世代ギャップをうめる話しかけの秘訣とは?本を道具にたとえて読書会を楽しもう!
この記事の読者から「話しかけ」にまつわる悩みを聞きました。
だれもが理解し合える話しかけ方ってあるのでしょうか?というのが質問です。私たちは子供の頃は「大人は判ってくれない」と言い、大人になると「若者は何考えているかさっぱりわからん」と言います。今回は「世代ギャップをうめる話しかけ」をテーマにしましょう。
だれもが世代という舞台を生きている
まずギャップを生みだすモト、「世代」とは何かをおさえておきましょう。
世代には経済成長や不況といった社会ムード、メディアやカルチャー、遊びなどの流行、仕事や恋愛、家族観など人の価値観など、多様なものが含まれています。時代の移り変わりと共に、およそ30年おきにガラリと変わると言われます。
デジタルネイティブのZ世代とアナログ育ちの〝元〟新人類の心風景はまるでちがいます。それぞれの世代がそれぞれの舞台にいるようなものでしょうか。大道具もちがえば小道具もちがう。舞台から舞台への移動にはギャップがあります。落下の危険があるからやめとこう、これが「わかりあえない」状況を作ります。
とはいえ表現とは人にわかってもらう行為です。話しかけるのもわからない相手を知ろうとする行為です。だから好奇心さえあれば話しは続くはずなのですが、この読書会では限界があるようです。その限界を打ち破るヒントを、超難解で睡眠引力が強い本に求めてみましょう。
本を道具として読む
その本とはフランス人哲学者ドゥルーズと医学者ガタリの『千のプラトー』、雲をつかむ難解な600ページ超の哲学書です。
ひと言で内容をいえば「多様な人々が心の底にもつ共通する集合知に気づいて、社会変革の壇上にあがれ!」です。プラトーとは〝台地〟という意味です。何週間も眠りながら読んで、ようやくテーマを掴めたのはコツがあります。
この本を「道具として」読んだのです。私は「踏み台」をイメージしました。わかるところ、響くところだけをつまみ読みして、そこから考えたことで自分を一段高めるステップは何か?をつかみながら読みました。そこで、読書会でもこう話しかけてみてはいかがですか。
「この本を道具にたとえたなら、どんな道具ですか?」
「トンカチ」なら、悪かった自分を叩いて反省する読書です。「マッサージ器」なら、自分の思い込みをもみほぐすための読書です。本はしょせん道具です。それにそれほど突拍子もない提案ではありません。
読書会には「ひとつの視点から語り合う」進め方があります。たとえば課題図書の「あるシーン」をどう感じたかを語り合う、「登場人物のある行動」や「鍵になるフレーズ」の意味を語り合います。感想をそれぞれ語りあうと多様な意見が飛びかうだけですが、ひとつの視点から語りあえば、ギャップの正体も見えてきます
「ああ、若い人はこう考えるのか」
「自分と同じ世代の人はやっぱりこう考えるのか」
ギャップはうまりませんが、相手がわかるようになります。
ギャップを楽しもう
この読書法にはウンチクもあります。母と子が一つの対象を共に眺めることを発達心理学で「ジョイント•アテンション(共同注視)」と言います。母子が外部の世界に起きることを同時に、同じ姿勢で見ることで、理解を深めあっていくという考えです。読書会で「同じもの」を「共に」見ながら語ることで、ギャップの正体が見えてくるのです。見えてきたら、もうひとつ提案があります。
「ギャップを楽しもう」
外国人と日本人は、あいさつもちがえばジョークもちがいます。食べ物も虫の音の聞こえ方もちがいます。そのちがいに私たちは興味をいだきますよね。日本人でも同じです。生まれも育ちも仕事も世代もちがう外国人同士みたいなもの。多様な日本人の多様な意見を楽しめばいいのです。楽しむために「同じひとつのもの」を見て語りあうのです。話しかけあうことは、唯一のわかりあう手段ですからあきらめずに。
最後に今週の〝話しかけドリル〟です。あなたが読んでいる本を道具にたとえてみてください。それを決めたら本の感想を誰かとシェアしてください。「私はそんな読み方はしないわ」という反論から話しかけが深まるでしょう。