身と情熱の還暦アスレティックトレーナー(AT)の河野徳良(とくよし)さんは、大谷選手の自己管理に敬意を表した上で、「裏方目線でみますけど」と漏らし、選手を陰で支えるトレーナーたちにも言及する。

 「大谷選手を支えている、ドジャースのトレーナーたちはすごいなと思います。大谷選手の(ルーティンワークの)徹底ぶりはもちろんすごいですが、その裏に何人ものスタッフが、試行錯誤し知恵を絞ってやっている結果が成績につながったのかなと思います」

 ◆大谷翔平の1年間のプレーはすごい

 大谷選手は、昨秋に右ひじを手術したため、今季は指名打者(DH)に専念し、大リーグ史上初の50本塁打、50盗塁を達成するなど、打撃と走塁で高いパフォーマンスを見せて、本塁打王と打点王のタイトルを獲得。2年連続のMVPにも輝いた。ワールドシリーズ(WS)第2戦で左肩を亜脱臼しながらも、最後までプレーし続けて、WS制覇に貢献した。

 「(昨秋)手術したあとに、プレーを1年間、続けた。それはすごいことですよ。絶対、どこかに代償が出ていたでしょうけれど、パフォーマンスは落ちませんでした」

 河野ATは、昨年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)など、大谷選手が日本代表メンバーの時、直接、からだをみる機会があった。からだの特徴を聞いても、守秘義務があるとして、具体的には教えてもらえなかったが、笑顔で「会うたびにからだが大きくなっていますよね」と印象を口にした。

 ◆モットーは『平常心』

 

 河野ATは、チャレンジングな人生を歩んできた。日本体育大学の陸上部時代、腰を痛めたことからトレーナーの道を志すことになった。卒業後、米国のインディアナ州立大学大学院に4年半留学し、本場のスポーツ医学も学んだ。帰国後、トレーナーの派遣会社に働いていた1988年、世界野球選手権の日本代表チームのトレーナーに就いた。これも縁というか、運命というか。

 以後、4回(シドニー、アテネ、北京、東京)の五輪、2回のプレミア12、5回のWBCなどで日本代表チームのヘッドトレーナーを務めてきた。

 トレーナーの喜びとは。

 「そりゃ、選手がいいプレーすると、トレーナーとしてもうれしいですよね。でも、自分が施術したから選手がいいプレーできたと思ったことなど一度もありません。それはもう、選手自身のがんばりですから。みなさんが喜んでくれるプレーをサポートできたというのがささやかな喜びでしょうか」

 モットーは?と聞けば、ホワイトボードに青色マジックで『平常心』と書いてくれた。ソフトな語り口で説明する。

 「国際試合は、ふだんの試合と異なり、選手は当然、緊張していると思います。アスレティックトレーナーというのは、選手の一番近くにいるわけですから、こちらの緊張は極力見せないように努めています。そう、平常心で選手を施術することをいつも心掛けています」

 ◆栗林投手絡みの誹謗中傷にもめげず

 トレーナーたるもの、選手に気持ちよくプレーさせて当たり前である。選手が調子を落とすようなことがあれば、選手や周囲の怒りを買うことにもなろう。

 例えば、昨年のWBCでは、スポーツ専門雑誌にて広島カープの栗林良史投手の離脱原因が河野ATの施術(ストレッチ)にあると記事を掲載され、SNSで「死ね!」「栗林を潰した罪人」といった誹謗中傷を受けたこともある。実は、中国新聞によると、離脱後、MRI検査にて栗林投手の腰椎椎間板症がみつかり、ストレッチで起こりえるような急性なものではなく、慢性疾患(これまでの疲労の積み重ね)であることが判明した。

 要は、広島球団が代表派遣前に、栗林選手の腰部のメディカルチェック(MRI検査)をし、その情報が代表スタッフに伝わっていれば、腰痛発症は回避されていたことになる。

 河野ATは「(栗林投手の)状態がわかっていれば、別の対応がありました。ただ、問題なのは、共通したメディカルチェックがないこと」と述懐する。

 「僕らが一生懸命やっていても、(雑誌の)二次情報だけで、トレーナーが選手をこわしたと思われることは、不本意です。私の施術のみが原因であれば、私自身もすぐにWBCを辞退していますよ。他球団からきているトレーナー達からも状況説明を求められましたが、守秘義務があるため、私からは一切、説明することは控えていました。ただただ、栗林選手のシーズンの活躍を願っていました」

 そういえば、昨年12月のプロ野球トレーナー・ドクターミーティングで、河野ATは、代表選手について、派遣前に、痛みの有無にかかわらずMRI検査を含め共通のメディカルチェックを実施するルールづくりを提言している。

 ◆スポーツ現場でのEAP(緊急時対応計画)導入を

 60歳の河野さんは、ATと大学教員(日体大保健医療学部准教授)の、いわば“二刀流”である。後進の育成にも励み、いまや教え子がプロ野球12球団の8、9球団にトレーナーとして従事している。新たな挑戦を聞けば、「野球界の環境整備」と言い切った。

 何かといえば、「緊急時対応計画」(EAP)の導入を目指す。事前に緊急時に必要な対応をとらえ、綿密な対応計画を立てることをいう。

 「野球界ではまだ、緊急時対応が統一されておらず、必ずしも進んでいるとは言えません。日体大の救急医療学科と協力し、救急車の活用も含め緊急時のシステムをつくる。プロ・アマ問わず、野球現場での緊急時対応の整備をやりたい。それを国内外の野球界で広げていきたい」

 即ち、野球のスポーツ現場での救急体制を整え、安心・安全なスポーツ活動を実施する環境をつくりたいのだろう。先の国際大会『第3回WBSCプレミア12』でも河野ATのEAPシステムが試験的に導入された。

 サンタクロースのごとく、人々に幸せをもたらす。現場の選手を守るためのスポーツ環境の整備、それが河野さんの新たなるターゲットなのである。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2024年パリ大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。酒と平和をこよなく愛する人道主義者。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『まっちゃん部長ワクワク日記』(論創社)ほか『荒ぶるタックルマンの青春ノート』『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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