女優・寺島しのぶに「久々に自分を隅々まで”撮り切られた”」と言わしめた映画のようなドラマとは?
まるで映画のようなクオリティ、dTVドラマ『裏切りの街』
久々に、まるでヨーロッパ映画のような“静かなる重厚さ”とでもいうべき映像作品を観た。それが映画でもなくテレビでもなく、舞台でもなく映像配信サービス・dTVでの配信ドラマなのだからそのこだわりには恐れ入る。もちろんスマホだけではなく、タブレットやPC、テレビでも楽しめるわけだが、その満足感たるや映画となんら変わらない面白さ、クオリティの高さだ。
それはdTVで2月1日から配信がスタートした『裏切りの街』(全6話)だ。演劇ユニット「ポツドール」の主宰であり『ボーイズ・オン・ザ・ラン』『愛の渦』などの監督を務めた、三浦大輔がメガホンを取った官能ドラマだ。舞台で好評を博した作品のドラマ化で、池松壮亮演じる無気力なフリーター・菅原と、寺島しのぶ演じる平凡な主婦・智子との15歳差の不倫劇を描くR-15指定の作品だ。池松と寺島の演技のぶつかり合いは、まるで“静かなる炎”。二人の目と目の演技、ひとつひとつのセリフのやり取りから生まれる“空気感”はとにかくリアルで、リアルであるがゆえに、静かだけどとてつもなく熱いものを感じさせてくれる。
昨年、三浦が演出を手掛けたシアターコクーン舞台『禁断の裸体』にも出演した寺島しのぶに、この智子という役を演じきっての感想、相手役の池松の事、そして三浦のクリエイターとしての魅力などを語ってもらった。そこにはこの作品への愛が溢れていた。
「三浦さんのセンス、書くセリフが好きなので媒体は関係ない」
――映画でもTVでもなく配信ドラマで声がかかった時、とまどいはありましたか?
寺島 まったくなかったです。まるで映画を撮っているような現場でした。こういう形で届けることが今の世の中の新しい形だと思うし、とにかく私は三浦(大輔)さんのセンスが好きで、三浦さんが書くセリフが好きなので、媒体は関係ないんです。より多くの人に観てもらうためには、今はこれが一番いい方法なんじゃないかと思います。配信だからこうするというようなことは全くなかったです。三浦さんの演出が細かすぎて(笑)、本当に映画撮影のような空気感でみんな撮っていました。
――三浦さんとは去年シアターコクーンの舞台『禁断の裸体-Toda Nudez Ser a Castigada-』で一緒にお仕事されていますが、今回脚本を読まれたときの感想を教えて下さい。
寺島 実は以前、三浦さんの作品ということは知らずにこの作品の舞台(田中圭×秋山菜津子2010年パルコ劇場)を観に行きました。その時に「これは舞台じゃなくて映像の作品じゃないかなぁ」と素直に思い、それが頭に残っていたんです。それで『禁断の裸体』の時に三浦さんの作品という事を知り、舞台中に三浦さんから「実は『裏切りの街』を映像化したいと思っていて、やってもらえませんか?」とオファーを受けたんです。舞台と映像でどう演出が違ってくるのか楽しみでした。なにより舞台出演中にそういうオファーを頂けたのがすごく嬉しかったです。他にも女優さんたくさんいるわけですし、そんな中で続けて一緒にお仕事をしたいと思っていただけてそれが嬉しかったです。その気持ちに応えたいと思いました。
作者の三浦は「自分の舞台作品の中でも一番映像化したい作品だったので、素直に念願が叶って嬉しかったです。最も信頼を置ける役者さん、池松君、寺島さんにやって欲しかった。自分の中で大事な作品ということもあって、2人以外の役者さんのほとんどは、過去に一緒にやったことのある信頼の置ける方々を選びました」とコメントしているように、三浦にほれ込んでいる池松、寺島、そしてその二人に全幅の信頼を置いている三浦、『裏切りの街』はそれぞれの想いが一致して実現した。
「珍しく自分の出演作品を2回観ました」
寺島 クランクアップの時、三浦さんが「初めて僕の想い通りにさせてもらえました」って仰っていました。映画界でも名前の通った撮影スタッフが集結し、三浦さんのこだわりと、「舞台出身のやつに何がわかるんだ」という、プライドを持って長年映画を撮ってきたスタッフさんの気持ちとがぶつかることもたまにありました。撮影にとにかく時間がかかる中、照明さんも音声さんもぶつぶつ言いながらも(笑)、結局は三浦さんの世界に取り込まれていきました。最後は三浦さんの「本当にわがままいって申し訳ありませんでした。みなさんのおかげでやりたいことができました」という言葉に全員が救われました。スタッフ同士がいいものを作ろうと、喧々諤々やっている感じは、久しぶりに体験できたなと思っています。
――もの作りは、一人の熱狂者にみんながどんどん巻き込まれて行って、当然文句も出ますが、でも結局その方が往々にしていいものに仕上がったりするものですよね。
寺島 そうですね。でも今までは狂ったまま、消化不良で誰にも理解されず終わってたんですって(笑)。
――そんな監督のこだわりと役者さんのこだわりが、全部映像に出ているようで、瞬きするのが惜しいほどでした。
寺島 私も自分の作品を2回観たのは珍しいことでした。
――菅原と智子とが出会う「出会い系」というものについてはどう思われますか?
寺島 出会えない人、引っ込み思案な人、孤独な人って、そういうところに依存しないと出会えないという事ですよね。だから智子はよく踏み込んだな、よっぽど孤独だったんだな、魔が差したんだろうなと思うので、わからなくもないですね。
――二組の男女、それぞれの関係と想いとが少しずつずれていく様子、空気感が生々しかったです。
寺島 みんな決して悪くないんですよ。でも、“なんかね…”って感じですよね。
――そうなんです、まさにその“なんかね…”って感じなんです。
寺島 そういう部分を表現しようと思う三浦さんって、やっぱり切れ者だなと思います。極端に書くことってそれに比べれば簡単だと思うんですよ。でも三浦さんは心のひだみたいな部分をクローズアップして、会話として書いていくところが凄いですよね。
人間の心の”ひだ”の部分を言葉にする、三浦の脚本・演出がどこまでもリアルな世界を生み出す
池松演じる菅原は、現代の若い人たちに多いであろう“ヘラヘラ”した感じが前面に出て、でも智子も自分がやっていることを正面で受け止めているのか、受け止めないようにしているのかがわからない“ヘラヘラ”した感じがあって、こういう空気の切り取り方が、リアルさ、生々しさにつながっているのではないだろうか。そしてダメだとわかっていながらも、ダラダラと不倫関係を続けてしまう二人。こういう人、こういうカップルいそうだよね、多そうだよねと思わせる感じが、三浦の本、演出の切れ味、二人のあまりにもリアルな演技を生み出している。
――菅原と智子、二人の目と目のやりとり、会話は生々しくてひりひりしましたが、池松さんとは1シーン1シーン綿密な打ち合わせがあったのでしょうか?
寺島 池松君と私の間にディスカッションはなかったです。でも彼の顔を見たり、やることとかセリフの間とかが全部信じられたから、私もあの演技ができたのだと思います。池松君にもそうであって欲しいです。空気感が合う人って言葉がいらないんだなと改めて思いました。実際に撮影現場でも二人は漂うように一緒にいられたし、別にお互い気を遣う会話も一切なくて、自然で、そういう風に信じさせてもらえる相手役の人ってありがたいですよね。
――お二人があまりにもハマりすぎていて、お二人を想定して本を書いたのでは、と思ってしまうほどでした。
寺島 衣装合わせの時も三浦さんに「ベストキャスティングです。寺島さんはそのままでやっていただければ」と言われましたが、でも私には智子の要素は一切なく、それにセリフのリアクションは早ければ早いほどいいと思っているタイプなので、ああいう「あ……はい」という間のあるリアクションが恥ずかしくなっちゃって(笑)。
智子に対して--「”何やってんだろうなぁ”と思いつつ、こういう女性もいいなぁと思っている自分がいた」
――智子という女性に対しては自分にはない部分、わかる部分がありますか?
寺島 何やってんだろうなぁとも思いながらも、演じてるときはこういう女性もいいなぁと思っている自分もいるんですよね。
――言いたいことも言えずに、常に胸のうちで葛藤を続ける智子が、夫に大声で怒鳴るシーンが1回だけありますが、寺島さんは言いたい事をすぐに口に出して言うタイプですか?
寺島 私はすぐ言っちゃうタイプですね。智子は言わないであそこまでよく我慢してやってこれたというのは何故なんでしょうね。やっぱりお金でしょうかね(笑)。もし離婚とかになったら実際生活も苦しくなるし、若者と付き合ったところで何も残らないですし、というところで現状維持だったのでしょうかね。そういうところもリアルなんだと思います。
――智子の旦那さん役の浩二(平田満)さんの「本当の事っていうのはひとつじゃなくて、たくさんあるんだよ」というセリフが印象的でした。
寺島 今の時代は、不倫というものが特別なことではない事になっていますが、何をもって不倫なのかというところですよね。お互い認め合って不倫に走る夫婦もいるという話ですし、そうなるとそれは不倫ではないんじゃないかとか、難しいですよね。
荻窪という街の色、匂いが”主役”。「そこに私たちがはめ込まれた感じ」
――短いセンテンスの中に、様々な想いが込められたセリフが多かったですよね。
寺島 浩二はなんで「生んでくれるよね」って言ったんだろうとか…。そこが三浦さんの素晴らしいところなんですよ。色々な“余白”を残すんです。さっき言った「あ……はい」も「はい」と「あ……はい」、「いえ、あ…はい」は全然違うんですよ。私から言わせると全部同じじゃないの?と思うんですが(笑)、でも確実に違うんですよ。三浦さんは「余白があればある程いいですから」とおっしゃって。今はそういうタイプの映画やドラマが少ないですよね。最後、しっかり完結してわかりやすいもの、というような作品が多くて、それはそれでいいんですけど、お客さんもそればかりだと満足してもらえないと思いますし。だから今回撮影している時はヨーロッパ映画を撮っているみたいな感じでしたね、荻窪でしたけど(笑)。
――個人的に荻窪の街は、雑多で明るい色の中にもどこか”鈍色”を感じさせてくれるイメージがあるのですが、それが映像から匂い立ってきそうでした。
寺島 全部荻窪合わせなんですよ(笑)。荻窪の駅、電車、歩く人達、実はそこが主役なんですよ。そこに私たちははめ込まれた感じです。そこが一番難しかったです(笑)。
――別れて数年後に街でばったり再会して、ベビーカーを押して去る寺島さんの背中の演技が強烈に印象に残りました。
寺島 あそこのシーンの「子供がぜんそくで…」というセリフ、あれはぜんそく持ちの三浦さんの事なんです。菅原もぜんそく持ちでそれも三浦さん。菅原は全部三浦さんを投影しているんですよ。智子は三浦さんの理想の女性なんです。菅原のセリフにもありますが、体育の授業をサボって保健室にずっといても怒らない先生、まるで海のような女性が理想みたいです。今の時代になかなかそんな女性いないと思いますが(笑)、だからこそ三浦さんは書き続けるんでしょうね。
――久しぶりに面白い、良質の“映画”を観た感じがしました。今現在の寺島しのぶという女優の女優力というか唯一無二の空気感に凄みを感じました。
寺島 是非また三浦作品には出たいですね。三浦さんは色々な女優さんと仕事をしたいと思っているはずですので、一周回ってきたらまた是非声をかけて欲しいですね。だけどそんなに合う女優さんはいないと思いますよ(笑)。色々な人とやってもらって、最後保健室で待ってます(笑)。
「全てを吸い取られた感覚は『ヴァイブレータ』以来だった」
――これまでのキャリアの中でも、ちょっと他とは温度感が違う作品になったという想いはありますか?
寺島 そうですね。久しぶりに自分を隅々まで撮り切られた感じがしました。終わった日はもぬけの殻みたいな状態でした。吸い取られちゃった感じで。そんな感覚は『ヴァイブレータ』(2003年公開)以来でした。これだけ余白がある芝居って、こんなにも神経を使うんだなということを改めて感じました。会話って実際はテレビドラマみたいにあんなにポンポンいかないと思いますし、そういう部分を本当にリアルに時間を取ってやったので、時間をかければ良作になるとは限りませんが、役者、スタッフの方について行って、時間をかけ作ったこの作品に大満足しています。それでいいんです。あとはたくさんの方に観ていただきたいです。
セリフの”間”の積み重ねが、虚しさとせつなさをより強調させ独特の空気感を作り出す
寺島が言うように、“間”が多く余白を残すセリフが多いこの作品は、そのひとつひとつの“間”の積み重ねが、虚しさとせつなさとをより感じさせてくれる匂いと空気感とを作り出している。ものすごく贅沢な映像、ドラマだと思う。dTV初のR15指定という事で、二人の官能シーンも話題になっているが、それが決して全てではなく、もちろんセックスを求めてお互いが先の見えないダラダラとした関係を続けるわけだが、それに翻弄される二人の心のひだの部分をクローズアップした作りになっている。だから1話1話観た後に色々考えさせられる深さがあり、話が進んで行くにつれ、終わって欲しくないと思っている自分がいるはずだ。
【STORY】変化のない日常を送る平凡な専業主婦の智子(寺島しのぶ)は15歳も離れた年下の男性菅原(池松壮亮)に出会う。彼には同棲している恋人が、自身には夫がいることを互いに知りながら、はっきりした目的もないままに中央線沿線沿いの狭い街の中で逢瀬を重ね、ついには体をも重ねていく。終わりのない空虚な現実から逃げるようにして、身を寄せ合うふたりの逃避行。しかし、ある出来事をきっかけに揺らぎ始める二人を待ち受けていたのは、あまりにも非情な現実だった…。
【CAST】
池松壮亮 寺島しのぶ/中村映里子、落合モトキ、駒木根隆介、佐藤仁美、平田満
【監督/脚本】
三浦大輔