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日本銀行の頑張りが我々の「老後」を救う?

岩崎博充経済ジャーナリスト

日本銀行、1%のインフレ目標に難色!

日本銀行は10月5日の金融政策決定会合で「2014年度のインフレ目標達成は難しい」という見通しを発表した。この声明を見て日本銀行はきちんと仕事をしている、と思った人は少ないはずだ。しかし、無制限な金融緩和に走るFRB(米連邦準備制度理事会)やECB(欧州中央銀行)に対して、実は日本銀行はその責務をきちんと全うしていると私は思っている。というよりも、現在の日本銀行の頑張りは我々の「老後」に大きな関わりを持っていると言える。

日本銀行の政策と老後、一見無関係のような気がするが、実は大きな関わりがある。老後資金をどう運用して行けばいいのか、どんな金融商品に預ければいいのか。一般誌やマネー誌でも常に取り上げられるテーマだ。ただ、それらの内容を見ると老後は10年後、20年後の世界なのに、いまのままの日本経済、世界経済がそのまま続くという前提で想定されている。

仮に、現在45歳の人は65歳の老後を迎えるまでまだ20年ある。つまり2032年の世界を想定しながら、老後資金を形成しなければいけない。老後を迎える時点の日本や世界をイメージすることが重要だ。その点、現在の老後のシミュレーションなどはこれまで続いた経済環境がそのまま継続することを前提としている。

20年前といえば、1992年でバブル崩壊直後だったが、現在の日本経済の状況を想定できた人は多くないはずだ。現在も日本は、世界でも有数の経済大国であることに変わりはないが、いまや経常収支は貿易による稼ぎよりも、債券投資の配当や利子などで稼ぎ出す所得収支での稼ぎが大きく、政府には莫大な財政赤字が存在する。少子高齢化の進展で将来の年金給付もままならない。 

IMFのデータでは、すでに日本の財政は財政赤字から国の金融資産を差し引いた「純資産」レベルでも、GDP比130%の赤字に達している。毎年、毎年借換債も含めて170兆円前後の日本国債を発行し続けなければならない財政状況になっている。現在45歳の人が65歳の老後を迎えるまでに、日本経済は大きな転換を余儀なくされることは間違いない、と考えるのが自然だろう。

破綻はしないが貨幣価値は変わる!

現在の日本経済の状態は、民間企業や個人の家計部門の赤字を政府が肩代わりしている状態だ。バブル崩壊以後、自民党政権は選挙で負けるのが怖くて消費税率の上昇や大幅増税が出来ずに財政赤字を放置してきた。企業や家計部門の赤字を政府が肩代わりしてきてきたために、1003兆円もの公的債務が出来てしまったわけだ。企業や家計の債務が膨らんだ結果としてバブルが崩壊したように、国家など公的部門の債務が限界に達すれば、やはり経済には大きなダメージを与える。

これから老後資金を積み立てて行こうという人は、少なくともこうした日本の未来を想定したうえで自分に適したシナリオを立てていく必要がある。生命保険文化センターなどが発表している、老後資金に1億円近くかかるといった方法論は、現在の状態が20年後も続くという前提の上に成立しているノウハウだ。

少なくとも、今後15年後、20年後以降に老後を迎える人は、2つのシナリオを描いて老後の準備をしていくべきだろう。ひとつは、現在の状況がそのまま継続するというシナリオ。公的年金がある程度機能して、食べて行ける。不足分は自己資産などで賄うというシナリオだ。そしてもうひとつが、想定を超えるような激しいインフレで公的年金が役に立たない、あるいは退職金や自分の預貯金といった金融資産が役に立たなくなる状況だ。

むろん、日本の公的債務が今後20年経っても大丈夫だと思う人は何もする必要はない。現在、日本の財政赤字は毎年40兆円程度の割合で増えているが、少子高齢化の対策法が見つかり、将来的に公的年金制度も安泰と思えば、現在の老後資金の準備方法で十分だろう。安価で豊富な自然エネルギーの実用化が可能になったり、世界が驚くイノベーションが実現できれば、それも可能だ。しかし、日本の将来に不安を持つ人は、20年後の世界を自分なりにイメージして老後の準備をするしか方法がない。

では、10年後、20年後の日本をどうイメージすればいいのか。もっとも大きな心配は、現在欧州で起きているような債務危機が日本を舞台に起こることだろう。もともと欧州債務危機の発端は、ギリシャで政権交代が起きて、新政府によって公表されていた債務より大きな債務があったことなどが暴露されて、連鎖する形でPIIGSに拡大し、一気に欧州全体に揺るがす事態になった。

日本の公的債務がギリシャやスペインのようになるかどうかはともかく、自分の資産形成の中身だけは将来の日本の「非常時」を想定した内容にしておく必要があるだろう。そもそも財務省を筆頭にした日本政府や民主党、自民党は、インフレによる公的債務の比率を減らそうと目論んでいるのは明らかだ。穏やかなインフレは経済成長のシンボルだが、想定を超えるインフレは国民生活を破壊する。

国民の味方は「日本銀行」しかいない?

激しいインフレを起こすことができれば、貨幣価値が減少して、莫大な公的債務のリスクを減らすことができる。意図的に激しいインフレを起こそうという政府の魂胆が最近は見え見えだ。その方法は、とりあえず「日本銀行による無制限の金融緩和政策」ぐらいしかないようにみえる。紙幣を印刷してヘリコプターからばらまくような金融政策だ。

しかし、その日本銀行は無制限の金融緩和をかたくなに拒否している。10月5日の金融政策決定会合では、前原経済財政担当大臣が乗り込んで説得したにもかかわらず「物価上昇率の目標1%は当初目指した14年度の達成は難しい」という見通しを出した。脱デフレの見通しは立たない、と宣言しているわけだ。しかも、白河日銀総裁は「物価目標に達しないからと言って機械的に金融緩和するわけではない」とけん制している。

要するに、日本銀行は頑なに政府の描くインフレを防いでくれているわけだ。実際、日銀法では――

「日本銀行は、通貨及び金融の調整を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする」(第1章第2条)

と明記されている。つまり、日銀はインフレを起こして莫大な公的債務をチャラにしたい政府に対して、「物価の安定を図る」という自らの使命を全うしているわけだ。きちんとインフレを防いでくれる“国民の味方”とも言える。

日本の家計では現金・預金が5割を超える
日本の家計では現金・預金が5割を超える

しかし、残念ながらその日銀の努力もいつまで持つかは分からない。10年後、20年後のことを考えればいずれは無秩序なインフレ政策をとらざるを得ないかもしれない。にもかかわらず、現在の日本の家計の資産構成の状況は現金・預金が55.7%(グラフ参照)にも達し、保険・年金準備金28.0%と合わせると8割以上のお金が、いわゆる価格変動の少ない、リスクの低い金融商品に投資されている。株式は6%、投資信託は3.8%しかない。

これでは、10年後、20年後に訪れているであろう想定を超えるインフレには勝てない。現金・預金は激しいインフレに対しては無防備だからだ。日本国債は暴落などしない、と主張しているエコノミストなども注意深くその主張をみるとインフレにならないとは一言も言っていない。老後をいま迎えている人、そして10年後、20年後に老後を迎える人にとって、もっとも警戒しなければいけないのは激しいインフレである。激しいインフレに強い老後資産の形成を念頭に入れて、老後を考えることだ。

経済ジャーナリスト

経済ジャーナリスト。雑誌編集者等を経て、1982年より独立。経済、金融などに特化したフリーのライター集団「ライト ルーム」を設立。経済、金融、国際などを中心に雑誌、新聞、単行本などで執筆活動。テレビ、ラジオ等のコメンテーターとしても活 動している。近著に「日本人が知らなかったリスクマネー入門」(翔泳社刊)、「老後破綻」(廣済堂新書)、「はじめての海外口座 (学研ムック)」など多数。有料マガジン「岩崎博充の『財政破綻時代の資産防衛法』」(http://www.mag2.com/m/0001673215.html?l=rqv0396796)を発行中。

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