『ばらかもん』は意外となかった癒し系ドラマ。その秀逸さとドラマ枠が増える中で希望したいこと
考察とは無縁で田舎でのほのぼの生活を描く
終盤を迎えている夏ドラマ。視聴率でダントツなのが『VIVANT』で、他にTVerのお気に入り登録者数が多いのが『最高の教師』、『真夏のシンデレラ』、『ハヤブサ消防団』といったところ。恋愛群像劇の『真夏のシンデレラ』は別として、SNSでの謎解き考察が盛り上がる作品が強い傾向にある。
一方、そうした考察とは無縁で明るく癒されるのが、ハートフル“島”コメディーを謳う『ばらかもん』だ。
原作はヨシノサツキによる人気コミック。都会育ちの書道家・半田清舟(杉野遥亮)は家元の跡継ぎだが、書道界の重鎮に「実につまらない字だ」と批判され、激高してつかみかかる。父親の清明(遠藤憲一)から「頭を冷やせ」と、長崎県の五島列島で暮らすことを命じられた。
静かに書の修行ができると思いきや、当てがわれた一軒家には、近所の小学生・琴石なる(宮崎莉里沙)や女子中学生たちが勝手に上がり込んでくる。島民たちも頼んでもいないのに引っ越しの手伝いに集まってきて。
清舟はそんな田舎での人づき合いや慣習に翻弄されながら、ほのぼのとした生活を楽しく感じるようになり、新たな書の境地も拓いていく……というストーリーだ。
島民との交流でほぐれていく気持ち
大きな事件が起こるわけでなく、込み入った伏線もない。1話では、清舟に懐いたなるが「いいもの見せてやる」と防波堤に連れて行き、高い壁を上ると美しい夕陽が輝いていた。清舟が字を書いた半紙が海に落ちると、なるは「宝物だ」と海に飛び込み、清舟も思わず飛び込んだものの、うまく泳げない。そこで、なるが体が浮かぶ方法を教える。
4話では、清舟の家に出入りする中学生の山村美和(豊嶋花)の父親から、自分の船に“唯我独尊丸”との船名を書いてほしいと頼まれる。ペンキに刷毛、カーブのかかった船体。書との勝手の違いに清舟が思案しているうち、なるたちがふざけて船体にペンキで手形を付け出した。清舟は「何てことを!」と慌てふためきながら、手形を上書きするように船名を書いていく。気がつくと、船にダイナミックな文字が書かれていた。
毎回そんなふうに、清舟と島民の温かい交流が描かれる。クスッと笑えたり、ホロッと泣けたりする掛け合いも挟まれて。清舟はささくれだった気持ちを少しずつほぐし、書も枠に捉われず楽しむように。島と人々が掛け替えのないものになり、前回の9話では東京でなると動物園で遊んで帰り、清明に「書道家をやめる」と告げた。次回予告によると「村で書道教室を開き恩返しをしたい」と思ったようだ。
五島列島ののどかな光景にも心が洗われて
杉野遥亮は『FINEBOYS』の専属モデルオーディションのグランプリから、2016年にドラマデビュー。『恋です!~ヤンキー君と白杖ガール~』では杉咲花が演じた弱視の主人公に恋をするヤンキー、『ユニコーンに乗って』では永野芽郁が演じた主人公とビジネスパートナーとして起業した役を務めた。『罠の戦争』では草彅剛が演じた主人公の復讐に協力する議員秘書見習い役。草彅は現場での杉野を「とにかく真面目」と評していた。
『ばらかもん』はプライムタイムの連続ドラマでの初主演作。書の道には実直で、子どもたちには何だかんだとやさしさを見せる。2話では、世話をしてくる郷長から町民体育祭のために大量のゼッケンに地区名を書いてほしいと頼まれ、断ろうとしていたが、餅拾いの行事を楽しんだあとに徹夜で全部書いていたりもした。
清舟が島で自分の道を見つけていくのと同時に、杉野のさわやかに温かみを醸し出す演技もあって、『ばらかもん』は毎回安らいだ気持ちにさせてくれる。子役の宮崎が演じるなるも奔放で茶目っ気があり、時に清秋をハッとさせてかわいい。
加えて、舞台となっている五島列島の光景ものどかで良い。海、畑の道、夕焼け、星空……。背景に映るだけで心が洗われる。
『日曜の夜ぐらいは…』より前には見当たらないジャンル
こうした癒し風味のドラマというと、前クールでは『日曜の夜ぐらいは…』があった。人生にままならない悩みを抱えた3人の女性が出会い、友情を育み、一緒にカフェを開く夢を叶える物語。脚本をベテランの岡田惠和が手掛けながら、ドラマに付きものの波乱万丈があえて排されていて。ただ3人が夢に近づいていくのを見守るのが心地良かった。
だが、それ以前には……と考えると思い浮かばない。広く言えば、今期の深夜30分枠の『晩酌の流儀2』のようなグルメ系ドラマも入るが、それ以外となると、昨年1月クールの旅もの『鉄オタ道子、2万キロ』など、やはり深夜ドラマで散見するくらい。プライムタイムでは意外と、ほのぼのした癒し系ドラマはほとんどない。
需要がないから作られないのか? 確かに『ばらかもん』も世帯視聴率は(今や絶対的指標とは言えないが)、5%前後で推移している。それでも苦戦が続く今期のフジテレビの中では、月9の『真夏のシンデレラ』とさして変わらない。連続ドラマは謎解きや波乱がないと持たない……という先入観もある気がする。
配信収益を見据えてドラマが再び優良コンテンツに
業界的には、トレンディドラマが流行った1990年代は、視聴率30%越えの作品もほぼ毎年生まれた。2000年代には徐々に頭打ち。2010年代に掛けて「制作費のわりに数字が獲れない」とコスパからドラマ枠は減って、バラエティに取って代わられていく。
それがここ数年、またドラマ枠が増えている。昨年4月にフジテレビ・火曜22時、今年4月に『日曜の夜くらいは…』のテレビ朝日(ABC制作)・日曜22時、フジテレビ(カンテレ制作)・火曜23時の枠が復活、新設された。他に深夜枠も3つ増えている。
次期クールにも、フジテレビ・金曜21時が約54年ぶりにドラマ枠に。ムロツヨシ、平手友梨奈の『うちの弁護士は手がかかる』が放送される。
テレビ離れが進む中でドラマ枠が増えているのは、配信での収益を目論んでのもの。FODなど自社の動画配信サービスの有料会員の獲得、Netflixやディズニープラスなどを通じた海外展開、それらに伴うネット広告収入。テレビ画面でなく、スマホやタブレットでの視聴が見据えれられている。
TVerでの無料見逃し配信だと、ドラマはバラエティよりケタ違いレベルで観られていて、スポンサーが求めるコア層(13~49歳)へも訴求する。ドラマはかつてと違う形で、優良コンテンツとして見直されているのだ。
安らぐ作品の枠を根付かせる意義
とはいえ、ドラマは一義的にはテレビで放送されるもの。配信では視聴者が思い思いの時間に観ているが、放送枠には色がある。フジ・月9の恋愛ドラマの伝統、TBS日曜劇場の重厚さ、テレ朝・水9の刑事もの。比較的新しいところでは、TBS・火9はラブストーリー路線を打ち出し、日テレ・水10は女性のお仕事ドラマが多い。
新しい枠も増えている中で、どこかを『ばらかもん』のような癒し系ドラマを看板にしてくれないだろうか。『日曜の夜ぐらいは…』が放送されていたテレ朝・日10枠は、特に合う気がする。現在の2作目は、野島伸司脚本でミステリー含みの『何曜日に生まれたの』になっているが。
配信志向でも視聴率を度外視はできないだろう。それでも、謎解きも考察も不要で安らげるドラマは、世の中が慌ただしくなる中、長いスパンで根付かせる価値はあるはずだ。